屋敷の中で

 まあ、もう一押しと言ってもできることは少ない。男に直接何か言うことはできないし、ルナに言うこともできない。喋れないことがここまで不便だとは思っていなかったが、今回に関しては何の問題もない。



 俺は右手を掲げて魔法を発動させた。


――――――クリエイト・―――――――アイスゴーレム


 俺の隣に魔法陣が浮かび上がり、そこから氷の塊が現れる。その氷は人型を取っており、二メートル近い高さをしたゴーレムとなっている。全体的に角ばっていてロボットに近い見た目をしているかもしれない。


 それが完全に姿を現したころには、男は尻餅をついて唖然としていた。もう一人の門番もかなり驚いているようだ。

 俺はルナに目配せをして、あとを任せることにした。これで俺の実力を証明できただろう。


 クリエイト・アイスゴーレム。魔術・氷Ⅴで使える魔法。籠める魔力によってゴーレムそのものの強さも変動するが、基本的には人間のレベル50相当の力があるのだとか。人間のレベル50というと超人である俺よりははるかに弱いのだが、この街にいる冒険者を見る限りではかなりの強さとなるだろう。

 これを見せれば戦力として認めてもらえるだろう。


 そして俺の予想通り門番の男がルナの話を聞いたのち、門をくぐるように促してきた。アイスゴーレムをいったん消して、俺は門をくぐったのだった。


(とっさの機転、お見事かの。さすがはリル殿が慕うのことはあるかの)


 ルナに、隣に追いついたところで念話でそう語りかけられた。一方的に言われるだけだから言い返すことはできないが、今回ばかりは自分でもうまくやったと思うので力強くうなずいておく。自分よりもはるかに強い相手に褒められて嬉しくないわけがないのだ。

 少し頬をあげて歩いていると、ルナがいるのとは逆の服の袖をつかまれる感覚を覚えた。そちらを向いてみると無垢な顔をしたかなが――


(かなも精霊を出したほうがよかった?)

(それ冗談にならないからやめて!?)

(そう? ブレイカーがなんか強くなってたから見せてあげようと思ったの)


 俺がアイスゴーレムを出したのを見てもっと強いのを出すか聞きたかったらしい。こんなところでブレイカーレベルの精霊を召喚するのはシンプルに大問題なので止めておく。


(というかブレイカーが強くなったって? 復活してたのか?)

(うん。昨日もう活動制限が解除されたから。そしたらすっごい強くなってたの。ルナと一緒に特訓させた)


 どうやら闇空間門の中で既に再会していたらしい。リルとの戦闘を終えてかなり強くなったかなにすっごい強いと言わしめるということは、相当強いのだろう。期待は高まるな。


(へー。死んでも死なずに強くなるとかどんな冗談だよ)

(本当だよ?)

(ああ、そういう意味じゃなくてだな)


 第二形態ってずるいなってずっと思ってるけど、やっぱりずるいと思う。


(ガーディアンのほうもそろそろ回復できると思うけど、強くなってるかな?)

(なってるんじゃないか? ……というか、いまいち理解していなかったんだけど、どうして精霊たちって無事なんだ?)

(えっと、それはね。精霊核をかなが預かってるからなの)

(精霊核?)


 精霊核というのは精霊の魂のようなもので、肉体ではなく魔力の塊である精霊の記憶やスキルを記録する役割を果たしているのだとか。その核がある限り精霊は不滅で、魔力を再び集めることで復活できるのだという。

 そして、その際にルナやリルの魔力を吸収して強くなった、というのがしんさんの予想らしい。精霊の強さはその体を作る魔力で決まると言っても過言ではないため、その可能性は高そうだと俺も思った。もしそうだった場合、かなのステータスは跳ねあがるだろう。強くなった二体の精霊のステータスをプラスしした値がかなのステータスとなるのだ。攻撃力なんかは10000になっていてもおかしくはないだろう。

 精霊完全支配を使用した時の強さも段違いになっていること間違いなしだ。かなに宿る精霊が強くなればより精霊の力を適切に扱えるはず。そうすれば効率もよくなって単純な強化につながりそうだからな。


(ガーディアンの体も、ほとんど治ってるっぽい。いつ見る?)

(まあ、誰もいないところで、闇空間門の中でだな)

(わかった。また今夜お願いしてみる)

(そうだな。夜ならバレることもないだろう)


 最悪、見回りの手伝いをするとでも言っておけば怪しむ者はいないだろう。俺も強くなったブレイカーやガーディアンと再会するのが今から楽しみになってきた。再会したら俺とも手合わせしてもらうとしよう。ルナ相手ではよくわからなかったし、強くなった俺がどれくらい強くなったか確かめるチャンスだしな。ホワイトクリスタル・ロングソードや属性剣術を試すいい機会でもある。


(さて、ではこれより屋敷に入る故、上手く妾に合わせるかの。大丈夫かの?)


 かなとの話に夢中になっていると、いつの間にか広い庭を横断しきっていたようだ。目の前に大きな屋敷が立ちふさがっていた。屋敷の扉の前にももちろん人は立っていたが、先ほどの門での一件が見えていたのか特に俺たちの進行を遮ることはなかった。

 そのまま一人が案内役としてルナの前を先行して、応接間のような部屋に通してくれた。案内役が小さく扉をノックした。誰が中にいるのだろう? と思っていると、中から声がかかったようだ。案内役が静かに扉を開いたのち、部屋の中に向かって頭を下げた後、部屋の内側に入って脇に避ける。

 続いてルナが中に入っていったので俺とかなもそれに続く。

 はたから見ると幼女に付き従うちょっと年が上の少年少女の絵となっており、かなり不思議な光景ではある。だがどうしようもないのでそこは考えないこととする。


「―――――」


 中に入ると正面に人がよさそうな、だが緊迫感漂う顔をした男がソファに腰掛けているのが見えた。その男が何か驚いたように言った後、俺たちに手招きをした。

 かなり身なりが良いし、体も健康的だ。長身で、すらっとしている。淡い金色の髪の毛をしており、瞳も翡翠色と西洋を思わせる容姿をしている。

 胸元に勲章のようなものを付けていることから、領主本人であることがうかがえた。


 俺たちは領主の手招きに従って領主が座っているのと背の低い机を挟んで反対側にあるソファに並んで座る。その後領主は俺たちを案内した人に何かを聞き、先ほどよりも大きく目を見開いてこちらを見てきた。恐らく、門で俺が出したアイスゴーレムについての説明を受けたのだろう。

 緊迫感漂う表情が一転、希望を持つような表情に変わった。


「――――――!」


 感極まったように身を乗り出し、俺の手を握って大きな声で何かを言ってきた。何を言っているのかわからないのでどう対応していいのかわからないが、恐らく力を貸してくれ、みたいなことだろう。ひとまず頷いておくと領主は嬉しそうに笑った。

 リルに聞いたこの街の領主の印象はかなり良かったが、こうして実際に会うとかなり人がいいことがわかる。こういう人もリルが言う真っすぐな人間と言えるのではないだろうか。この場にリルがいれば聞けたな、なんてことを考えながら後のことをルナに託すことにする。

 どうせ、俺は喋れないのでな。


 それからルナと領主の間で話を進め、三十分くらいが経った頃には心底領主に気に入られてしまったようでかなり良い待遇を受けることになってしまった。

 先日まで泊まっていた宿とは比べ物にならない、他の貴族に使うような豪華な客室に案内されてしまったのだ。あの部屋も値段に見合うくらいの豪華さではあったが、流石に華やかさが違う。

 部屋の壁や床、置物や家具の細部までこだわられた装飾を見ればいかに高級品かが理解できる。正直日本の一番高いホテルとも張り合えるのではないだろうか。いや、それ以上かもしれない。しかしルナがどう言ったのかはわからないが用意された部屋は一部屋だった。どうせなら二部屋借りろよ、と思ってしまうのは仕方ないことだろう。特に理由がなくとも異性と同室というのは無性にドキドキするものなのだということを、女は全く分かっていない。

 いや、ルナの場合は分かっていて面白がっている可能性もあるな。リルと同じで性格がかなり悪いのがルナの困るところだ。長命者は人を揶揄うのが好きなのかもしれない。


(今日からしばらくはこの部屋で生活することになるそうだ。かな、部屋の場所を覚えておけよ?)

(うん、頑張る。でも、家の中迷路みたいだった)

(廊下がどこも同じようだったからな。壁に掛けてある絵とかを覚えていればいいんだろうが、初めは迷いそうだよな。まあ、気配察知をうまく使えば大丈夫だろう)

(わかった)


 泊まっていた宿からは避難を呼びかけられたのちあらかじめ数日分を予約して余分に払ったお金を返してもらっていたが、こんなところに泊まれるのなら返してもらう必要はなかったとも思える。ルナ曰く、三食メイド風呂付らしい。それを悪魔との戦闘に協力することへのお礼として提供してくれるというのだから、かなり太っ腹だと言える。

 メイドやその他使用人は逃げなくていいのか? と思っていたのだが、ルナがたまたま聞いていたらしく、領主は逃げろと言ったが聞かなかったとのことだ。そして俺たちが泊まることが決まったのをいいことに、俺たちの世話を理由に残ろうとしているらしい。ルナ曰く、領主様は断らないでしょう、とメイド長が言っていたそうだ。領主様は一人一人の意思を尊重されるお方ですから、とのこと。

 これはますます領主への好感度アップだな。彼が前線に立って殿を務めるということになっているらしいが、どうにかして守ってあげたい人である。


(しっかし、結局暇だな。リルが来るまで闇空間門は使えないし、何をしようか)

(ルナが庭を使って良いって言ってたって言ってた)

(……伝言ゲームかってくらい経由してるな。でも、そうか。じゃあ、素振りでもしてようかな)

(かなも何かしたい)

(でも、かなが一人でできることは少ないし、ルナか俺が相手になると言っても本気でやると屋敷が消し飛びかねないんだよなぁ……)


 加減を間違えると一発で消し飛ぶだろう。間違いない。


(じゃあ、空を走る練習は?)

(目立つから駄目だな。普通の人間は使えなさそうだし)

(魔法の練習は?)

(かなが使えるのは精霊、空間、精神だったよな ?これらも人間が扱えるような属性じゃないから、駄目かな)

(むう……)


 かなは不満そうに頬を膨らませた。とても可愛い。

 流石にここまで否定するのは心が痛むが、ここで許すと胃が痛む羽目になりそうなのでいくら可愛くても容認はできないが。

 しかし、そうなるとかなができることがない。さすがにそれは可愛そうなのでどうにかしたいのが……。


 コンコン


 ドアをノックする音が聞こえた。

俺は瞬時にベットに腰掛けていたルナに目をやる。ルナは小さく頷いて扉の方に行ってくれた。こういう時の対応も全部ルナに任せることになるのは心苦しいが、致し方ないのだ。文句は俺とかなに基本的生物権を与えなかったやつに言ってくれ。

 まあ、誰かの意思で与えられなかったとは限らないのだが。でも、生きようとする権利だとか、精霊使役権は与えられたものだろうし、多分大いなるものの陰謀が働いていると思うんだよね。知らんけど。


 さて、ルナが扉を開けて現れたのはメイドさんだった。何かと思って見ているとルナと少し話をしたのちワゴンを運んできた。それに乗っていたのはお菓子の盛り合わせ。少女漫画のパーティーでありそうな一段ごとに乗っているお菓子が違うタワーみたいなやつだ。

 それを部屋の中央にある机の上に運んできて、その机の周りの椅子に腰かけていた俺とかなにお辞儀をして退室していったメイドさん。どうやらおやつの時間らしい。本当に甲斐甲斐しく俺たちのお世話をしてくれるつもりらしいな。


(材料が余ってしまっても困るから、だそうかの)


 あ、残飯処理ですか。いや、美味しそうだからいいけど。


 マカロン、ショートケーキ、クッキー、ミルクレープ、アップルパイ、プリン、マフィン、ババロア。それらが数十という単位で目の前にそびえたっているのは、どうにも圧倒される。

 これ、食いくれるのか? さすがに食品ロスへと直行だと思うのだが。そんなことを考えていたら――


「もぐもぐ」

「もぐもぐ」

「もぐもぐ」

「もぐもぐ」


 隣から、二人分の咀嚼音が連続して聞こえてきた。音がしてきた方を見てみると、両手に次のお菓子をもって次々と口に詰め込む猫耳少女とと犬耳少女の姿があった。……おい、ルナ、擬態解けてる解けてる。


(これ、美味しい。司も、食べてみたほうがいい)

(大変美味かの。菓子類は滅多に食べられないが、こんなにもたくさん食べられるとは思っていなかったかの)


 ……この様子だと、あっと言う間に無くなりそうである。俺も、勧められるままにマカロンを手に取って食べる。


「むぐ……まあ、うまいな」


 俺、甘いものはあまり好きではない。

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