到着

 一週間ほど、森を歩き続けた。数時間程度の休みを数回とりながらだったが、それ以外はまっすぐ進んできた。それでも一週間もかかったのだから、世界樹がいかに広大か分かる。

 超人、黒虎人、影狼、月狼などという上位種族が出来る限りの速さで進んでも一週間。これは、かなり遠いということの証明になる。実際、遠かった。疲れづらい体になったとはいえ、多少の変化がある程度の森では最初は楽しくてもさすがに飽きてきていた。これはもう、精神的的に疲れた、というやつだろう。


 だが、それは決して徒労とはならなかった。地図もなかったがリルを信じてついてきてよかった。そう思えた。なぜなら、目の前に人間の街があるのだから!


 目の前と言っても俺たちがいるのは森と平原の境くらいで、その平原の向こうにあるその街まではまだ数キロくらいありそうだ。だが魔獣などに備えているからか高い壁で覆われた街は目立つ。リル曰く商業都市オリィという街で、オレアスで最も栄えた街だとか。人口も多く、貧富の差が少ないらしい。

 馬車が行きかう門の近くでは警備員が検問を行っている。それもそこまで時間がかかるわけでもなく、馬車一台につき十分ほどしかかかっていないようだ。皮鎧に身を包む冒険者風の人たちも出入りしている。似たような服装にすれば怪しまれることなく門をくぐれるだろうか。


 俺はそう考えて、服に魔力を籠める。俺が着ている服は光を放ち、やがて皮鎧と黒っぽいフード付きマントへと変化する。


(司、格好いい。似合ってる)


 俺の服が変化すると、すかさずかなが褒めてくれた。


(そうか? ありがとうな。かなも、俺がかぶっているみたいなフード付きマント、作れるか?)

(やってみる)


 かなは自身が手首につけているリストバンドを外して、魔力を籠めたようだ。すると、水色の猫耳フード付きのマントに変化した。なんでそこで猫耳をつけるんだ。

 しかしそれを被り前を閉じると見事に尻尾と耳を隠すことに成功した。まあ、実用性があるならいいか。そう考えて突っ込まないことにする。


(そなたらの服は特別品かの? 妾も見たことないかの)

(そうだな。特別製で非売品だ。悪いが俺ら専用なんだよ)

(別に羨ましいとは思っていないかの。妾の擬態の力があれば服装などいくらでも変えられるかの)

(あ、そうですか)


 考えてみればそれもそうか。


(じゃあ、行くとするか。リル、頼んだぞ)

(了解した)


 リルが闇空間門を作り、その中にもぐる。しばらくすると、俺の体に魔力が纏い始めた。体中に違和感が走り、吐き気がこみあげてきた。


 お、おい……これ大丈夫かよ。苦しいのが顔に出てきたのか、かなが心配しているような顔を向けてくるが、なんとかサムズアップを返して辛うじて大丈夫だと伝える。そう、辛うじてな。

 そして、そんな苦しみに慣れてきたころ、左目に違和感を覚える。少し視界がゆがんだかと思うと、今度はピントがずれ始めた。そしてそれらの違和感が消えた。多分、今ので終わったのだろう。


 俺の体は、自分の意思では動かせないようになっていた。


(では、体を借りるぞ、司殿)

(ああ、好きにしてくれ。うまくやれよ?)

(任せておけ。これでも人間社会にはそれなりに詳しい)


 多分、リルの言っていることは本当だ。少なくともこの世界では、人間であるはずの俺よりも事情を理解しているだろう。そろそろ俺の存在意義がなくなるのではないだろうか。


「行くとするかの」

「そうする。かな嬢、ルナ女史、ついてきてくれ」

「わかったかの」


 このままではリルとルナの間でしか会話が成立していないので


(かな、俺、もといリルについて行ってくれ。街に行くぞ)

(わかった)


 俺が伝えることにする。恐らくこれからもリルとルナ、俺とかなで会話をすることになるだろう。リルがかなに話してもいいはずだが、常時暇な俺が情報共有をしたほうが合理的なので俺がやる。それに、俺だって話し相手が欲しい。後者のほうが重要なのは言うまでもない。


 そして、俺の体は街に向けて歩き出した。森を完全に抜け、平原を進み、街道に出て、門の前まで向かう。その後ろをルナとかなはおとなしくついてきている。まあ、ルナもかなも物珍しそうにあたりを見渡しているのだが。

 そして馬車とは別の列に並び、順番が来るのを待つ。リルの前には十数組ほどが並んでおり、一組一組はニ、三分で中に入れている。俺たちの番もそれほど待たずに回ってくるだろう。


 そして俺の予想通り、ほどなくして俺たちの番が回ってきた。門をふさぐのは金属の鎧を身にまとった男二人。簡単な聞き込みを行っているようだ。


「ここへ来た目的は?」

「主に資源の調達、情報収集、そして素材の売却」

「お名前は?」

「俺が司、こっちがかな、あっちルナ」

「どうも、ルナかの」

「……かな」


 門番の質問に淡々と答えるリルと、それに相槌を打ちルナとかな。かなも自分の名前くらいなら喋れるので小さく自分の名前を言った。


「ご職業は?」

「特に定まっていないが、冒険者のまねごとをしている」

「なぜですか?」

「見てわからないか? ルナの見た目ではそう簡単には冒険者になるための許可が下りないのだ」

「なるほど。では、真似事というと、どのようなことをしているのですか?」

「主に魔獣の討伐。ここに来るまでにもツインヘッドベアーを狩ってきた」

「そうですか」


 門番の男はそう言うと、もう一人の男に小声で話しかける。話しかけられた相手も何かを小声で返し、もう一度こちらに向き直る。


「どうぞ、お通り下さい」

「わかった。お勤めご苦労」

「ありがとうございます」


 そして、そんな感じで平和に門をくぐれてしまったのだ。


(なあ、あんなんでよかったのか? 入れたのは良かったことなんだけど、警備がなってなさすぎないか?)


 あんな数回の質問だけで中に入れていいものなのだろうか。あれならいくらでもごまかせる気が……


(いや、大丈夫だ。この街では嘘を感知する魔道具を採用しているらしくてな、嘘偽りなく質問に答えていれば入ることができるのだ)

(へえ、なるほど。だけどさ、かなり嘘ついていないか? お前)

(む? どこがだ?)

(冒険者のまねごとをしているとか)


 俺たちはそんなことをしているつもりはないのだが?


(あながち間違っていないと思ってな。実際、冒険者は魔獣を倒すことを主な仕事としている。危険な魔獣を倒せば現地のものの助けになるし礼をもらえる。珍しい素材を集めれば金になる。そうやって生計を立てるのが冒険者だが、我たちだって魔獣を倒しているだろう?)

(え……そんなんでいいのか?)

(ああ。嘘を感知する魔道具の仕組みは、簡単に言えば精神の観察だ。心の乱れを感知して、それが嘘をついている時の乱れだった場合は嘘だと判断する。つまり、言ってしまえば質問に答えている本人が嘘だと思っていなければ嘘だと認識されないんだ)

(それ、結局ダメなんじゃ……)


 どちらにしても問題大ありだろう。自己催眠でもかけておけばいくらでもごまかせるぞ。


(そんなことは我の知ったところではない。いいだろう? 入れたのだし)

(それを言われたら、そうなんだけどさ……)


 リルも強引なところがあるな。まあ、リルの言う通り無事に中に入れたのだから問題など何もない。俺も、後ろの二人のように街の内部を見渡してみることにする。


 石造りの家と木製の家が半々くらいだろうか。セメントのようなものも見受けられて、街並みの例を挙げるとしたら西洋中世といったところ。まさに異世界物の定番である。魔法技術が発展しすぎたせいで、その他の場面で成長していないことがある、的なやつだろう。


 街を行きかう人は、商人風の人が多い。商業都市というだけあって建物のうち半分以上が何かの店のような。リル曰く、街の西側には大きな商店街が広がっているという。どうしてそんなことまで知っているのかは気になるが、それ以上に行ってみたいと思えた。

 もちろんというかなんというか、今の俺のような皮鎧に身を包んだ冒険者風の人もかなりいる。

 魔獣犇めくこの世界では、冒険者のような魔獣を討伐してくれる存在はありがたいものであろうと同時に、珍しい素材を獲得できれば金になるため、人間たちの間では一獲千金を狙う者たちに人気なんだそうだ。しかし、大した力のない者たちではすぐに死んでしまうんだとか。


(そう考えると、俺達にはピッタリかもな)

(そうかもしれぬな。だが、冒険者としての活動は行わぬぞ?)

(わかっている。しばらくは人間の街に慣れるための期間に当てるし、それが済んだら王都に行くんだろ?)


 人間の国に着いてからの計画については道中で聞いていた。リルの計画ではしばらくこの都市に滞在して人間の国についての知識を蓄え、王城がある王都に向かう、ということになっている。別に文句があるわけでもないので従っておく。


(では、まずは資金集めのために魔獣の素材の売却からだな)

(わかった)


 そして俺たちが向かったのは、冒険者ギルドオリィ支部だった。

 木製の建物で、さすがにそこらの家とは大きさが段違いだ。二階建てで、屋敷と言っても差し支えない大きさをしているうえに、外側の装飾もそれなりだ。


(いや、素材の売却をするんじゃないのか?)

(冒険者ギルドが一番定価に近い値段で買い取ってくれるのだ。文句を言うな。売却だけなら冒険者として登録していなくてもできる。まあ、この際冒険者登録をしてもいいが……)


 リルはそういうと、視線をルナの方に向ける。


「なにかの?」

「ん、いや。何でもない」


 不思議そうに首をひねるルナにそう返し、再び冒険者ギルドのの建物に視線をも戻す。


(先ほども門番に言ったように、ルナの容姿では取り合ってもらえるかどうか)

(あー、なるほど。年齢制限みたいのがあるのか?)

(規定上はないはずだが、冒険者ギルドは登録している冒険者に対して色々な補償をしなくてはならく、それを子どもにしてやりたいかと言われると、なぁ?)

(それはそうだな。まあ、別に俺は冒険者にはさほど興味ないし、登録はしなくていいぞ)

(わかった。取りあえず、今日は売却だけしてしまおう)


 リルはそう言って、冒険者ギルドの中に入っていく。扉を静かに開けると、少し中を見渡した。

 中は大きなカウンターと、あとは広間のようになっていて、かなりの数の人がたむろしている。そのほとんどが俺が想像しているような冒険者の風貌で、かなりテンションが上がる。それと同時に、ガラの悪い冒険者に絡まれる、みたいな定番イベントを期待したが、さすがに入ってきてすぐに絡んでくるような野蛮人はいないらしい。

 数人はこちらに少し視線を向けてきたが、すぐに目をそらして仲間に話しかけ始めた。フードを深くかぶった少年には興味がないようだ。しかし、その後に入ってきたルナには多少視線が集まった。やはり、その銀髪が相当目立つのだろう。野郎どもが不躾にも凝視していやがる。

 しかしルナはそれを涼しげな顔で受け流す。さすがは狼の祖だけあって注目されるのには慣れ切っているらしい。


 リルは迷わず一つのカウンターに向かい、そこにいた女性に話しかける。


「そこの受付嬢、素材の買取を頼みたい」

「畏まりました。冒険者カードはお持ちですか?」

「いや、冒険者ではない。問題あるか?」

「冒険者の方より手数料が多くかかりますが、よろしいですか?」

「構わない」


 リルはそう言うと、魔術・空間Ⅴで使用できる魔法、ディメンション・ポケットを発動し空間に穴をあける。この街までの道中で討伐した魔獣の素材は、すべてこの魔法によって収納している。

 闇空間門でもいいのでは? と思ったが、街中で使っていいようなスキルではないらしい。俺もそう思った。


「なっ……ディメンション・ポケット!? ど、どうしてその魔法を!?」

「我は魔術師故な。だが、これが扱える魔法では最高位だぞ?」

「い、いえ、その年でレベルⅤの魔法が使えるだけでもすごいですよ!? もしかして、どこかの貴族とか、だったりしますか?」

「いや、そんなものではない」


 ああ、むしろもっとやばいやつだ。それに、レベルⅤが最高位というのは全くの嘘だな。確かリルの魔術・空間のレベルはⅧだ。それに、俺に継承される前は魔術・氷Ⅹも持っていたしな。

 だが、人間程度ではレベルⅤでも珍しいのだろう。過度に目を付けられるのも今回の仕事の内容上好まれることではないので誤魔化している、といったところだろうが、それでも十分目立っているようだ。


「れ、レベルは?」

「25、だな」


 今度は本当のことを言った。まあ、弱体化をした結果なので正当なレベルとは言えないけどな。だが、この程度のレベルならさほど目立つことも――


「に、25!? レベル25ですか!? ほ、本当にあなたは何者なんですか!?」


 え、その程度でも驚かれるのか!? リルも予想外だったようで、驚いているのが体伝いにひしひし伝わってくる。もしかして、人間って、弱い?

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