ガーディアン

――爪波


 かなが大きく腕を振りかぶって振る。それに応じて青い光の刃のようなものが飛び出し、次々と黒狼を切り裂く。さらに距離を取って魔法を使い、サテライトビットの魔法もあってかなに近づける者はいない。

 かなの魔力は使った端から回復していくため、総量が減ることはない。それでも疲労は溜まっていく一方らしく、その息は荒くなっている。俺もまた疲労困憊の状態で、かなり追い込まれているだろう。


 剣術のレベルが上がり続けているため、黒狼を捌くために使う魔力がかなり減った。レベルの上昇による魔力総量の上昇も相まって、まだ戦闘を続けられている。

まに攻撃を受けても皮膚強化を発動することで重傷を避け、ローポーションで回復することで何とかなっている。それでも傷は増え、一挙一動するごとに体のどこかが痛むようになってきた。


 フェンリルの生命力は500から回復して今は1000と少し。魔力は2500付近をキープしているようだ。黒狼を召喚するペースは速くなってきており、その代わり魔法を使う量が減った。

 魔法一発より黒狼一体を召喚したほうが時間が稼げると踏んだのだろう。実際、俺たちが黒狼を捌くために要する時間は増えてきている。


 かながフェンリルに届くような魔法を使ったところで躱されるし、黒狼を突破して直接攻撃を仕掛けようにも数が多すぎて断念せざる負えない。仮に接近できたとしてすぐに仕留めなければ黒狼に囲まれることになり、フェンリルを瞬殺するなど今のかなと俺では無理な話だ。先刻とは一変して、かなり不利な戦いとなっていた。


 さらにやばいのはフェンリルが傷口を氷で覆いだしたことだろう。体にできた大きな傷や無くなった右足を、氷で埋めることで補強しているようだ。今までは魔力に余裕がなかったが、今の状況になったことで余裕ができた、ということだろう。これで傷口を狙って大ダメージ、ということはできなくなった。


 正直、勘弁願いたかった。


(司! 私が突撃する。黒狼の注意を引きながらフェンリルに攻撃を仕掛ける。だから周りの黒狼を倒して私の退路を作ってほしい!)

「わ、わかった!」


 言ってすぐ伝わらないか? と思ったがかなは小さく笑ってこちらに頷き、黒狼の集団に向かって走り出した。


 サテライトビットの効果時間は三十分前後。すでに発動してから二十分以上が経っているためサテライトビットを絡めた作戦を決行するのは今しかない、そう考えたのだろう。今や二百を超える狼の集団に突っ込んでいくのは一見すると無謀だが、かながやるならそこまで問題はない。魔爪、魔拳、魔牙。それらを駆使してドンドンと前進していく。

 サテライトビットの攻撃だけではすべて倒せなくても何も問題はなく、かな自身も積極的に黒狼を仕留めに行っている。


 俺は俺でかなに言われた通り連続攻撃や範囲攻撃の剣術を多用することで黒狼の数を減らしている。魔力を大きく使うことになるが、まだマジックリカリバーポーションには余裕があるので問題ないだろう。

 何よりも大切なのはかなが囲まれないようにすること。幸い、急に駆け出したかなに注意を割かれている黒狼たちは、難なく倒すことができる。たとえこちらに気づいたとしても、たいして苦戦することなく切り捨てる。

 そうしているうちに黒狼の数はだいぶ減り、かなが戻ってくる頃には退路の確保が出来そうだ。


 そして――


――魔爪


 ――かながフェンリルのもとにたどり着いた。

 要所要所で神速、水月華、銀月を駆使して接近して見せたのだ。やるといったからにはやる、そういう意思が伝わってきた。一歩踏み込み、その腕を振るった。


 だがしかし、その攻撃はフェンリルには届かない。突如かなの目の前の空間に黒い霧が現れ、その霧に攻撃を阻まれたのだ。何事だと驚いていると、その霧の中から闇狼が出てきた。どういうことだ? と思い解析鑑定を使う。

 すると、闇狼がこんなスキルを持っていた。


《影武者:保護対象の周辺に隠れ、一度だけ攻撃を代りに受けることができる》


 いつの間にか召喚していたらしい闇狼が、今までの闇狼は持っていなかったスキルを使ったらしい。そして闇狼に攻撃を防がれたかなは、フェンリルが黒狼を召喚するとともに距離を取ることによってその場に取り残された。囲まれるわけにはいかないかなは大きく後ろに飛んで包囲網を抜ける。

 フェンリルからの魔法を銀月や神速を駆使して躱しながら、俺のすぐ隣まで戻ってくる。


(ごめん、無理だった)

「いいよ、仕方ない。あんなこと誰も予想できない」


 内容はわからなくても俺が慰めていることが分かったのだろう。かなは小さく笑みを浮かべる。


 確かにチャンスを不意にしてしまった。だが、まだ勝てないと決まったわけではない。絶望的状況だと言われたらそうだと肯定するしかない。それでも負けると決まったわけではないと、俺は思っている。

 そのタイミングでかなのサテライトビットの効果時間が終了し、かなを囲んでいた精霊たちが消滅する。それでも、かなの表情もまた、絶望を受け入れてはいなかった。


(切り札を使う。これが最後のチャンスだと思って)

「ああ、信じてるぞ、かな」

「……――――――――――精霊完全召喚・制約精―――霊召喚


 かなの最後の切り札。それは制約精霊召喚。ブレイカーを召喚したスキルは精霊使役だが、今は精霊完全支配に統合されている。ブレイカーはいまだ復活していないようだが、それと同等の、いや、それ以上の強さの精霊が召喚できるはずだ。かなのレベルも上がっているし、スキルの質も上がっている。

 かなはこれのほかに精霊召喚というスキルを持っているが、この制約精霊召喚は制約精霊を生み出すスキルで、精霊召喚はその生み出した制約精霊をその場に呼び出す、というスキルなので別物だ。


 そして、そいつが現れる。


種族:精霊・守妖

名前:ガーディアン

レベル:1

生命力:739/739 攻撃力:698 防御力:1393 魔力:1142/1142

状態:制約・忠誠

スキル:闘気Ⅴ、魔剣Ⅳ、盾術Ⅲ、魔術・精霊Ⅵ、魔力障壁、自然回復Ⅲ、魔力自動回復Ⅲ、物理攻撃耐性Ⅳ、魔法耐性Ⅳ、精神攻撃耐性Ⅳ、状態異常耐性Ⅳ

権利:基本的生物権、魔術使用の権利、自己防衛の権利、自己回復の権利

称号:守護者


《魔剣:魔力を剣に籠める。それにより攻撃力の上昇。レベルにより攻撃力の上昇率が上がる》

《盾術:盾の扱いが上達する。レベルにより使用できる技が変わる》

《魔力障壁:魔力を具現化させ障壁を展開する》

《守護者:対象を定めて防衛する際、防御力の基礎ステータスに大幅補正》

《ガーディアン:固有権能:背水の陣:背後に味方を背負っている場合、基礎ステータスに補正》


 全長は二メートル半といったところだろうか。全身を分厚い鋼の鎧で覆い、その手には大きな盾と片手剣を握っている。ブレイカーとは真逆で守りのタイプのようだが、その基礎ステータスはブレイカーの平均を超える。

 攻撃力はブレイカーが勝っているが、それ以外の基礎ステータスはガーディアンが勝っている。それに、その防御力は信頼できそうだ。この圧倒的戦力不足時に頑丈な盾ができるのはありがたすぎる。


 称号の守護者と固有権能の背水の陣がまた強力だ。現状どちらも発動しており、さらに闘気を発動することで防御力のステータスが単純計算で6倍以上になっているんだとか。そこに魔力障壁と物理攻撃耐性、魔法攻撃耐性が加わってまさに不動の要塞だろう。


――――魔力障壁


 ガーディアンが一歩前に出る。そして半透明の壁を出現させる。オーロラのようにも見えるそれが魔力障壁なのだろう。その壁に触れた黒狼はもれなく弾き飛ばされている。その壁を迂回してきた黒狼は俺とかな、ガーディアンで余裕を持って対処できる。

 フェンリルは攻めれるうちに攻めてしまおうと考えたのか魔力の大半を消費して黒狼を召喚していた。しかし黒狼の数はどんどんと減っており、底が見えてきた。これはまた形勢逆転といえるだろう。

 かなの切り札はしっかりと意味を成した、ということになるだろう。


 そんな状況を見たフェンリルは、激しく歯ぎしりをしている。苛立たしいのか、その毛を逆立たたせて。そして一瞬脱力したのち、その覇気を強める。


「――――」

「「っ!?」」


 部屋を震わす咆哮をあげ、俺たちのほうを睨んでくる。


 そして、その魔法は発動した。


――――――――――アイシクル・メテオス―――トリーム


 フェンリルの頭上に魔法陣が無数に現れる。そしてそこから現れたのは巨大な氷塊。それらの氷塊が、こちらに向かって飛んでくる。



 魔術・氷最強の魔法、アイシクル・メテオストリーム。氷塊を連続で飛ばす魔法だが、その勢い、射程、何より氷塊の大きさが恐怖だ。全長二十メートルを超える氷塊が、数十個と飛んでくる。魔力の消費量は激しいが、それに見合うだけの効果は見込める魔法と言える。

 そしてその魔法は、ガーディアンですら防げない。


《アイシクル・メテオストリーム:巨大な氷塊を無数に発射する。あらゆるステータス補正、耐性を無視して攻撃する》


 防ぐ方法はスキルや魔法の障壁。他の対策方法は躱すか耐えるか。その二択。もちろん、ガーディアンを肉盾として活用すること自体に問題はない。あの巨大な氷塊でも数発は防いでくれる。魔力障壁も合わせればかなりの数を受けてくれるはずだ。

 だが、もちろんそんなことではフェンリルの攻撃は終わらない。


 巨大な氷塊は、ガーディアンを薙ぎ払いながらこちらに向けて飛んでくる。


――――――――――エレメンタルフォース――――――――・アークプリズム


 かなが魔法を発動し、俺たちの前に半透明の壁が出現する。


「かな!?」

(だい……じょうぶ! 絶対、守るから!)


 俺のほうを振り向くこともなく、かなは俺の脳内にそう言ってきた。こんな時ですら何もできない俺は、やっぱり弱い人間だ。俺は自分が情けなくて、仕方がなかった。

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