起死回生の一手
無数の巨大な氷塊が俺達に降り注ぐ。その進行はアークプリズムによって阻まれ、その場で自然消滅していく。しかし、それも長くは続かない。かなの展開したアークプリズムが徐々にひび割れていく。
そのたびに再度アークプリズムを張り直し、一枚のアークプリズムが破壊されても大丈夫なようにしていた。だが――
「大丈夫か!? かな!?」
(絶対……司を守る!)
――最後のアークプリズムが、破壊された。展開するペースより、破壊されるペースのほうが上回ってしまったのだ。
残る氷塊は一つ。かなは、それを体で受けようというのだ。
「かな!?」
「
かなの髪が淡い銀色の輝きを放つ。そして、その頭でヘディングするかのように氷塊に頭突きする。徐々に氷塊は小さくなっていき、その場で再構築される。銀月の効果によって跳ね返されそうとしているのだ。
「ああああ!」
かなが叫んでいるのがわかる。日本語なんて喋れなくても、叫び声をあげてしまうのだろうか。全身に力を籠めて、氷塊に立ち向かっている。それも、長くは続かない。
氷塊の半分ほどが再構築されたところで、かなの体がぐらつく。氷塊が、かなにぶつかる。
「かなぁっ! クソッ!」
かなにぶつかった氷塊はその場で弾け、大きく砂ぼこりをあげる。氷の破片があたりに飛び散り、気温が一気に下がる。再構築されていた氷塊も暴走し壁に激突した。銀月は相手が魔法に籠めた魔力のほとんど倍の魔力を使って魔法を反射している。吸収し、再構築し、打ち返す。この過程に大量の魔力を必要とするのだ。
そして氷塊に籠められた魔力の倍に相当する魔力を、かなは持っていなかった。簡単な話だった。
「かな!? かなぁ!!」
砂埃が止んで、あたりが見えるようになった時、俺の目に映ったのは地面に倒れ伏すかなの姿だった。慌てて駆け寄り、解析鑑定をかける。生命力は残り300ちょっと、まだ息はある。
「かな!? 大丈夫か、かな!?」
(……は、やく……にげ、て……)
「どこにだよ! それに、かながこんな状態になっていたら……」
(私は、置いて行って)
「っ!? 誰が、そんなこと!」
必死になってかなに呼びかける中、背中にぞわっとした感覚を覚えた。これは……、まずい。
咄嗟に皮膚剛化を発動したが、その牙を完全に防ぐことはできなかった。背中が一気に熱くなり、痛みが
(つか、さ……っ!)
頭がぼうっとする、何も考えられなくなる。ここで、死んでしまうのか? もう、終わってしまうのか? あれだけ頑張ったのに、結局勝てないのか?
解析鑑定で見てみると、フェンリルは魔力枯渇状態となっている。かなり苦しいはずなのに、しっかりととどめを刺しに来たのだ。振り向いてみれば苦しそうな顔をしているが、そのどこかで笑っている気がした。
俺の勝ちだ、そう言いたげな顔だった。
このまま俺が死んでしまったら、かなはどうなるのだろうか。かなもまた魔力枯渇状態だ。そのうえ多大なダメージを受けており、起き上がるのは難しい。逆にフェンリルは魔力枯渇状態でもある程度は動けるらしい。倒れ伏すかなを殺すのなど容易だろう。俺が弱いせいで、かなが死ぬ。俺の不注意で、かなが死ぬ。俺が、俺だけが悪いんだ。俺は死んでもいい。だから、かなが死ぬなんて許さない。
殺させるなんてこと、あってはならない。
一瞬、体が重くなる。そして、かなとフェンリルの一挙一動が遅くなる。俺は左手で剣を強く握り、肩が壊れるのも覚悟でフェンリルの牙から逃れる。肩に食い込んだ牙が離れず、力いっぱい引っ張った右肩が大きく食い千切られる。大量の血が飛び散り、俺の視界を赤く染めた。だが、その牙から俺は抜け出したのだ。
そして――
「うああああああああぁっ!」
左手に逆手でもった剣を、ちょうど刃が通りそうな切り傷に向けて突き刺した。これは斬鉄を使った直後に空間門に逃れられた時に付いた傷。小さな傷だったのでフェンリルも見逃していたのだろう。
それが、お前の敗因だ。
深く、驚くほど簡単に、剣はフェンリルに突き刺さった。もちろん、フェンリルはこんなことでは死ぬはずがない。だが、俺には確信があった。
「勝った」
《報告:『起死回生』の上位者に対する攻撃への一定確率での即死付与が発動》
脳にその声が響くと同時、俺の視界に表示されていたフェンリルのステータスの生命力が0となる。そして状態が死亡へと変わり、その体は崩れ落ちた。その光景を見届けてから、俺もまた目を閉じる。かなはここから自然に死ぬようなことはない。自然治癒と魔力自動回復によってすぐに正常な状態に戻り、動くはずだ。
「つか、さ!」
なんだか名前を呼ばれた気がした。脳内にではなく、しっかりと耳で。はは、そんわけがないのにな。かなは、日本語なんて喋れないんだから。ああ、眠たいな、寒いな……悲しいな。もっと、かなと一緒にいたかったな。
視界の端で、かなが駆け寄ってきている姿が見えた気がした。駄目だぞ、まだ動いちゃ。もう少し、休んでろよ。俺も、休むから。
そこで、俺の意識は途切れた。
――
――――
――――――
《報告:レベルが上昇しましました。レベル45になります》
うるさい。
《報告:『剣術Ⅹ』が進化します。『属性剣術Ⅰ』を獲得》
うるさい。
《報告:『物理攻撃態勢Ⅴ』を獲得》
うるさい。
《報告――》
うるさいってば!
《報告:『人間』から『超人』へと進化します》
……もう、勝手にしろ……。
(司! 起きてよ! 司!)
うるさい……うるさいんだよ。もう、寝かせてくれって……。
「司!」
その声は、そう、声は俺の名前を呼んでいた。久しぶりに聞いた、人の声。いや――
「つか、さっ! 司ぁッ!」
――かなの声。ちゃんと聞くのは初めてだけど、それは確かにかなの声だった。そんなわけがない。かなは喋れないはずだ。だけど、それは確かにかなの声だ。
かなが、俺の名前を、呼んでいる。
俺は、自分の意識が戻っていることに気づいた。俺は確かに肩口を食い千切られ、死んだはずだ。いや、本当にそうだったのか? 本当は死んでなくて、意識を失っていただけなのでは?
そう考えてみると、そんな気がした。だったら俺、生きてるのでは? さっきの声も幻聴でも何でもない? だったら、あの声は本当にかなの声なのでは?
俺は、その目を開いた。
ぼんやりとあたりが
「司! ……司ぁ……」
肌にぽとぽとと大粒の涙が垂れてきているのがわかる。目の前にある顔がかなの泣き顔であるということは、すぐにわかった。その口は大きく開かれ、必死になって俺の名前を呼んでいるのがわかる。
今まで聞いてきた音を覚えていて、人間に近しくなった声帯で俺の名前を呼んでいる、か。……本当に賢い子だ。
なんだ、死んでなかったじゃないか、俺。傷口が塞がっているのは、かなの魔法か何かか? 確かに
体は……動くな。指の感覚はあるし、足も動かせそうだ。首はまだ痛みで動けないかもしれないが。
視界かクリアになってきた。それでこぼれる涙を両手で拭うかなが鮮明に見えるようになった。
「司ぁ……つかっ、司ぁ……」
過呼吸気味になりながらも、必死に俺の名前呼んでいる。応えてやらねばな。
「かな」
口は何とか動いた。たった二文字なら、滑舌的にも問題はない。そして、俺が声を発したとたん、かながバッと目を見開き、その動きを止める。流れ出る涙はそのままに。
「つか、さ?」
「ああ、司だぞ、かな」
「……司……司ぁ!」
かなは横たわる俺に勢いよく抱き着いてくると、その顔を俺の胸にうずめてくる。そして、また俺の名前を何度も呼んだ。俺もかなの名前を何度も呼んだ。俺たちは、かなの涙が止まるまで、お互いの名前を呼び合った。それだけで、幸せだった。
「っぐ……っず……つが……づがざぁっ!」
「いい加減泣き止めって、全く……」
涙は止まったが過呼吸が治らず、かなは激しく息を吸ったり吐いたりしていた。鼻水で汚れた顔は魔術・精霊で作り出してもらった水で洗ってやったし、かな自身の傷も治させたけど、それでも過呼吸は止まらない。
それだけ、俺のことを心配してくれたんだと思うと、嬉しくてたまらなかったがな。
体はすっかり元気になり、普通に動けるようになった。かなの生命力や魔力は自然治癒と魔力自動回復ですぐに回復しきったし、バッチリ完治している。精霊完全支配は解除され、ステータスはダンジョン攻略開始時より少し高い程度になっている。
少しと言っても限界突破や精霊完全支配で上がったステータスにたいして、であり、決して低くはない。
種族:獣人・黒虎人
名前:かな
レベル:45
生命力:501/501 攻撃力:1028 防御力:791 魔力:619/619
状態:制約:隷属
スキル:魔爪Ⅹ、魔牙Ⅹ、魔拳Ⅵ、精神強化Ⅹ、高速飛翔Ⅱ、魔術・精霊Ⅹ、魔術・精神Ⅲ、魔術・闇Ⅱ、精霊完全支配、精霊召喚、皮膚剛化Ⅲ、銀月、神速、水月華、闘気Ⅹ、自然治癒Ⅱ、魔力自動回復Ⅱ、物理攻撃耐性Ⅲ、魔法耐性Ⅲ、精神攻撃耐性Ⅲ、即死無効
権利:精霊使役権、自己防衛の権利、自己回復の権利、魔術使用の権利
称号:殺戮者
フェンリルや精霊完全支配状態、限界突破状態のかなに見慣れたせいで低く見えるが、もちろんそんなことはない。黒虎人に進化しているからかレベル50に達していないのに攻撃力は1000を超えているし、他のステータスも500オーバー。
闇狼や鋼狼の平均ステータスよりも高そうだ。今はいないが今後はここにブレイカーとガーディアンのステータスも上乗せされる。それがかなの基本ステータスだと考えるととんでもない強さとなる。
そう言えば、フェンリルを倒したことで俺のレベルが一気に上がり、45となった。これによって制約・隷属の保留も解除されているので念話も使える。だが今はお互い名前を呼び合うだけで満足しているので使ってはいなかった。
で、だ。気になるのは俺のステータスだな。少し見てみるか。
種族:人類・超人
名前:司
レベル:45
生命力:439/439 攻撃力:798 防御力:619 魔力:924/924
状態:制約・奴隷
スキル:属性剣術Ⅰ、魔力感知Ⅴ、森羅万象、解析鑑定、皮膚剛化Ⅶ、物理攻撃耐性Ⅴ、魔法耐性Ⅴ、精神攻撃耐性Ⅴ、魔力自動回復Ⅲ、魔術・氷Ⅹ、冷徹者、思考加速Ⅲ
権利:生きようとする権利
称号:起死回生、殺戮者、冷徹者、超人
思わず、声をあげそうになった。いつの間にか種族が超人になっているし、ステータスがかなに匹敵しそうな勢いで上がっている。スキルもフェンリルから継承されたのか増えているし、称号が一気に三つも増えている。
殺戮者は見慣れたからいいとして、冷徹者と超人にはどんな権能があるんだ?
《冷徹者:スキル『冷徹者』を獲得したものに与えられる。付属スキル:思考加速Ⅲ》
《超人:進化した人間に与えられる。権能:すべてのステータスに補正》
《思考加速:思考速度を大幅に上昇させる》
思考加速とかいう見慣れないスキルがあると思ったら、冷徹者の付属スキルだったらしい。任意のタイミングで思考速度を上昇させる、というものだ。簡単に言えば考えるスピードだけが速くなる、といったとこだろうか。より冷徹に判断するための時間をくれるということだろう。
しかしこれは戦闘中に使えそうだ。状況整理とか、判断力向上につながりそうだな。そして超人。どうやら人間が進化した先の種族らしい。称号の権能はステータスに少しの補正があるというもの。しんさん曰く数字で言うと一割増とかその程度らしいが、そうなると俺の魔力が1000を超えることになる。
まあ、俺が魔力を使うことなどほとんどないのだが。
と、少し前までなら思っていたのだが。俺は魔術・氷Ⅹを手に入れていた。魔術使用の権利がないのにいいのか? と思いしんさんに聞いたところ、詳細はわからないが本来魔法が継承されるのは魔術使用の権利を持つ者だけだが、能力使いの固有権能を持つ司だったらどんなスキルも適性さえあれば継承可能なのではないか、という予想を立ててくれた。確かにそれなら納得だ。
ということでその話はいったん保留になった。
(落ち着いたか? かな)
(うん、もう大丈夫)
目を充血させ、頬に涙を後を付けてはいるものの、かなは笑顔を向けてきた。どうやら完全復活のようだ。
(じゃあ、奥に進もうと思う。きっと、この先の扉がゴールだ)
(わかった。行こう)
一応警戒しつつも扉までの道のりを進み、その前にたどり着く。見上げるような大きさの扉に圧倒されつつも、ダンジョンを二人の力で攻略したんだという達成感が沸き上がる。
(よし、開けるぞ?)
(うん、せーの、で開けよ?)
(わかった)
俺達はお互いに頷き合い、タイミングを合わせて念話を放つ。
((せーの!))
かなが右側、俺が左側。お互い半分ずつの扉を同時に押す。そして、その先に待っていたのは――
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