大切

(あれ? もう、終わったの?)

(ああ。色々あって、ルナは一緒に行くことになったがな)


 リルの憑依から解放され、体の自由を取り戻したところに、ルナがかなを抱えて帰ってきた。かなを俺に預けると、魔術・月光の回復魔法をかなに使った。そして今、かなが目覚めたところである。


 俺の言葉に、かなは数回瞬きをしたのち、俺の視線を追ってルナのほうを見る。


(ど、どうかしたのかの?)


 その視線に耐えかねたルナが念話を使うと、かなは首をひねった。


(ねえ、どうして尻尾と耳が無くなっているの?)

(ん? ああ、そのことか。それはだな、人間の街に行くのに目立っちゃうからだ)

(じゃあ、かなもしまったほうがいい?)

(多分できないんじゃないかな……)


 というか、絶対できない。


(かなの場合はフード付きマントとか、そう言うのでカバーすればいいと思う。俺も顔が知れ渡ったりしたら困るだろうからフードを被るし、お揃いだな)

(うん、お揃いしよ!)


 俺にお姫様抱っこされたままのかなは、嬉しそうに頬を緩めた。表情の変化が乏しいのは、恐らく人間の体に慣れていないため。それでも必死に笑顔浮かべるその姿が、グッときた。

 今俺はかなを抱えている状態なのだが、身長の割にありえないくらい軽く、少し吹いただけ飛んでしまいそうだと錯覚する。それに、背中も膝も、俺のそれとは違い柔らかい。温かい体温が腕を包むようだ。


(あれ? 司、ちょっと止まって?)

(どうかしたのか?)

(うん、頭に葉っぱがついてる)


 かなはそう言うと、俺の首に手を回し、体をあげて俺の頭に手を伸ばす。その時、顔が至近距離まで近づいて、その息遣いまで聞こえてくるようだった。


(とれた)

(お、おう……ありがとうな)

(ううん)


 かな、何とも思っていないのだろうか。いや、俺がかなを好きかもしれないのがおかしいのだろう。どうして俺は猫に好意を寄せているのだろうか。純粋に可愛いというのが大きいと思うのだが、俺という人間はそんなにもチョロかったのだろうか。少しばかり自分を情けなく思った。


(じゃあ、リルが回復したら出発するからな?)

(わかった)


 かなをその場に下し、木の下で寝そべるリルに視線を向ける。ルナの攻撃によって大怪我を負った体は、今まさにルナに治癒してもらったところだ。大きくえぐれていた部位が見る見るうちに修復されていき、すぐに元の形に戻っていた。


 相変わらず治癒魔法というものはすごい。まあ、普通の治癒魔法ではここまでの効果は得られない。普通の魔術・治癒で部位欠損を直そうとしたとき、レベルⅧは必要になる。そして魔術系統のスキルをレベルⅧにしようとすれば五十年以上の努力を要するとされている。もちろん、スキルの継承などを行えればその限りではないが、魔術系統のスキルのレベルがⅧもある相手に勝つのは難しいし、レベルが低かったりすると適性がないとみなされ継承の対象外となるので現実的ではない。

 そう考えるとフェンリルから魔術・氷Ⅹを継承出来た俺はすごいのだろうが、それは俺の固有権能である能力使いの力によるところもあるので何とも言えない。


 だが、ルナの魔術・月光やかなの魔術・精霊、リリアの魔術・自然による治癒魔法は最も効率のいい治癒魔法でも部位欠損の修復を可能とする。より強力な治癒魔法を使えば下半身を失っても、それこそ頭だけになっても魔法を発動さえできれば元通りとなる。他にも一定範囲内の生物の傷を回復する魔法だとか、生命力を全回復させる魔法もあるそうで、どれだけそれらの魔術が有能なのか理解できる。


 もちろん、それらの魔術そのものは習得するのが難しく、魔術・自然に至っては四属性の魔法をすべてレベルⅩにしなくては獲得できないという最難関の魔法だったりする。リリアが今何歳かはわからないが、とてつもない努力を重ねたのだろう。確かにリリアには生まれつき魔法の才能があったのだろうが、そうであろうと大変だったに違いない。

 ルナに関しては言うまでのない。狼系の魔獣の祖先である彼女もまた数百年の時を生きる長命種であり今までに数多くの試練を乗り越えて魔術・月光をレベルⅩまで鍛えたのだろう。


 そう考えると、リリアやルナが部位欠損を軽々と直してしまうことには違和感がない。かなに関しては、まあ例外だ。魔術・精霊は努力云々より才能と適性が物を言う。かなは精霊に愛されているため、簡単に(と言っても何度も死闘を繰り広げたのだが)レベルを上げられたのだ。

 それらを踏まえて考えても、治癒魔法はすごい。自然治癒では生命力を回復することはできても傷を癒すことはできない。魔力を引き換えにしてありとあらゆる傷を治せる。さらにはそれらの魔法を使える者の魔力はほとんどの場合無尽蔵。どうしたってチート性能になってしまう。


 そんなチート魔法によって回復したリルに、一応確認の意味を込めて念話を飛ばす。


(リル、傷の具合はどうだ?)

(問題ない。憑依のやり直しも無事に終わった。勝手がわかってきたので多用しても問題ないだろうな)

(多用する必要あるのか? 俺の体のほうが貧弱だぞ?)

(いや、我が司殿に憑依している間は人型での会話が可能になるだろう? 様々な場面で役に立つのではないかと思っていてな)

(ああ、そういう)


 確かにそうすれば人型のくせに喋れない俺と喋れるけど狼のリルという役立たず二人が、一応役に立つ人に昇格できる。その間は戦闘力が落ちるだとか、単純に数が減るだとか問題は山済みだが、一つの手段としては有効だろう。

 リルの言う通り交渉や聞き込み、その他の場面で多用することになるだろうな。その時には顔を隠す仮面なんかも必要になるかもしれない。病気だとか、呪いだとか言い訳することはできるだろうが勘のいいものならば簡単に気づいてしまいそうだ。今度クリスタル・クリエイトで作ってみようかな。


 そんなことを考えていると、リルはその場から起き上がり、森の中を進んで行く。


(早くついてこい。置いていくぞ)


 お前、俺に服従してるんだよな? そうだよな? それにしては態度が大きすぎやしませんかね? なんて文句を言ってもどうせ聞かないので俺は不満を抱きながらもリルの後ろについて行くことにした。

 かなが俺の横に並び、その後ろにルナという形だ。ルナはこの辺りをテリトリーとしているらしく、見慣れた光景なのだろうが、俺やかなからしてみれば、ここまでの樹海を見ることはあまりない。

 ここ二か月この森の中で生活をしてはいるが、この広大な面積を誇る森の中は数キロ進むごとにかなりの変化がある。木々の太さや高さの変化、生える草や花の種類の変化、現れる魔獣の変化。それらの変化を楽しみながら、俺たちは順調に森の中を進んで行く。


(司殿、休憩は必要か?)

(ん? 大丈夫だぞ。超人になったからかはわからないが、あんまり眠気に襲われなくなったんだよな)


 ルナのナイトメアが明けてから、再び夜となった。丸一日以上歩いていることになるが、俺もかなもそこまで疲労していない。リルやルナは体のつくりがもとより違うので納得できるとして、俺は俺自身がここまで長時間活動できることに驚いていた。

 元引きこもりの高校生がずっと同じペースで二十四時間以上歩いたら普通は倒れると思うのだが、そうはなっていない。これはきっと超人へと進化したことで体が強くなった影響だろう。

 かなもまた黒虎人に進化したからか疲れはほとんどないようだ。時たま現れる魔獣にもしっかりと対応している。


 ちなみに、俺とかなのレベルはここまで魔獣を倒してきたことにより共に50を超えている。ステータスにはそこまで大きな変化はなかったが、一部のスキルのレベルが上がっていた。これでより戦いが有利になること間違いなしだろう。

 正直、この世界の戦闘ではステータス正義でもあるがそれ以上にスキルの強さが本人の強さに直結している気がする。特にわかりやすいのが自然治癒や魔力自動回復で、有ると無いとでは持久戦や拮抗した戦いにおける有利度が桁違いとなる。他にも先ほど改めてその万能性を認識した魔術、剣術や魔剣。それに類似するスキルは戦闘の勝敗に大きく関わるものになっている。

 例えスキルのレベルの差が一であっても、そのレベル一の差が命取りになることは、きっと少なくない。


 だからこそ、スキルのレベルには常に気を配るようにしている。まあ、今更この森にいるような魔獣に負けることもほとんどないのだがな。

 それこそルナ級の魔物が出てこない限り、このメンツで苦戦することはないだろう。俺以外の三人は正しくチートキャラ達なのだから。


(司、あとどれくらい歩けばいいの?)

(いや、俺にもわからない。リルに聞いてみてくれないか?)

(わかった)


 すでに五十キロ以上歩いているが、まだまだ終わりが見えないためか、かなは少し退屈しているようだ。二、三時間に一度魔物と戦うだけでは不満らしい。

 かなが戦闘を歩くリルの隣まで歩を進める。すると、それに合わせて後ろを歩いていたルナが俺の隣まで来た。


(司殿、だったかの)


 どうやら俺と話がしたかったらしい。俺に念話で語りかけてくる。


(リル殿を倒したと聞いたかの。人間だと聞いたけれど、どうしてそんなに強いのかの? いや、先ほどの戦闘を考えてみれば、司殿の強さがかなりのものであるということは分かるかの)


 俺は念話を使うことができないので、一方的に話させることになるのがどこか申し訳ない。


(どんな信念で、どんな覚悟で戦っているのかは、わからないかの。けれども、その信念が、覚悟が本物だということは妾にはわかるかの。決して、忘れるなんてことは、あってはいけないかの)


 ルナはどこか遠い目をしながらそう言った。その言葉に少し驚かされたけど、俺は力強く頷いた。そんな俺を見て、ルナも満足気に微笑んだ。

 きっと、ルナにはお見通しなのだ。俺の冷徹者の能力が。だからこそ、こう言っているのだろう。何かのために、自分の大切なものを見失うな、って。そう言っているのだ。


 ルナは、俺の知らないような、知り得ないような体験を色々としてきたはずだ。その間に大切なものを幾度なく失ってきたはずだ。どうして俺にあんな言葉をかけたのかはわからない。だけど、俺はあんな言葉を大切にすると思う。生物としての先輩からのアドバイスだ。無下にしていいわけがない。


 そんなことを考えているうちに、かながこちらに戻ってきた。それに合わせて、ルナは俺の後ろに並ぶ。


(後一週間はかかるって)

(マジかよ……まあ、旅だと思って楽しもうぜ)

(うん。かなも頑張るから、司も頑張ろ?)

(ああ、当然だ)


 俺の言葉を聞いたかなは、微笑みながら俺の隣に並ぶ。その歩みは、とても楽しそうだった。そんなかなに、俺も思わず笑ってしまう。きっと、ルナが言っているのは、この笑顔を忘れるなってことでもあるんだ。俺にとって大切な存在であるかなの笑顔を。もちろん、失いたくなんてない。失うつもりもない。


 自分の手では何もできなかった俺が、初めて手に入れた大切なのだから。

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