戦う決意
「それで? 計画は順調なのか?」
「はい。予測していた通り、悪魔たちはオリィへと向かっております」
「一週間もするころには街は壊滅しているでしょう」
「そうか。どれくらいの被害が出ると予測される?」
「一般人の避難は既に始まっておりますが、冒険者や街の騎士や巡回兵は残るでしょう。低く見積もっても一万はくだらないかと」
「どうやら地主自ら先頭に立って殿を務めるのだとか。その影響もあり、かなりの人員がオリィに残るようです」
「それは上々だな。だが、悪魔というのは狡猾で慎重な奴らだと聞いていたが、どうやら誇張だったようだな」
「所詮は殺すことしか能がない者たちですから」
「せいぜい我々の計画の礎になってもらいましょう」
「そうだな。では、あとは任せたぞ?」
「はっ。全ては邪神様のために」
「邪神様のために」
「ああ、邪神様のために」
――
――――
――――――
(なあ、本当にここの人たちは悪魔と戦うつもりなのか? とてもじゃないがこの街にいる冒険者たちでは勝ち目がないぞ?)
先日冒険者ギルドを訪れた際、それなりの人数に解析鑑定を使用したが、どれか一つでも100を超えているステータスを持つ人は一人もいなかった。リルの話を聞く限り、悪魔に対して勝ち目があるとは思えなかった。
(だろうな。だが、そうすることで救える命があると信じているのだろう。少なくとも、ここにいる冒険者や騎士が殿としてこの街で防衛戦を仕掛ければ、ある程度の時間稼ぎにはなるはずだ。その間により多くの人が避難できるだろうし、国でも対策をとることができるはずだ。自身の命を捨ててでも救いたい命があるのだろう)
宿の部屋の中で俺とリルは話をしていた。
かなとルナは再び闇空間の中で特訓中。向上心があっていいことだとは思うが、戦闘にしか興味がないのはどうなのだろうか。可愛いのにもったいないと思う。
(なるほどな。みんな、譲れないものがあるってことか。まあ、気持ちはわかるかな)
(司殿の場合は、冷徹者だったか? それの影響が大きそうだな)
(だな。例えそうでなくともかなを大切にしたいって気持ちは本当なんだが)
(恥ずかしげも無くよく言えたな。そういうことを言うのは躊躇うのだと思っていたぞ)
(リルが言った通り、冷徹者の影響もあるだろうし、かなは家族みたいな存在だからな。俺の中で大切な人の優先順位をつけるなら三番以内には入るな)
(ほう? そこで一番と言い切らないのか?)
(妹がいるんだがな、甲乙つけがたいよ、どうにもな)
どっちのほうが大切かって聞かれても、答えられる自信はない。かなは大切な存在だ。だが、黒江もまた俺を支えてくれた大切な存在だ。今どこで何をしているのかはわからないが、いつまでたっても忘れることはないだろう。
例えこれから一生会えなかったとしても大切な人だと言い続ける自信がある。もちろん、こんなことを面を向かって言う度胸はないがな。
(リルこそ、何か譲れないものってないのか? 何百年も生きるのってそう言うの必要じゃないか?)
(譲れないもの、か。考えたこともなかったな。というか、生きる時の長さで言うのならルナ女史に聞くほうが良いのでは?)
(女性に年齢関係の話をするのは禁止だからな)
(そういうものか? いや、並大抵の相手なら我より年が下だから考えたことはなかったが、我よりも年上ならば気にしたほうがいいのか)
(なんか知らないが長生きであることの弊害出てるな)
まあ、もとよりリルが年齢に気を使うとも思えないがな。
(それで、譲れないものだったな。そうだな、もちろんある)
(お? なんだ? 流れではぐらかされるのだと思っていたが)
(別に、隠すようなものではない。譲れないものと言えば、共に歩む者、とかであろうか)
(ふーん。俺たちはそれにふさわしかったってことか?)
正直リルに気に入られている自覚はあったが、確かにどこが良かったのだろうか。
リルは以前自身を倒したものなら相応しいと言ってたが、それだけとは思えないよな。
(そうでなかったら今共にいない)
(じゃあ、その条件みたいのは何だったんだ?)
(……我ほど長生きをすると、生物の悪感情や裏の顔をいやというほどに見ることになる。だが、もちろん純粋な心を持っている者もいる。真っすぐした瞳を持っている者もいる。我の中で直感的に毛嫌いしてしまうものもいるが、そう言う素直なものは好きだ。見ていて心地がいい)
(俺って、そこまで素直か?)
(少なくとも、我が見てきたもの達の中では純粋無垢で無能だな)
(……馬鹿にしてないか?)
(っふ、言っただろう? 見ていて心地が良いと。この世界を生き抜くために必要な知識や駆け引きが苦手で貧弱なのはそうだろうがな、長年強者と殺り合っているとそれが鬱陶しく感じてくるのだよ)
どちらにしても、俺は馬鹿にされているということだろう。
(これでも司殿のことは好きなのだぞ? なんというか、闇を知らないというか、本当に素直だと思うな。記憶を失っている、と言っても心のどこかで生に執着するものだと思うのだがな)
ああ、なるほど。争いごととは無縁の世界から来た俺は、この世界で生まれ育った人たちより心が綺麗だったりするのだろうか。あとは、死に対して特に不快感を抱いていないというのも納得できる。元の世界ではいてもいなくても変わらないような人生を送っていたからな。心の底から苦しまなくて死ねるならそれでいいと思っていた。
そう言う価値観の違いが大きいのだろうな。今となってはかなが大切で、それ以外のことをはほとんどどうでもいいと考えているのも大きいだろうがな。暗躍とかじゃなくて、純粋にかなを守れるなら、助けられるのなら何でもやるっていう決意があるからリルから見てもまっすぐなんだろうな。
(こんな生活を続けていたらすぐに汚れそうだけどな)
(ああ、そうかもしれないな。だが、今の司殿を知っていれば、いつまでだって付き従う気になれるよ)
(……付き従っているって言えるのか? その態度で?)
(これはもはや癖なのでな。諦めてくれ)
(努力くらいしたらどうだ……?)
まあ、丁寧な言葉遣いになったらなったで調子が狂いそうなので遠慮願うが。
コンコン
部屋のドアをノックする音が聞こえた。
(あれ、来客かな。リル)
(ああ、わかっている)
目の前にいたリルの体が闇空間門の中に消えていく。続いて俺の体が不快感に包まれていく。
重い頭を抱えながら、コレスポンデンスクローズであるフードを纏う。どうやらこの魔道具、念じることで出したり消したりできるようだ。生地自体が魔力の塊であるために実態を持たせるか持たせないかで変更できる、というのがしんさんの説明だ。
いつも俺にもわかりやすい説明をしてくれるしんさんには感謝である。
フードで顔を隠して、リルは扉を開けた。
するとこの宿の受付嬢をやっていた女性が真剣な面持ちで扉の前に立っていた。
「なにようか?」
「失礼します。その、現在このオリィは緊急事態にあり、その影響で避難勧告が出ています。数日中に近場の街に向けた馬車が出発します。つきましてはお客様に置かれましても早急に避難の準備を、と」
恐らく緊急事態というのはデモンパレードの発生のことだろう。そして、それに備えて避難勧告が出された、と。オリィくらいの規模の街ともなると住民の数も相当だろう。その全てを逃がすとなるとかなりの時間がかかることになる。それ故の対応の早さなのだろう。ここの領主はできる人だと思われる。
そしてそれに合わせて客に伝達を行うこの宿の従業員もさすがと言えるな。通信機器が出回っているとはいえないであろうこの世界で街全体に漏れなく情報をいきわたらせるのは大変だと思うが頑張ってほしいものだ。
「なるほど、な。国、またはこの街はその緊急事態に対して何か手を打ったのか?」
「現在準備中とのことです。お客様含めこの街にいるすべての人の安全を、この街の領主様直々に現場に立つことで保障する、と」
この街の領主は甲斐性もあるらしい。
「ほう。面白い。手伝うことはできないのか?」
「……お客様ほどの魔法の腕があれば、恐らくは。ですが、おすすめはしません。一応、領主様のお屋敷で人員募集をかけてはいますが……」
緊急事態がどんなものかをしっかりと伏せながら話すあたり、この女性もプロなのだろう。無駄に危険を煽ることをしないのは素晴らしいと言える。それにリルのディメンション・ポケットを見た後でもお勧めしないというあたり、デモンパレードの危険度も理解しているようだ。完璧な接客と言えるだろうな。
「そうか。まあ、貴女が何と言おうが我は行くがな。情報感謝する」
「そう、ですか……。健闘をお祈りします」
「っふ、死ぬ気はないので安心しろ」
「では、私は他のお客様の対応に移ります。お客様も、気が変わりましたら馬車の乗り合い所にお急ぎください」
女性はそう言うと恭しくお辞儀をして去っていく。終始緊張した面持ちだったが、それも当然なのだろう。これだけの規模の街でさえ全住民に避難勧告が出されるほどなのだ。デモンパレードというものが、どれくらい危険なのか、俺も何となく理解できた。
リルは静かに扉を閉めると、元の体に戻っていった。そして闇空間門から姿を現すと、俺に念話を使ってきた。
(さて、それでは領主の屋敷に向かうとするか)
(そんな急ぐ必要があるのか?)
リルは先ほど女性に言った通り、緊急事態の解決の手助けをするために領主の屋敷に行こうと言い出したのだろうが、急にもほどがあるのではないだろうか。
(どうせこの宿の客たちはすぐに避難を始めるのだ。残って変に目立つのもよくない。それに、出来れば領主の屋敷から重要な情報が持ち出される前にもう一度侵入したい。以前潜入した際には執務室の探索が出来なかったのだ)
(ああ、そう言う理由か。じゃあ、かなとルナを連れて出発するか)
(そうしよう)
それから準備を整えた俺、ルナ、かなは、影の中を移動するリルの案内の下、三人で並んで領主の屋敷を目指していた。その途中で面白そうな店があっては冷やかして回ったが、驚いたのはその地に残ろうとする者の多さだろう。
もともと商業都市ということで商人の多いこの街だが、その中でもこの街を愛する職人や何代も受け継がれているいわゆる老舗の店員はこの街を去る支度を全くしていなかった。
俺にはよく理解できないが生まれ育った街を死ぬまで離れたくないんだとか。美しい思想だとは思うが、自分の命のほうが大事ではないのかね? まあ、これから悪魔に戦いを挑もうとしている俺が言うのもおかしな話なのだが。
悪魔の侵攻が酷かった場合、恐らく彼らはこの地に眠ることになるのだろう。それを望んでいるのだろうが、それでは目覚めが悪いというもの。出来れば、この街には一歩も触れさせずに撃退してやりたい。
だが、こんな場所で目立つのはリルが許さないだろう。全力を出すことも許されないのだろうからある意味難しい。こんな俺でも、ステータスは一般市民とは話にならないくらいに強い。というか、ステータスのうち一つでも1000を超えているだけで化け物扱いされてもおかしくはないのだ。それがどうした。俺の周りには五桁を超えるやつがいるんだぜ? おかしいだろ?
まあ、天災だなんだ言われるような生き物にはふさわしいと思うけどな。
まだまだ見慣れない街並みをゆっくりと味わいながら、俺は領主の屋敷への道のりを進んで行った。そして一時間もする頃には大きな塀に囲まれた屋敷の前についていた。
門はあけ放たれ、その両脇には鎧を着こんだ兵士がいる。よく見てみると片方はこの街に入ってくるときに色々と質問をしてきた門番であることが分かった。
こちらに気づいたその男と目があい、男はこちらに小走りで駆け寄ってきて話しかけてきた。
「――――――――」
「――――――――――――」
「―――?――――――?」
「―――――」
「―――!?――――、―――――!?」
今の俺はリルが憑依していないので口を利くことが出来ない。そのため男との会話は自然とルナが受け持つことになるのだが、どうにも嫌な予感を感じる。
ルナが一言しゃべるたびに男がこちらを見て目を見開くのだ。どうせ、俺のことを相当持ち上げているんだろうな、と思いながらも中に入れそうだしいいか、ということで納得する。
(では、我は行ってくる。うまくやるのだぞ?)
(まあ、取り敢えず任せておけ)
ルナが男の相手をしている間に、先にリルを屋敷に向かわせる。情報収集を頑張ってもらうとしよう。
さて、そうなったらこちらもうまくやらねばな。
ルナの状況を見ていると男のほうはかなり驚いた顔をしているがまだ躊躇い気味だな。それもそうだ。いくら強いんだと説明されても俺たちみたいな子どもを戦の場に使うなんてことは考えられないだろう。だが、参加させてもらえないと困るのはこちらなのだ。
じゃあ、もう一押しを頑張りますか。
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