困惑

 受付嬢に散々驚かれた後、リルはディメンション・ポケットから魔獣の素材を取り出し始めた。まず最初に、空中に空いた穴から二つの首を持つ熊が出てくる。


「ツインヘッドベアー、ですね? で、ではすぐに鑑定を……」

「ん? いや、まだあるぞ。これはブラックファングのものだな。そしてこっちがブラットプラント、これがワイバーン、こっちがワーウルフ――」


 そして次々と死体を山積みにしていきやがてニ十体くらいになった。


「まあ、こんなものだな。鑑定を頼む」

「え……あ、はい。畏まりました」


 開いた口が閉じていない受付嬢は、それでもしっかりと仕事に取り掛かってくれた。てきぱきと鑑定を行い、ほんの三十分もする頃には結果が出た。


「では、鑑定の結果ですが、素材のほとんどに大きな傷はなく、高品質であることが確認できました。全ての素材を定価の二割増しで買い取らせていただきます。そこから手数料一割を引かせていただきまして、合計三百万リースとなります」


 リースとはここら一帯の人間の国の通貨で、リルの話を聞く限り一リースは一円とさほど差がないようだ。つまり、一週間魔物を狩り続ければ三百万円稼げるということだ。

 リルはあたかも当然という感じを装って受付嬢から金の入った袋を受け取っているが、驚いているのではないだろうか。リルは以前、今の素材を売ればまあ五十万くらいにはなるだろう、と言ってたのだ。それが六倍にまで跳ね上がったのだから驚かないほうがおかしい。


 金の入った袋をディメンション・ポケットにしまい、リルはギルドを出ようとする。もう用事はないのでさっさと帰ろうという判断なのだろうが、冒険者の方々がそれを許してくれなかった。どうやら、王道イベントの始まりのようだ。


「おい! お前どんな不正を働いた? どこで買った素材だ?」

「お前みたいなガキが、そんな大金を軽々しく受け取っていいわけがないんだよ!」



 ガタイの良い男二人が、リルの前に立ちはだかる。どうやら冒険者のようで、大斧を持っているやつと、剣と盾を持っているやつ。それなりに覇気があるが、実力はどの程度なのだろうか。

 そう思って解析鑑定を使ったのだが、大したことはない。大斧の方がレベル13、剣と盾の方がレベル14だった。やはり、人間は弱いのかもしれない。


「なんだ、文句があるのか?」

「当然だ! お前のようなひよっこがのうのうと来ていいような場所じゃねえんだよ、ここは!」

「だからサッサと金を置いてこっから消えな!」


 ずいぶんと身勝手な物言いだな。さて、リルがどんな反応を見せてくれるのか、見ものだな。


「なるほど。もしそうしなかった場合、我はどうなる?」

「っは! んなもんちっと痛い目見るだけだ」

「ああ、それでもいいなら金はおいて行かなくてもいいぜ?」

「そうか。つまり、力尽くでも奪い取る、と」

「お、物分かりがいいな」


 大斧の男がニヤリと笑う。どうやらリルがおとなしく金を渡してくれると思っているらしい。


「はぁ……ルナ女史、殺さない程度にやれ。どうせ回復魔法がある」

「わかったかの」

「なんだ? 女に任せるのか? 情けねえ奴だ!」

「そんなんだったら最初から反抗なんてしないほうが――」


 剣と盾の男が、言葉の途中で崩れ落ちた。


「お、おい、どうした?」

「まったくお粗末かの」

「な、いつの間に――」


 大斧の男は振り返るころには、すでに意識を失っていた。どうやらルナの動きについていけなかったらしい。それにしても、相変わらずの身のこなしだ。音の一つも立てずに相手の後ろの回り込んでしまうとは。その上外傷も負わせずに意識を刈り取っているようだ。


「流石だな、ルナ女史」

「この程度些事かの。では、行くかの?」

「そうだな、宿を取りに行くとしよう」


 そうして、今度こそギルドを出ていくリル。ギルド中の人間が、開いた口を閉じられないでいると知らないまま。まあ、あれを見て驚かない人間がいたら俺は逆に驚きだが。

 レベル10やそこらの連中がルナの動きについていけるわけがないのだ。レベル50ある超人である俺ですら微妙なのだから。

 ただ、これでそれなりに目立ってしまったかもしれない。今後このギルドに近づくのはやめておこう。


(なあ、人間の国に慣れるって、具体的にはどんなことをするんだ?)

(まずは書物を読み込もう。人間の文字の基礎は習得しているが、完全ではない。あとは金銭感覚を整えておこう。常識に疎いものは怪しまれる。他にも礼儀作法を習得するのもいいだろう。貴族や王族の情報収集、戦力の把握なども重要だな)

(色々とやることがあるな……)

(だからこそ、長期的な作戦だと言っているのだ。そう簡単に物事がうまく運んでくれると思っているのか?)


 少なくともこの世界に来てからの二か月と少しの間、かなり簡単に物事がうまく運んでくれたが? 俺は今レベル50だが、ここら辺の人間は何年冒険者をやっているのかは知らないが、少なくともレベル20以上の人間はいなかったぞ? ちゃっかり確認していた門番ですらレベル18だった。元一般人の俺がこれだけのレベルアップをしていて、物事がうまく運んだのではないとしたらなにがどうなったのだろうか。

 そして、本当にこの街の守りは大丈夫なのか? それとも、レベル18でも人間基準だと十分強かったりするのだろうか。


 よくわからん。


 人間の強さの基準は分からずじまいだったが、取り敢えず手ごろそうな宿を見つけた。

 木造建築で、質素なつくりだが清潔感はある。大通りの一角に位置していることからも、それなりに良質であることがうかがえた。


「部屋を一つ頼めるか?」

「畏まりました。代金は素泊まり一泊、二人部屋で四万リースとなりますが?」


 早速中に入ったリルがカウンターにいた受付嬢に話しかけると、やや不真面目な態度で対応に当たられた。まあ、はたから見たら子どもの集団だからな。

 リル、もとい俺は一般高校生、かなも背丈や容姿を総合的に見たら中学生くらいだろう。ルナに至っては小学生に見られてもおかしくない。そんな集団が突然泊まらせてくれと言っても、普通ならまともに取り合ってくれないだろう。口上だけでも丁寧に対応してくれているだけ、この宿の質の高さがうかがえるといったところだろうか。


 そして宿泊費だが、やはりそれなりに高い。一泊素泊まり、二人部屋とはいえ一部屋で四万円は日本でも高いほうなのではないだろうか。それに、まだこの世界の単位、リースと円の比がいまいちはっきりしておらず、どちらかというと一リースのほうが一円より価値が高そうであることを考えると、さらに高く感じる。

 あからさまに値段の部分を強調されたのは、払えるのか? と聞かれているということだろう。


「わかった。すぐ出そう『――――――――ディメンション・――――ポケット』。……これでいいか?」


 リルがディメンション・ポケットからお金の入った袋を取り出し、そこからカウンターに置いたのは四枚の銀色の五百円玉大のコイン、いわゆる大銀貨というもの。


 この世界の単位であるリースは、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨によって価値が変わる。

銅貨が大体十円。大銅貨が銅貨十枚分。銀貨が大銅貨十枚分、といった感じで価値が上がっていき、大金貨一枚は大体百万円分の価値があるということになる。

 そして大銀貨一枚の価値が一万リースなので、それが四枚で四万リース、ということである。


「お、おお……ディメンション・ポケットですか。私も数回しか目にしたことがありませんが、もしかして高位の魔法使いの方、だったりしますか?」


 惜しげもなく金を出したリルの態度に少しばかりの焦りを見せた受付嬢。恐らく、先ほどの会話で適当にあしらおうとしたのだろうが、俺たちだって馬鹿ではない。金が無いのに高そうな宿に入るなんて野暮はしないのである。


「高位、と言えるのだろうか。我の知り合いにはレベルⅩの魔法を扱える魔法使いが数人いるぞ? その方々に比べれば、レベルⅤなど児戯にも等しいよ」


 その知り合いというのはかなやリリア、ルナ、あとは一応俺も含まれているだろう。それにリル自身もレベルⅧの魔法を扱えているため、レベルⅤの魔法が児戯にも等しい、という意見は本音なのだろう。


「そ、それは……すごいですね。……で、ではチェックインされる、ということで」

「あ、いや。数日分、一気に契約したい。出来るか?」

「は、はい。長期契約は割引が発生するため、一週間で二十六万リース、三十日で百十万リースとなっております」

「それ以上の長期契約は?」

「た、大変ありがたいですが、それ以上は再度契約していただくという形になります」


 一言リルが口を開くたびに、受付嬢が額に浮かべる汗の量が増えていった。


「なるほど。では、三十日契約を頼むとしよう」

「か、畏まりました……」


 リルはそう言うと、四枚の大銀貨を回収し、金貨一枚と大金貨を一枚を取り出した。これで今の手持ちの三分の一を使ったことになるが、一か月泊まる場所に困らないというのを考えれば、まあ妥当であろう。

 そして契約書にリルがサインをし、部屋の鍵を預かるころには受付嬢の顔はほぼ放心状態だった。最初に少々無礼な態度をとってしまったが故に、リルの大盤振る舞いや魔法の腕を認識してビビってしまっているに違いない。

 世の中、見た目で判断するべきではない、ということだな。


「ご、ご利用、ありがとう、ございますぅ……」


 だんだんと小さくなっていく語尾に少しだけ耳を傾けてリルは割り当てられた部屋へと向かう。


 中に入ってみるとかなり整っており、生活しやすそうな空間だった広さ的には日本のホテルと大差ない。ベットなんかも綺麗だし、やはり質のいい宿だったのかもしれない。

 あれ? というか。


(どうして二人部屋にしたんだ? 俺たち四人だろ?)

(む? 我とルナ女史はベットなど必要ないのでな)

(床で寝るってことか……)


 年配者にそんなことさせるのは良心が痛まないでもないが、もとより二人は狼だからな。そこまで問題ないだろう。リルに至っては闇空間の中で寝るのではないだろうか。


(いや、我らには基本睡眠などいらない。暇つぶしという意味ですることもあるが、睡眠などとらなくても身体的に支障はないからな。我らは情報収取に向かうのだ)

(え、そうなのか? それ、俺たちも手伝った方がよくない?)

(少なくとも今日はやめておけ。ここ一週間まともに寝ていないだろう? 超人や黒猫人は確かに上位種族だが、それでも我らと違って定期的な睡眠は必須だ。今日くらいはしっかり体を休めてくれ)

(そ、そうだな。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ)


 リルって、なんだかんだ言っても優しいよな。俺たちのことを気遣ってくれているし、優先してくれている。多少なりとも服従している配下として何かしなくてはとでも思っているのだろうか。

 しかし、そうか。夜は寝るものだとずっと思っていたが、別に寝る必要もないのだからやれることはやるべきなのかもしれないな。金が有限である以上、宿に長居しすぎると足りなくなる。だったら少しでも早くこの場を離れられるように使える時間は使っておく、というのは合理的だろう。


(それに、夜の営みの邪魔をしては悪いのでな)

(夜の営み? なんだそ……ってそういうことか! ふざけんじゃねえぞ!?)

(それもまた男の務めだぞ?)

(う、うっさいやい!)


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