人類の国
その後、かなに服を着てもらい、肉を焼いてもらって食事の時間だ。日の出方からしてすでに午後五時を過ぎているだろう。この世界では今の季節は日本の春や秋よりは日が出ている時間が長いらしく、あちらでは秋だったのもあって少しの違和感を感じる。
気温はちょうどいいくらいだが、それはこの家の作りなどもかかわってくるので詳しいことは分からない。だがまあ、四季はあるのだと思う。根拠としては夜に上る月の位置と、太陽の高さが日に日に変わっていることが上げられる。
この世界での冬や春、夏、秋のすべてを経験してみたいともうが、今はどの季節に当たるのだろうか。太陽の高さが徐々に上がっているから春なのだろうという予想は立てているが。
まあ、そんなことはどうだっていいのだ。俺は現実逃避に走っている思考を現実に戻すべき、頭を振る。そして静かにパンをちぎり、口に含む。同じパンばかり食べているので、他のパンも食べたくなってきたな。
もしくは今度楓の木でも探してメイプルシロップでも作ってみるか、果物でジャムでも作ってみよう。
(司、大丈夫? ぼーっとしてるけど)
おっと、行けない行けない。結局現実逃避していたようだ。念話によって現実に引き戻された俺はかなに、成長したかなに答える。
(ああ、大丈夫だ。かなが急に大人っぽくなってしまった驚いているだけだ)
(そう? ならいい。でも、かなもびっくりした。急におっきくなってるから。だけど、これでもっといろいろできる。強くなれる)
(そうだな。頑張ってくれよ?)
(うん)
この大きさになれば剣なんかを持ったりもできそうだ。まあ、かなは拳と爪で何とかしてしまいそうだが。剣といえば、俺は星銀の剣を失ってしまった。かなり強かったし、俺にはもったいないようなものだったうえに借り物なので、罪悪感がすごい。リリアは許してくれるのだろうか。
まあ、リリアから渡してきたのだし、いいとしよう。リリアが怒る姿なんて想像できないしな。だけど代わりをもらわなければならないのは申し訳なく思う。剣がないと俺のスキル的に何もできなくなってしまう。まあ、魔術・氷を獲得はした。だが慣れていないし、魔法ならリルやかなの方が扱いがうまいしな。そんなことを言ったら近接戦闘でも俺の方が弱いのだから、存在意義がないような気がしなくもないが。
そこはきっと新たに手に入れた属性剣術が活躍してくれるはずだ。恐らく魔術・氷を獲得したことで氷属性の斬撃なんかが放てるようになるのではないだろうか。それならかなり強力だと思われる。
氷属性は水属性のような柔軟さを捨てた代わりに威力が他の属性よりも高いことで有名らしい。つまり、単純威力で勝負する属性、という意味だろう。そこに剣術を合わせて戦えば、変化をつけながら強力な攻撃を仕掛けられる、ということになる。
そうなったのならば多少は活躍できるはずだ。できる、よな?
リルはフェンリルの頃の氷属性を失っているし、今では俺だけの専売特許だ。いわゆる差別化はできているので、完全劣化ということはなくなる。
どちらにしても努力は必要なので、これから頑張るのだが。
(かながこれ以上強くなったら、俺は本当に要らなくなってしまう気がするよ)
(そんなことない。司がいるからかなも頑張れるし、一緒にいるから強くなれる。ダンジョンを攻略できたのも、二人だったからだよ?)
(お、おう……ありがとうな)
(うん)
な、なんだろう。真剣な眼差しで愛の告白のようなことをされてしまったからだろうか。心臓がバクバクうるさいし、頬がとんでもなく熱くなっている。俺は残っていた食事を掻き込み、風呂に入ると言ってその場を後にした。
ちらと映ったリルの顔は、ニヤリと笑っていた。あいつ、ウザいな。
「はぁ~生き返る~」
熱い水につかっているだけのにどうしてここまで心地が良いのだろうか。風呂は本当に偉大だと思う。そんなことを考えながら湯船につかっていると、不意に風呂の入り口の扉が開いた。一瞬かなが入ってきたのかとも思ったが、扉から除く足でリルが入ってきたのだと分かった。
(司殿、失礼するぞ)
(お、おう……どうしたんだ?)
(なに、少し話をしようと思ってな。お互いに情報共有は必要だろう?)
(そうだな……じゃあ、頼むよ)
(ああ)
狼が風呂場に入ってきていいのか? と思って見ていると、リルは俺が使っている浴槽の近くに座り込んだ。完全に長話をする態勢であった。
(時に司殿、リリア嬢、四代目ハイエルフ女王をどう思う?)
(ん? リリアか? そうだな、優しくて大らかな印象があるかな。あとはお淑やかで、ものすごく強い)
(なるほど、参考になった。感謝する)
そんなことを聞くだけでよかったのか? と思ったが、リルには何か考えがあるのだろう。知りたいのはやまやまだが、俺の理解も及ばぬようなことを考えていそうだし、ここは話題をずらしておくか。
(にしても、リリアはいつになったら帰ってくるんだろうな)
(ハイエルフの女王ともなれば多忙なのだろう。この場所は別荘だろうし、今は本拠地に戻っているのではないか?)
(あー、そりゃそうだよな。リリアの部下らしき人が全然いないし。リルはリリアの本拠地の場所を知っているのか?)
(ここより西の、獣王ボミットウトが支配する亜人獣人共同対人間軍戦線最前線第三基地にいるはずだ)
(……は?)
今とんでもなく長い熟語が聞こえた気がする。それに獣王だとか、他にも不穏な単語が聞こえたような……。
(なんだ、知らないのか? ハイエルフの三代目女王は対人間軍戦線の最前線で総指揮官を務めていたんだぞ?)
(な、なんだその壮大な設定……それを、リリアが継いでいると?)
(その可能性が高いだろうな。寿命が長く、特殊能力を操り、戦闘に長けたハイエルフの女王はその役職に適任だ。三代目の後を継ぐのは当然の流れだろう)
(マジか……というか、人間と戦争してるのか?)
そう、俺が最も引っかかったのはその部分。対人間軍、といったよな?
(司殿、記憶でもなくしているのか? そんなことも知らぬとは)
(えっ、あ、っそうだな。俺、実は今から二か月前より前の記憶がないんだ。そういう理由でさまよっている間に鬼人につかまって、リリアに奴隷として買われたんだよ)
嘘は言っていないはずだ。この世界での記憶は二か月分しかない。俺が異世界人だということを隠す必要性は感じなかったがリルの研究の題材にでもされてしまうのでやめておく。
(ほう、それは興味深い、のだが今はいいだろう。では、まずは人間と獣人、亜人が敵対している理由から話そうと思う)
(ああ、頼んだ)
そして、今から約七百年前の昔話が始まった。
それまではそれなりに良好な関係を築いていた人間と亜人、獣人たち。同じ人類として積極的に干渉はしないものの対等でお互いを尊重する国家運営を行っていた。ここら一帯では、世界樹を中心に南から東にかけて人間の国が三つ、北側に獣人の苦に、西に亜人の国が築かれていた。
最も発展していたのは人間の国の一つ、サキュラ。南側に位置し科学技術、魔法技術共に高水準でこの五つの国の中では二番目の人口を誇る。
最も人口が多い国はその隣の人間の国、オレアス。南東方向に位置し剣王とうたわれる凄腕の剣士が開国した国で、開国以来人間の国の中では最高峰の戦力を誇ると言われている。
次に獣王国キリア。北側に位置し面積が五つの国の中で最大で、農業が発達している。臨海国でもあるため水産業も盛んで、食料関係の輸出でかなり潤っている国だ。
そして亜人の国ミレイヤ。西側に位置し最も小さく人口も少ない国。だが魔法の扱いにたけている種族が多く、エルフ、鬼人、ヴァンパイア等で構成される国家魔法師団はオレアスにも勝らずとも劣らずと言われる。
最後に人間の国リセリアル。東側に位置する国で、五つの国の中では最も劣っているとされ、食料自給率も低くそのほとんどを隣国のキリアからの輸入に頼っていた。
戦力も近年まではオレアスとの同盟を頼りにしていたようだが、ここ最近では勇者を複数人抱えているとかでかなり注目されている国らしい。
(そして、まず最初に関係が破綻したのは獣王国キリアと軍事国家オレアスだ。ある日突然、キリアの領土が武装した数千人の人間によって荒らされたという報告が当時の獣王であったもののもとに届いた。それに激高した獣王は人間を鎮圧すべく軍を派遣した。人間たちはその軍によって無事攻略されたが、問題はそのあとだった。数千人もの人間を殺したことがオレアスに伝わるなり、国際問題だと言って全面戦争をはじめようとしたらしい)
(なんだそれ、自分からやっておいて)
逆切れもいいところだが、何か理由があるのだろうか。
(やがて数年にもわたる全面戦争が始まるのだが、その情報を手に入れたミレイヤが動き出す。明らかに怪しいとされる最初の人間の進軍、この際に送り込まれた人間を解剖したのだ。その結果、その人間はただの人間ではないことが分かった)
(なんだったんだ?)
(いわゆる、魔人と呼ばれる生き物だ)
(魔人?)
《『魔人』とは人間から稀に生まれる特殊個体で、強大な魔力を保有する代わりに好戦的になってしまう。その戦闘能力は高く、世界中で危険視されている》
人間の突然変異種ってことか。超人なんかとは扱いが違うのか?
《人間が進化したのが超人、進化する際に突然変異したのが魔人と定義されています。その他にも生まれつき強力な能力を宿す勇者も存在します》
ああ、さっきリルが説明してくれた時にリセリアルで複数人確認されているって言ってたな。強いのか?
《基礎ステータスは人間の数十倍、その他多種多様のスキルを操ると言われています》
それは強いな。俺では到底勝てそうにもない。それでもリルなんかは互角に戦えそうだがな。
(そしてミレイヤの解剖結果がキリアに伝わると、二国は人間を危険視するようになり二国同盟を結び、人間との同盟はすべて破棄。それに伴い人間国側も同盟を結び、その二つの同盟間ではなおもにらみ合いが続いている、というわけだ)
(なるほどなぁ……そんな過去があったのか)
戦争や紛争というのは利益のためという場合もあるが、勘違いや理解し合えないことによるものも多いと聞く。そういう悲しい事件が増えるのはよろしくないが、俺一人が何かしたところで収まるような規模ではなさそうだな。
(あれ? というかそうなると、俺は敵の奴隷として生きているということになるのか? ……人間に見つかったと同時に殺されないよな?)
(それは状況によるだろうか、その可能性は高いな)
これは悲報だ。
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