フレイムドラゴン

 翌朝、リリアは帰ってきた。大変くたびれた表情で。そして俺たちの出迎えに応えることもなく寝室に向かい、ベットにダイブした。そしてその日は一日中出てくることはなく、夜が来てしまった。さすがに一緒に寝るとかそういう状況ではなさそうだったのでかなと話し合ってリビングのソファで寝ることにした。

 結局かなとは一緒に寝ることになった。


 今までよりも頭の位置が近かったり体が大きかったりして色々意識しまくりだったがリリアとかなに挟まれて寝続けて二か月、少しは慣れていたので何とかこらえ切った。

 ただ、女の子特有だと思われる甘い匂いとか、柔らかい肌とか、時々顔に当たってくるフワフワの耳とか、何より押し付けられる体温とかが狭いソファだとより際立って、その、やばかった。

 結局寝られたの一時間くらいだろう。


 リルはというと勝手にそこら辺の床で寝ていたので気にしていない。さすが野狼だな。で、さらにその翌朝、リリアが目を見開いてリルのことを見ていた。リルもリルですでに目を覚ましており、値踏みするような視線でリリアを見ている。


(リル、自己紹介しておいてくれ)

(ああ、分かっている。しばしまたれよ)

(どうしてだよ。リリアが困惑してるだろ?)

(その反応もまた面白いだろう?)


 リルは知識に飢えているらしい。色々なことを聞いてくるし、どんな些細なことでも見逃さずに自身の知恵としてる印象をここしばらく一緒に過ごして感じた。

 リリアもまたその観察対象なのだろう。


「――――――?」

「――――――」

「!? ――――――!?」

「――――――」


 そして何やら会話が始まった。というか、リルはその体で言葉が喋れるのかよ。驚いてばかりのリリアに対してリルは落ち着いて対応している。そして数分ほどの会話が終わるころには、リリアはその輝く瞳を俺たちに向けてきていた。

 リル曰く、とても強く逞しく我を倒した、と言ってくれたらしい。それに感動して泣いているんだとか。リリアからしたら俺らは子供みたいな扱いなのかね?

 まあ、なんだっていいが。


 そこでいきなり抱き着いてこなかったのはリルがいるからだろうか。いつもならすぐにでも頬ずりを仕掛けてくるので助かった。しかし、リリアとリルの仲が悪くなさそうでよかった。この二人が喧嘩でも始めようものならこの家は一瞬で消し飛ぶからな。

 まあ、リルの性格とリリアの性格を考えたら相性が悪くないってことはなんとなくわかるんだけどな。探求心の塊であるリルと、心優しい性格のリリア。お互いを尊重し合えるいい関係だと思う。


(司殿、これからリリア嬢の現状について少し話をするのでしばし待たれよ。それなりの時間を要すると思われるので外にでも遊びに行っておくといい)

(はいはい、了解)


 相変わらず上から目線な奴だ。しかしこの場はリルに任せるとしよう。通訳できるのはリルだけだからな。まあ、かなは魔術・精神を使えば一方的にではあるがリリアに話しかけることができるのだが。

 まあ返事を聞くことはできないしそこまでいいものではない。というか、いつか普通に喋れるようになる日が来るのだろうか。来るといいなぁ。


 リリアと一緒にお喋りできたら楽しいだろうし、かなとも普通に話してみたい。名前くらいならお互い理解できるとは言え、それだけではやはり物足りない。

 生の声で喋るのと念話とでは差があるし、早く喋れるようになる方法を探さねばな。


(かな、遊びに行くぞ)

(わかった)


 かなを連れて外に出る。出る直前に振り返ってリリアたちのほうを見ると、二人とも腰を下ろして話をしていた。リルは寝そべっていると言っても過言ではない態度だったがな。

 あの二人が仲良くなってしまっているのは少し複雑だな。俺たちのほうが先に関係を築き始めたのに、とどうしても思ってしまう。

 俺はこんなに嫉妬深い人間だっただろうか。いや、あっちではかなと黒江だけいてくれればいいと思っていたから、こっちに来てからだな、きっと。

 なんだかんだ言っても急に知らないところに送られて俺も不安だったんだろうし、そんなときに助けてくれたリリアが大切な存在だっていうのは、多分仕方ないことだもんな。


 自分に対して小さくため息を吐きながら、俺はリリアたちから視線をそらした。


(じゃあかな、少し狩りにでも行くか?)

(うん、行く)


 リルとの戦闘から二日がたっていて、疲れもかなり取れてきた。かなの制約精霊はまだどちらも回復していないが、今更この森の中で苦戦する相手などいないだろう。体がなまってもいけないので、少し遠出してでもいいからレベル30以上の相手を探してみようということになった。


 しかしさすがは世界樹、そこまで探さなくてもレベル30くらいならわんさかいた。ここまでですでに十数体ずつを倒しており、進化した自分の体を十分試せたあたりで、強敵が現れた。


種族:魔獣・フレイムドラゴン

名前:なし

レベル:59

生命力:1098/1098 攻撃力:1209 防御力:879 魔力:790/790

スキル:高速飛翔Ⅵ、魔爪、魔術・火Ⅶ、鱗強化Ⅲ、魔力自動回復Ⅲ、魔法耐性Ⅱ、物理攻撃耐性Ⅱ

権利:基本的生物権、魔術使用の権利、自己回復の権利、自己防衛の権利

称号:殺戮者、炎使い


 なんと、ドラゴンだった。


(早い。お空飛んでる)

(だな。それに確実にこちらを狙っている)


 俺たちが少し開けた場所に出たところ、何やら咆哮をあげて俺たちの頭上を旋回し始めたのだ。まあ、相手から来てくれるのなら探す手間が省けるので助かるのだが。空中から遠距離魔法で攻撃されたらひとたまりもないぞ?


(かな、さっさと仕留めよう。厄介そうだ)

(わかった)


 かなは俺の声に頷くと、その場で踏み込み、跳ねる。空中でも二歩三歩と跳ね、ぐんぐんとその高度をあげる。ドラゴンはかなの接近に気づいたのか空中で距離を取る。高速飛翔のレベル的にもかなが追い付けないのは想定済みだ。距離が開いたところで魔術を発動させるために動きを止めたドラゴンに向けて、俺は魔法を放つ。


――――――アイシクル・―――アロー


 三本の氷の矢がドラゴンを襲う。しかし鱗強化を発動したためかその体を貫くことはなく、氷の矢は鱗に触れると同時に砕け散った。それでもそれなりのダメージが入ったらしく、苦しむドラゴン。今度はこちらを睨みつけ、魔法を発動してきた。

 しかし俺に気を取られ過ぎたためかかなの接近に気づかず、不意打ちのドロップキックを食らって地面に向けて急降下し、砂埃をあげながら着地する。いや、墜落か?


 どちらにしてもドラゴンの命はもうないも同然だろう。自由落下のエネルギーを利用して放たれたかなのかかと落としによって砕け散ったドラゴンの体があたりに飛び散った。流石だな。あの高さから落ちて何ともないのもすごいが、スキルをすでに使いこなしているのがすごい。俺のサポートがあったとはいえ空中戦でドラゴンに勝てる猫ってやばいよな。あれ? 虎だったか?


 そんなことを考えている俺だが、フレイムドラゴンが放った魔法を忘れてはいけない。魔法は火属性の魔法、ギガフレアだろう。直径十メートルほどの火球がこちらに飛んでくる。

 弾速はかなりゆっくりなので、余裕を持って対処できるが。


―――――――クリスタル・――――プリズム


 魔術・氷Ⅲで使える魔法、クリスタル・プリズム。氷の障壁を生み出し攻撃を防ぐ魔法で、吸熱性を持っているため火属性に強い数少ない氷属性の魔法だったりする。耐性のないものは触れただけで触れた部分から氷付き、凍死するという実は攻撃性能も高い魔法だ。

 その壁に触れたギガフレアは、その進行を阻まれた上にその熱を吸収され小さくなる。されど氷でできているクリスタル・プリズムも溶けていき、二つの魔法はほぼ同時に砕け散った。

 俺に頬にギガフレアから飛び散ってきた炎が触れるが、やけどもせずに消えた。俺もずいぶん余裕を持って対処できるようになったものだ。


 自分の成長を喜びながら、今度はかなに目を向ける。いつも通りのほぼ無表情で静かにこちらに向かってくる。背が伸びて大人びたからかどこか凛々しさがあり、風に服を髪を揺らしながらゆっくりと歩いている姿は、どこか幻想的ですらあった。

 可愛いから一気に美しいに変わった気がするな。


(さすがだな、かな)

(司も、ありがとう)

(どういたしまして。ま、俺もこれくらいならできるようになったってわけだ)

(うん、強くなった。かなも頑張る)

(ドラゴンも倒しちゃうんなら十分だと思うけどね)

(でも、ドラゴンはリルよりずっと弱い)

(確かに)


 だがそれはあいつが規格外なだけだと思うぞ? このドラゴンのレベルだって60に近かったがステータスは低いしスキルも少ない。フェンリルという種族はドラゴンよりも強力らしい。まあ、その種族そのものが天災と恐れられる凶悪な魔獣だからな。仕方ないだろう。

 それに、本来ならあのドラゴンもかなりの強敵なのだ。それなのにここまであっさり倒せてしまう理由はこちらが二人であることと、俺とかなに上位者との戦闘の経験が豊富にあるから、そしてかなの種族としての強さがある。


 黒虎人は千年に一度生まれるかどうかの種族らしい。獣人の、それも黒猫人からしか進化しないが、獣人の中では最上位に位置する種族で、ステータスとスキルの汎用性が高く適正も幅広いため継承されるスキルも多い。

 レベルが上がるたびに大幅にステータスが上がるという種族固有能力もあるらしく、レベルが高ければ高いほど他の種族との差が開く。なぜそこまでに黒虎人が優遇されているのかと問われても答えらえるものは少ないそうだが、しんさん曰く滅多に進化できないから、というのと、神の寵愛を受けし種族だから、というのがあげられるらしい。


 滅多に進化できないのは、本来黒猫人という種族が弱小種族で、進化条件であるレベル40を超えることが困難だからだ。かなはそれを精霊の力を駆使して切り抜けたため、問題なくレベルアップできた。

 そして神の寵愛を受けし種族というところだが、この世界の三大宗教の一つ、クラリア教で崇められている神クラリアの使いとして黒虎人が聖典に記されているらしい。日本でも猫は神の使いだなんだと言われることがあったので、その類ということだろう。

 しかし日本と違うのは、この世界には本当に神が存在するということだろうか。神の使いと言われている者には、本当に神の力が宿るものなのだ。


 そういうわけで、黒虎人は強いらしい。ここからもっと強くなるようなので、楽しみにしておこう。


(じゃあ、そろそろ帰るか)

(うん。リルと遊ぶ)

(いいな、それ)


 小さく笑ったかなの顔は、涼しげだったが、とても可愛らしかった。

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