かなへの想い

 散々おやつを食べた後、かなは昼寝してしまった。よく食べてよく寝るあの子なら、すぐに大きくなるだろう。というか、本当に二人でほとんど食べてしまった。俺も数個だけ食べたが、本当に大多数を二人で完食していた。二人とも小柄なのにどこに消えていくのやら。スイーツは別腹というやつだろうか。

 まあ、二人ほど動き回っていれば太ることなどないだろうがな。


 ルナは屋敷の探検に出かけてしまったので、俺はそんなかなの寝顔を永遠と眺めていた。

 無垢な寝顔が、とっても可愛らしい。すぅ、すぅと一定間隔で呼吸する小さな口も、それに合わせて小さく揺れる猫耳も可愛らしい。まさに昼寝する猫のごとく、見ているだけで癒された。さすがは俺の愛玩動物。さすがに同じベットで添い寝するのは気が引けたのでベットの脇で眺めるのにとどめたが。

 昔はよく一緒に寝ていたのに、どうしてだろう。かなが成長したから一緒に寝るのがどうにも恥ずかしく――


「いや、理由は一目瞭然だけど」


 そもそもなんだ、猫が猫耳美少女になったって。成長ってレベルじゃないんだよなあ。それで可愛すぎて隣で寝るのが恥ずかしいって。おかしいんじゃないか、この世界。そうは思いつつも、かなが美少女に変身したことに変わりはなく、嫌でも意識してしまう。猫を異性としてみるとか、俺の性癖は終わっているのかもしれない。守備範囲が広いにもほどがあるというものだ。

 まあ、今の状況でも種族は違うからおかしいことに変わりはないしな。この世界に住まう普通の人間は、亜人や獣人に恋をするのだろうか。そこら辺は全く分かっていない。でも、アニメなんかでも亜人や獣人は人気だからあり得そうではあるがな。特に、かなのような美少女なら可能性は高い。敵視することも恐れ多いほどの可愛さだからな。


「すぅ……」

「!? な、なんだ。寝返りを打っただけか……」


 仰向けで寝ていたかなが急にこちらを向いてきたので驚いたが、寝返っただけらしい。別に、かなの寝顔を見ていることがばれたところで何か言われることはないだろうが、なんとなく隠したくなってしまう。

 ただ、ただだ。顔がこちらに近づいたことで、俺のある欲望が搔き立てられていた。


「ほっぺ、柔らかそうだなぁ……」


 フワフワの毛を失った代わりにかなが手に入れた新たな武器、柔らかい、ほっぺ。

 みずみずしい肌から予想するに、かなのほっぺはぷにぷにしているだろう。それこそ、赤ちゃんはだと言われるレベルの柔らかさを。

 触ってみたいという衝動が、俺を襲っていた。しかし伸びそうになる腕を、そのたびに抑えつけていた。


「だめだ。こんなに気持ちよさそうに寝ているのに、それを邪魔するのは……」


 というか、それ以上に女の子の肌に許可なく触るとか恐れ多い。……クソッ! 昔は寝ているかなの背中を撫でるのが安らぎだったというのに! 人型になった障害多すぎではないか!?

 なんか、寝ているとはいえかなと顔を合わせているのも無性に恥ずかしく感じてきたし。これは、俺がおかしいのだろうか。いや、そうじゃない。かなが可愛すぎるのがいけないんだと思う。


 と、そこで、かなの瞼が開いていることに気が付いた。


「!?」(お、おはよう。よく眠れたか?)

(うん。もう、夜?)

(い、いや?まだだな。でも、もう暗くなってきたぞ)

(そう? ……ねえ、司)

(ん? どうした?)


 取りあえず、俺の行動を不審がったりはしていないようでよかった。


(あのね、頭、なでなでして?)

(……は、はい?)

(前みたいに、頭をなでなでして?あれ、気持ちいいから)

(お、おう……)


猫を撫でるのはいいのだが、可愛い女の子を撫でるとなると恥ずかしくなるのはどうしてだろうか。同じことをやっているはずなのに、全く違うことをやるような感覚になる。だが、かなの頼みとあっては断るわけにもいかず


(わかった。やってやろう)

(ありがと。ん)


 かなはそうして目を閉じて、頭を近づけてきた。その顔が何かをねだるような表情だったのもあって、一瞬脳裏にキスという言葉が浮かんだが追い払う。

 腕をまっすぐかなの頭に伸ばし、その上においてやる。その感触は、猫の頃と変わらなかった。ゆっくりと手を動かしてその頭を撫でてやる。


「んっ」

(か、かな?大丈夫か?)

(うん。大丈夫)「んっ」


 な、なんだろう。声が、色っぽい。……いや、集中しろ。色っぽく聞こえるのは俺の頭が煩悩に支配されているからだ。追い払え。かなにそういう劣情に似たものを抱くのはいけないことだ。

 脳に浮かぶ煩悩の数々から目をさらして、だがかなの顔からは目をそらさずに、しばらく俺はかなの頭を撫で続けた。慣れてくれば変な感じはしなくなり、昔のように撫でているこちらまで癒されるようだった。やはり、猫の毛並みは最高の癒しだ。もふもふとしていて、気持ちがいい。久しぶりにかなを純粋な感情で好きと思えた気がした。


 それからしばらく、ただゆっくりとかなの頭を撫でて過ごした。不思議と時は流れるもので、気づいたら日が暮れていたのだ。自分でもまさかここまで集中してしまうとは思っておらず、部屋にルナがいることにも気づいていなかったため驚いた。

 ルナはルナで厨房からもらってきたらしい追加のおやつを食べていたので気にせず撫で続けていたらもうこんな時間だ。もうすぐ夜ご飯だと思うのだが、ルナは食べきることができるのだろうか。出来るのだろうな、とそう思う。


(かな、そろそろ起きておこう。夜ご飯になるだろう)

(わかった。……その、また、お願いしていい?)

(お、おう……。もちろんだ。任せておけ)

(うん、お願い)


 可愛い子からおねだりされると、自分が情けなくなる。純粋なかな相手に何を考えてたんだ俺は。もう、死んでしまいたい。

 情けなくも熱くなってしまう自分の頬をムニムニ触って整えていると、かなが顔を覗き込んできた。その大きな瞳が目の前に飛び込んできてさらに頬があるくなる。


(何をしているの?)

(え、いや、その……。俺のほっぺは固いなぁ、と……)

(ふーん)


 流石に本当のことは言えないので適当な嘘を言うと、かなは納得したように顔を上げてベットの上に起き上がった。そして、自分の片方の頬を突き出しながら言ってくる。


(じゃあ、かなの触る? 柔らかいよ?)

(ッ!? い、今はその、遠慮しておくよ……。また今度、いいか?)

(うん。触りたかったら、言ってね?)


 あまりにもピンポイントすぎる提案に驚いたが、かなは親切心から言ってくれているようだ。無自覚で俺の心を揺さぶることには素直に感心しつつ、そんなことを簡単に言うものじゃありませんとしかりたくなる。ただ、それ以上に――


 そんなかなの優しさに付け込んでほっぺを触らせてほしいなどと言ってしまった自分を、無期懲役で訴えてやりたい。本当に、俺は何をやっているのだろうか。


 その時、気配察知に反応があった。いつの間にか部屋の中に気配があって驚いたが、知っている気配だとわかってほっとした。


(お疲れ、リル)

(なに、労いはいらないさ)


 振り向いてみると、そこには凛々しい姿の黒い狼が一匹いた。どうやら仕事を終えて影潜伏で帰ってきたらしい。一仕事終えたリルはベットの脇に寝そべった。


(仕事は終わったのか?)

(ああ、完璧だな。情報の整理をするのでしばらく精神空間に籠る。真夜中には起きるのでそれまでは適当に時間をつぶしておくのだな)

(まあ、すぐに晩飯だろうからそれは大丈夫だ。重要なものがあったらあとで俺達にも聞かせろよ?)

(もちろんだ)


 リルはそういうとその場で眠ってしまったようだ。どちらかというと気絶の方が近いのか? 精神を精神空間に送ったことにより、今この体はもぬけの殻となっているからな。ステータスだってただの影狼と同じだ。


(リル、なんだって?)

(ん? 真夜中には起きるってよ。そうしたら、闇空間門を開いてもらおう)

(わかった。じゃあ、まずは夜ご飯)

(だな。きっと、すぐにさっきのメイドさんが来るぞ)

(うん)


 カチャ


 扉が開かれる音がした。メイドさんはノックをするので、入ってきたのはルナだろう。


(晩餐故食堂に来い、との言伝を賜ってきたかの)


 やはりそうだったようで、そう声をかけてきた。どうやら晩飯のようだ。


(じゃあ行くぞ、かな)

(わかった)


 ルナに先導してもらって、俺たちは食堂に向かった。領主を交えて食事を行い、その間もルナが領主の相手をしてくれていた。俺と直接話したがっていたが、それは不可能なので仕方がない。別に、嫌っているわけではないのだ。

 その場で今後の話をされたらしく、ルナが色々と教えてくれたがそういうのはリルに任せようと思っているので、俺は適当に流しておいた。どうせリルにも報告するだろうからな。ちなみに晩御飯でもかなとルナはかなり食べた。追加注文はさせないようにしたが、その代わり作った料理のすべてを食べてしまったようだ。まあ、残さず食べるのはいいことだが。

 その後再び部屋に戻った俺たちを出迎えたのはやることをやったらしいリルだった。満足気な顔で出迎えてくれた。まあ、表情の変化なんてほとんどわからないが。


(晩飯はうまかったか?)

(ああ、うまかったぞ)


 商業都市らしくほとんど出回らない高級食材を使っている料理のフルコースだった。味に関しては日本の料理の方が美味しかったと思う。調味料や調理器具、調理方法の質の高さでは日本の方が数段上だからな。

 美味しいとかそういう話より珍味を優先しているかもしれない。決してまずくはないのだが、物足りない感がある。だからと言って文句は言わないが。


(それで? 情報の整理はできたのか? 俺たちが知っておいたほうがいいものはあったか?)

(そこまで重要な案件はなかったな。しいて言うのなら武器、防具、食料が大量に輸出されている、ということくらいだろうか。やはり、戦争準備は着実に進んでいるらしい)

(マジか……。というかすっかり忘れてた。悪魔の問題にばっかり頭が行ってたよ)

(それも仕方ないな。……目の前の問題に集中できるのは良いことなので気にせぬでよい)

(まあ、そうだな。取り合えず悪魔退治に尽力するか)


 国家間での戦争を止めようとしていて、さらに数日以内に悪魔が来る。俺はどんな人生を送ってるんだ。忙しすぎるだろ。しかも味方は伝説の月狼と天災と恐れられたフェンリルが乗り移った影狼、強力な精霊を操る神の使いと言われる獣人だ。飽きることのなさそうな人生で嬉しいよ、俺は。


(悪魔の様子は変わりないそうだ。あと二日もすればこの街につくんだと)

(それは先ほどルナ女史から伝えられた。戦闘に関しては、まあ任せてくれ。我は悪魔との戦闘は心得ておるので最低限の被害で済ませられるだろう)

(最低限? どのくらいだ?やっぱり、数人の犠牲は黙認する感じか?)


 俺の頭でそんな冷酷な考えが浮かんだこと自体驚きではあったが、冷徹者の称号を持っていることを考えれば仕方ないだろう。何の犠牲もなくこの街をすくおうとした場合、ルナたちが全力を出さねばならないだろう。そうなると目立ちすぎるし、何より俺たちの正体がばれかねん。そうなったら計画がとん挫するのである程度手を抜かねばならないのは仕方のないことだ。


(そうだな……。領主には、死んでもらう。この街の兵士たちも、半分は見捨てよう。街自体への被害も、全部黙認する。助けるのは他の街に移動したときに我々の素性を説明してもらうための数人、そして馬車の御者とかだろうか)

(……結構見捨てる感じか。領主さんは、人がいいから残念だけどお前が言うのならそうするしかないのんだろ? まあ、仕方ないな)

(っふ、司殿は人間にしては精神が鍛えられるているのだな。普通なら同族を見捨てると聞いて良い気はしないはずなのだが)

(俺には冷徹者があるからな。殺すことに関する躊躇はほとんどないらしい。それにリリアのためにしている仕事に私情を挟むのは俺のポリシーに反するし、かなが危険になるくらいだったら他の人を見捨てるくらいなんてことはない)


 俺、かなりひどいことを言っているな、っていう自覚はある。だが先程も述べた通り目立ってしまえば俺たちに危険が及ぶだろう。俺の良心だ偽善だでかなが危険な目に合うくらいだったらそんな心は捨ててしまおうと思う。

 どんどんと色々な意味で人間離れしている俺だが、最終的にはどうなってしまうのだろうか。半人半魔なんて言う人間かどうか怪しい状態にもなっているし、最後には種族的にも人間をやめてしまうかもしれない。

 まあ、それはそれで面白そうだし俺は受け入れるがな。

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