第二章

影狼

 そして、その先に待っていたのは――


 一体の、狼だった。


「っ!?」


 咄嗟にかなとともに臨戦態勢をとるが、相手側から何かをしてくるつもりはないらしい。というか、眠っている? 静かにその場に佇む狼は、一見するとただ灰色の狼だが黒狼などよりはずっと強い気配を持っている。

 目を閉じてその場に座っているだけで、まるで置物のように微動だにしない。しかし気配察知には反応があるので間違いなく生き物だ。


 取り合えず、解析鑑定を使ってみることにした。


種族:魔獣・影狼

名前:なし

レベル:1

生命力:40 攻撃力:37 防御力:29 魔力:31

状態:正常

スキル:陽炎、影分身、影武者、闇世界門、影潜伏

権利:基本的生物権


 いたって普通の狼だった。影狼という見たことない種族の狼であることを除けば。しんさん曰く影狼とは銀狼と同じく突然変異の希少種なのだそうだ。特殊スキルをたくさん持っていて、闇狼が持っていた影武者なんかも持っている。しかし、どうしてこんなところに?


(司、あれ)

(ん? なんだあれ)


 扉を開けてすぐにいた影狼に気を取られて気づかなかったが、部屋の中には他に水晶玉のようなものがあった。濃い青色をしているが、どこか半透明のようにも見える。その他には何もない部屋だったが、それなりの広さがあり、落ち着いて休憩くらいならできそうだ。


《報告:『解析鑑定』により対象の詳細が一部判明。表示します》


名前:狼王の水晶

効果:解析不能


 水晶相手に解析鑑定を使ったのだが、初めて解析しきれなかった。効果:解析不明など見たことはなかったが、そんなことがあるんだな。まあ、解析鑑定は有能だが万能ではない、ということだろう。これは森羅万象でもわからないのか?


《恐らく強力な魔力による解析妨害が行われています。個体名司のステータスでは突破できません》


 あー、なるほど。俺が弱いからいけないのね。なら仕方ないな。そんなわけだが使えないってことはないだろう。俺は水晶に歩み寄る。


(司? 大丈夫?)

(ああ、問題ない)


 こういうところで出てくるお宝にまで罠を仕掛けるたちの悪いクリエイターがこのダンジョンを作っているのならわからないが、基本的にはそんなことはない。暴論のように聞こえるかもしれないが、決してそんなことはない。これはRPGで培った経験からの推測であり、間違いないからだ。(暴論)

 さて、そういうわけなので俺は水晶を起動させてみようと思う。詳細な効果は分からないままだが、発動方法は分かった。魔力を込める、だ。今までの俺では感知はできても操れなかった魔力だが、魔術・氷を獲得したことにより魔力を操る方法が分かった。というかしんさんが解明してくれた。


 俺では理解の及ばぬ演算を経て解き明かされたのは、呪文を唱えておけば何とかなる、だ。俺も最初は何を言われているかわからなかったが、要するに剣術や魔法を発動する際に使用する呪文を唱えておけばいい、ということだ。あとは水晶が勝手に吸収してくれるだろう、と。

 だから俺は唱えてみることにした。


―――――――――アイシクル・アロー


 魔術・氷Ⅰで使える魔法。全攻撃属性において最初級とされるアロー系統。その効果は属性ごとに違うがアイシクル・アローは氷で作り出された矢を飛ばすという単純明快な効果である。その代わり全アロー系統で最も威力が高いとされ、最初級魔法最大威力を誇る。 そのうえ必要魔力量が少なく攻撃の効率がいいことからより上級の魔法を扱えてもアイシクル・アローを軸にして戦うものがいるくらいだ。

 流石は魔術・水Ⅹを獲得しなければ扱うことのできない属性と言えよう。


 そして俺が水晶に向けた手のひらから青白い光が集結し、氷の矢を作り出す。それと同時に俺の魔力が20ほど減った。確かにこれくらいの魔力でいいのならかなり効率が良いと言えるだろう。


 そして、俺の手のひらから生み出された矢は宙に漂い、俺の意識一つで発射できる状態となった。その矢を水晶に近づけると、俺の手のひらから出たような青白い光となって水晶に吸収されていった。その吸収された光は水晶の中で渦を巻き、やがて消えていった。


 そして、水晶は割れた。


「ええ!? ど、どうしてだ!? 何か間違ったのか!? ……って、ん?」


 確かに水晶は割れた。割れたのだが、その破片が勝手に動き出す。


「ど、どうなってる? ……お、おい」


 宙を舞い、勝手に動く水晶は座り込んでいた影狼のもとに向かう。そして、影狼に吸収されていった。水晶の破片が影狼に触れたそばから糠に打つ釘のように沈んでいく。何だか言葉の使い方を間違った気がする。

 いや、そんなことはどうだっていいな。その水晶を吸収した影狼がどうなるのかが問題だ。全ての水晶を吸収した狼は、それでもなおその場に居座り続ける。かなとつんつんしてみたが動く気配はない。


(なんだったんだろうな)

(うん、何も起こらないし)

(他にも条件があるとか?)

(わからない)

(だよな)


 まあ、分からないものは仕方ない。そう割り切って次どうするか考える。


(そう言えばここからどうやって帰るんだろうな)

(魔術・精霊には転移魔法なんてないし……)

(魔術・闇はどうだ? うまくやればまたダークネス・ホールで戻れないか?)

(無理そう。かなじゃ技量が足りない)

(そうか……うーん、リリアが迎えに来てくれるのを待つか?)

(でも、お腹減った)

(それもそうなんだよなー)


 このダンジョン内で食料を食べるのは困難で、ダンジョンに送ってこられてからは何も食べていない。ローポーションには空腹を紛らわす副作用があるが、あくまで紛らわすだけなので限界がある。どうにかできないだろうか。


(……フェンリル、食べる?)

(え、ええ……さすがに、それは……)

(でも、それくらいしかないよ?)

(ま、まあ、確かに)


 フェンリル以外の狼は体が小さいうえに筋肉の割合が多すぎてまともに食べられる部分なんて高が知れていそうだ。調理法なんで焼くしか知らない俺では到底調理できない。

 しかしまあフェンリルは大きいし何とかなるかもしれない。というわけだろう。美味しいのかどうかは考慮せず。


(お、俺は食わないからな?)

(いい、かなが食べるから)

(……うまかったら食わせてくれよ?)

(ダメ、かなが食べる)


 ……いいよ、最終手段は制約・隷属での命令だ。かなは俺に逆らえない。使うつもりなどないが。まあ、手伝ってやるか。そう思って立ち上がり、扉を開けたそのとき、大量の魔力が俺たちがいる部屋に流れ込んできた。

 目では見えないが、魔力感知がびんびんに反応していた。


(かな、危ない! わきによけろ!)

(えっ、えっ? わ、わかった!)


 魔力が見えていないかなは何を言われているのかわからない様子だったが俺の声を聴いて扉の陰に隠れた。俺も反対側の扉に張り付いて衝撃に備える。


「ぐあああぁっ!?」


 部屋の中で渦巻いた魔力は壁すれすれにいる俺にすら大きな圧を加えてくる。壁と魔力の圧に挟まれることにより体がつぶれそうな錯覚を覚えるが、その圧もすぐに収まる。

 魔力の流れの先を見ると、それは影狼に収束していた。


(い、今の、なに?)


 何が起こったのかわかっていないかなからしてみれば急に壁に押し付けられて解放されたということになる。それは混乱するのもわかる。荒い息を吐きながら脳内に念話を送ってくるかなにたいして、俺は説明しようとする。


(ああ、今のは――)

(危ない!)

(――ん?)


 しかしそれはかなによって遮られ、あろうことかかなが俺を押し倒してきた。近くなった顔と密着する体に反応して少しだけ頬に熱が溜まったが、何の脈絡もなく行動するかなではない。理由を聞こうと思って体を少し起こすと、魔力感知に反応があった。

 先程の影狼からだ。膨大な魔力がその心臓部分で輝いている。


 かなは本当的にその光が危険だと判断して俺をかばってくれようとした、ということだろう。優しくていいと思うが、小さな女の子に守られる俺の気も考えてほしい。いや、そんなこともどうだっていいな。


 俺は、その魔力に見覚えがあった。


(かな、ごめん)

(え、司!?)


 俺はかなにどいてもらって立ち上がり、それを確認しに行く。やはりそこにフェンリルの死体はなかった。


(今のはフェンリルの死体が分解されて発生した魔力だ……それに、星銀の剣も無くなってる。あの剣も魔力になって一緒に流れてきたんだな)

(え? ……じゃあ、食べられないの?)

(お前なぁ……)


 かなはマイペースだった。


(じゃあ、その魔力はどこに行ったの?)

(ん? それは影狼のもとに……って、影狼はどうなった!?)

(えっと……あれ? 目、開いてるよ?)

(なんだって!?)


 かなに言われて慌てて影狼の元に戻る。すると、影狼はその水銀色の瞳を、バッチリ開いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る