物資の調達

(で? そのデモンパレードってどれくらいやばいんだ?)


 オリィについた翌日、リルからじきにこの街に悪魔の大群が来る、と聞いた。

 その際にデモンパレードという言葉を聞いたのでそれについての質問をしている。


(デモンパレードというのは何らかの要因で開かれた地獄門から大量の悪魔が出てくることを言う。何らかの要因というのは主に現世に湧いた地獄属性の者が門を開くか、魔力の歪み、もしくは地獄で湧いたユニーク個体が地獄門を開くかだな。他も前例があるものはあるが、今回には当てはまらないだろうから割愛する)

(ああ、別にそれはいい)


 言ってしまえば、悪魔がたくさん湧いてきた、ということだろう。なんとなく理解はできた。


(具体的な規模は分かるのか?)

(すでに五千を超えているだろうな。ユニーク個体が発生している可能性もある)

(ご、五千!? そ、それはすごい数だな……)


 リルとの戦闘で出された狼やアーミーアントですら数は三桁だったんだが?


(悪魔って、基本的にどれくらいの強さなんだ?)

(一体一体はさほど強くない。ステータスとしては高くても銀狼程度だろう)

(十分強いわ!)


 俺は一応その域を越えてはいるが、一体一体がその強さで五千体は十分脅威だわ。


(そうか? 大したことないと思うのだが)

(それはお前だからだ。俺には到底そうは思えない。俺のステータスと戦闘技術を考慮してくれないか?)


 こいつ、賢いように見えて実はバカなのでは?


(はあ? 司殿、貴殿は何を言っているのだ? 我が司殿の体を操作するに決まっているだろう?)

(ん? どうしてだよ。お前が自分で戦った方が強いだろうが)

(我が外に出ていいとでも? どうせこの街で戦うことになるが、その際に街の者たちに我の姿を見られてみろ。なんと言おうが信用されずに攻撃される)


 ……バカは俺でした。

 そりゃそうだ。人間の生活圏でリルがまともに姿を現せるわけがないのだ。よく考えなくてもわかる。


(それに、どちらにしても余裕だとは思うぞ? 確かに司殿ステータスはお世辞にも高いとは言えない)

(結構心に刺さるな)

(だが、そのスキルはかなり優秀なはずだ。そのレベル、そしてたかが超人という種族でそのスキルの潤い具合は珍しい。誇っていいぞ)

(ごめん、俺泣きそうだよ)

(む? そこまで嬉しかったのか?)

(もう、いいよ……)


 内心笑っているかもしれないが、このリル、表情だけは本当に困惑しているようなんだよなぁ……。

 だから俺の良心が邪魔をして責めることができない。なんて質の悪い生き物だ。

 

(で? 今日はどうする? この街でやりたいことはまだあるんだろう?)

(ああ。今回のデモンパレードで人間のある程度の強さを知ることができる。そういう意味でもこの街に残る理由はあるのだが、それはまだ一週間くらい先のこととなる。それまでの間にやってほしいのは、武器の調達、食料の確保、そして情報の収集。情報の収集に関してはある程度は済んでいるが、まだ完璧ではないからな)

(だが、それは任せていいんだろ? そうなると、俺とかなで武器の調達とか食料の確保をした方がいんだろうけど……)

(喋ることができない二人では難しいだろうな)


 俺たちが街にくりだしたところでできることは少ない。会話ができないというのは日々の生活に支障が出てくるのだ。憎むべきこの世界のシステム。誰が俺たちをここに連れてきたのか知らないが、いつか文句を言ってやる。


(だから役割分担を変えようと思う)

(なるほど? どうするんだ?)

(かな嬢とルナ女史に情報収集を任せ、我と司殿で街に出かける。これでどうだ?)


 確かにそうすればお互いに会話は成立するし、街を探索する俺が喋れるようになる。外見が幼い二人ではなく俺の体で散策することで、多少は対応も良くなる。かなり好都合と言えるだろう。


(ルナ女史にはすでに提案をしているので、かな嬢に伝えておいてくれないか?)

(わかった。いつ出かける?)

(情報収集は本来手に入らないものを調べるのならば夜の方が都合がいいだろうが、確かこの街には大規模な図書館があったはずだ。そこの利用は昼の方がいいだろう。なので、今すぐにでも行動を開始したい)

(了解だ。かなにもそう伝えておく)

(頼んだ。では我は、ルナ女史と改めて収集すべき情報の確認をしておく)


 俺たちは今、宿の部屋で話をしているのだが、ここにルナとかなの姿はない。二人は今リルの闇空間の中で戦闘訓練をしている。

 宿を壊さずに全力で戦える場所が欲しいとリルに頼んだところ、闇空間の中ならばいいのでは? ということになったのだ。さすがにルナとかなでは実力に差があるだろうが、かなとしては上位者との戦闘から学ぶことの方が多いと考えているのだろう。

 二人をリルに出してもらい、俺はかなに、リルはルナに状況を説明して、それぞれ出発の準備を整える。


(じゃあ、気を付けてな)

(うん。司も、頑張って)

(まあ、頑張ることもないんだがな)


 俺の体はリルに操作されるわけだし、喋れるわけでもないし、出来ることはない。応援されているのに結局何もできないのは悲しいことだな。


(日が暮れる前には一度戻ってくるとしよう。金銭はある程度分配するので、食事の確保は各自で行ってくれ。金策は、まあ我がやれるだけやってみるとする。では、出発するとしよう)


 そうして、俺はこの世界初めての買い物に出かけるのだった。


(やっぱり、乗り移られるときに負担が大きいんだよなぁ……)

(体が慣れるまでの数秒だろう? 我慢してくれ)

(お前は苦しくないのか?)

(我には特に違和感はないな)

(どうしてだ……)


 半人半魔の状態になった俺は、街にくりだしていた。すでに商店街や工房が並ぶ通りを何個か見て回った。たくさんの店を回っているのは相場を知るためと、金銭に余裕がない俺達は節約する必要があるからだな。たくさんの商品を見て一番安いものを買おうとしているというわけだ。


 しかし、もしかしたらそんな心配はいらなかったのかもしれない。食品や生活必需品の値段は千リースやそこら。もちろん高級品ともなると話は変わってくるが、俺たちが高級品を買う理由もないので考慮しない。

 高級品というほどではないが先ほど購入した剣は四千リースした。俺は最初武器を購入する必要ないと思っていたのだが、リル曰く必須だということだ。


 ルナとの戦闘の際にクリスタル・クリエイトで作り出した剣は闇空間の中に収納してもらっているが、人間の前でアイサファイヤ・ロングソードを使うわけにはいかない。

 人間の国でも魔剣を使うものはいるが、俺のそれとはわけが違う。

 ダンジョンで獲得したものや神鍛冶師と呼ばれるような才能のある鍛冶師がたまに作り出すことで一定数は常に出回っている。

 だがアイサファイヤ・ロングソードは正確に言えば魔剣ではなく魔法剣である。魔法剣とはその名の通り魔法で作り出した剣のことを言うのだが、錬金術に値するこの技術は、神鍛冶師と呼ばれるものですら不可能とされている。

 いや、実際のところは可能なのだ。だが、人間の能力では神鍛冶師と呼ばれるようなものでも不可能なのだ。神鍛冶師と言ってもせいぜいが鍛冶スキルをⅥまで上げた、というところ。錬金術は鍛冶Ⅹでしか使えないのでできない、ということだ。

 俺のように制作魔法を使えばいい、と思うかもしれないが制作魔法は魔術・氷にしか存在しない。そして、魔術・氷を獲得するには基本的に魔術・水Ⅹを獲得する必要があり、人間には到底不可能なのだ。例外も人間には当てはまらない。


 要するに、魔法剣を持っている時点で俺は人間ではない、と断定されてしまうのだ。


 俺の体を扱うとき最も強いと考えられるのは剣を使った白兵戦だ。属性剣術を持っている時点で剣を扱う技術は一線級と言えるのだ。そのうえ思考加速があるので近接戦における判断力は普通の人間とでは一線を画す。皮膚剛化による防御もかなり優秀で、俺の戦闘スタイルで最も強いと思われるのは近接戦なのだ。

 さらにはリルとの半人半魔状態の間は魔爪や魔牙、陽炎や影分身なども使用できる。影分身以外はばれずに使うことはたやすいし、影分身自体も工夫すれば人間の前で使っても怪しまれないだろう。


 そういう意味でも、剣を買う価値は十分にあるとのことだ。


(俺、そこまで考えたことなかったよ。お前すごいな)

(っふ、戦うものにとっては当然の思考よ。司殿もあと数回も死線を越えればわかるようになるさ)

(正直、もう死ぬような思いは勘弁なんだがな)

(そんな弱気ではリリア嬢の助けになんてなれないぞ?)

(わかってるよ。言ってみただけだ)


 実際、俺がこんな生活を続けている限り幾度となく死線を超える羽目になるだろう。生死のはざまを何度だって垣間見るだろう。だけど、俺はそう簡単には死なないと思うんだよな。周りのメンツを見れば、というのもあるが、自分が死ぬ姿を想像できない。

 これは殺戮者の影響もあるかもしれないし、俺の楽天的な性格から来るものかもしれない。ただ、そんな気がしたのだ。


(だけどさ、こんな軽い剣でいいのか? こんなもの文字通り鈍らだろうが)

(そこは我慢してくれ。人間の鍛冶師が碌な武器を作れないのは仕方のないことだ)


 俺が購入したのは白銀製のショートソード。刃の長さは五十センチあるかないか。星銀の剣やクリスタル・クリエイトで作り出した剣たちは一メートル近くあったので、どうしても軽いし短い気がしてまう。

 この世界の剣というのはあれが普通だと思っていたので、正直驚いた。こんなのナイフと変わらないのでは? と思ってしまうのだ。


(こんな薄っぺらくて短いんじゃ碌に相手の攻撃を防げないだろうし、剣を持つことで得られるリーチのアドバンテージがないにも等しくないか?)

(言っていることは分かるが、普通の人間ではこれくらいの重さの剣を振るうので精一杯なんだ。司殿は感覚が狂うであろうからこの武器は使わないでいいぞ)


 腰に差した剣を指しながら、リルがそう言ってきた。


(そうさせてもらうよ)

(慣れぬ武器を使うというのは、慣れぬ体を扱う以上に難しいのだ。我とて、先日のルナ女史との戦闘では剣の使用など初だったのだぞ?)

(そりゃそうだ。狼が剣使うとかありえないだろ)


 口にくわえて使うのだろうか。明らかに牙で噛みついたほうが戦いやすいだろう。だが、見てみたくはあるな。今度やらせてみようかな。


(司殿、ろくでもないことを考えていないか?)

(いや、考えてないぞ?)

(そうか? ならいいのだが)


 こいつ、流石長年生きているだけあって勘が鋭いな。それでも核心には迫ることはできないらしく、それ以上の追及は免れた。


(というか、食料をこんなに買い込んで大丈夫か? 生物も結構買っていたが)

(問題はない。魔獣・空間のディメンション・ポケットの内部では物質の劣化は起こらないようになっているようなのでな。金属がさびることもなければ、食品が腐ることもない。その代わり時間経過による変化を望む物質を保管するのには向かないのだがな)

(なるほど。闇空間での保存はどうなんだ?)

(闇空間ではそもそも無機物以外の保存は推奨していない。魔獣の肉などは保存しても問題ないだろうが、あまりお勧めはできない。長期保存はまず無理だろうな)

(どうしてだ?)


 確かの以前闇空間に魔獣の肉を保存していたな。だが、何が問題なんだろうか。


(闇空間内は魔力が溜まりすぎている故、魔力に適性のないものが長期間保存されていると劣化とは違うが腐敗が始まる。ただ、魔獣の肉は魔力への適性があるものが多いうえに、強力な魔獣の肉ならば魔力による腐敗が進んだほうが食べごろだったりするのだ)


 かびチーズみたいな感覚だろうか。


(他にも今保存している魔法剣などは込められた魔力が強化されたりする故、むしろ保存すべきと言える。ただ、元の魔力量が少ないと闇空間門内の地獄属性の魔力に侵されて属性の変異、もしくは魔法剣自体の崩壊が始まる。かなり条件が限られるな)

(なるほど。まあ、つまりは基本的にはディメンション・ポケットでいいということだな?)

(そうなる。どちらにしても物資の保存は我に任せてもらえばよいので、そこまで気にする必要ないぞ?)

(それもそうだな)


 管理、という面でもリルに任せるのが一番だろう。

 かなやルナが大雑把、というわけではないが向かないと思うんだよな。かなは頭脳的に、ルナは性格的に、だが。どちらも決して馬鹿にしているわけではない。

 かなは知識の発達が遅れているし、ルナの場合は長い時を生き過ぎて感覚が麻痺している節がある。俺の場合はそもそも魔術・空間を使えないし、この四人の中で最も大雑把だろうから論外だな。


 黒江は整理整頓が得意だったんだけどな。同じ親の血を引いているはずなのに、どこで間違ったのやら。

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