魔獣、狼

 俺は内心叫びたい気持ちでいっぱいだった。まさかここにきて眷属召喚を使ってくるなんて予想もしていなかったのだ。ここまでの戦闘で一度も使ってこなかったため、何か条件があるのだと思っていたが切り札としてとっておいたのか? それかクールタイムが終わったとかか?

 だとしたら厄介極まりない。


 かななら余裕、俺でもなんとか勝てるような相手しかいないがそれでも時間がかかる。その間にフェンリルに回復されてしまうのが一番やばい。ちらとかなを見ると、かなはかなで困り顔だ。どうしたものか、と悩んでいるようだ。

 相手は上位種。少なくとも無視できるような相手ではない。特に光狼。目を離した隙に何をしてくるか分からない。警戒レベルはひときわ高いだろう。


 さて、どうしたものか。ここで雑魚は任せろ、とか言えたら格好いいんだけどな。到底俺には無理な話だ。俺としてはできることが限られるので、かなの指令を待つことにする。その間も狼たちは攻撃を仕掛けてきており、俺はそれを捌くだけで精いっぱいなのだが。


 相手の攻撃をカウンターで防いでから何かしらの剣術を使って切る、という過程を経てやっと攻撃できる。それでも鋼狼以外にはかなりのダメージを与えられるとは思うが、即死とはならない。

 それに、光狼に至ってはそのコンボが成功するかどうかも微妙だ。神速を使われたり魔術・光で目くらましとかされたら決まらないだろう。闇狼も魔術・闇が厄介だ。音がなく、暗い色をしているので意識外から使われたら気付く前にやられる。


 一体一体がただでさえ厄介なのに色々な種類が一気に襲ってきたら倒しきれる自信はない。運が良ければ致命傷で済むくらいだろう。どうしたものかと悩んでいるうちに、かなが一人で動きだす。


「かな!?」

(早く弱いのを倒す。だから司はそこで待ってて!)


 でも! と声をあげたかったが、そんなことを言う権利がないことはわかっていたので口を閉ざす。ここで呼び止めたところでほかに案があるわけではない。かなに任せるのが一番いいはずなんだ。

 だが、なぜだろう。ものすごい不安が俺を襲っている。心のどこかで何かが引っかかってる気がする、なんて曖昧なものだけど、確かにあるその不安。これが何だか分からないまま、かなは狼たちに突撃していく。

 

 フェンリルや闇狼の魔法をその場その場で対処しながら、鋼狼と光狼をあらかた倒したかな。俺もさりげなく数体の狼を倒してはいるが、それ以上の手助けはできていない。闇狼の標的にされた時には距離を取ってかなが援護に来るのを待つしかないし、フェンリルとは極力近づかないようにしていた。

 かながフェンリルの魔法を搔い潜りながら闇狼を倒してからが、俺たちの反撃となった。


――――――――――エレメンタルフォース――――――――・サテライトビット


 かなを中心として無数の光る弾が周る。赤色、青色、緑色、紫色、黒色、金色。それぞれが炎、水、風、土、闇、光属性の精霊たちだという。


 魔術・精霊における最強の魔法。各属性の精霊を召喚して魔法を使わせる魔法、サテライトビット。ブレイカーほどの攻撃性能はないものの、かなが意識を割かずとも魔法を勝手に使ってくれるので疑似的にではあるが一体多の状況を作り出せるわけだ。今まで使わなかったのにはもちろん理由がある。この魔法、とんでもない量の魔力を使う。

 かなの魔力で言うと七割ほどを使うらしい。銀月や水月華を駆使しながら戦うとなると、かなりギリギリとなる。それでも使ったのは残り十分と少しでフェンリルを倒しきらなくてはならないから。本気で勝負を挑むつもりだ。


 こうなってしまったら、俺が手を出す余地はない。かなの魔法の射程圏内に入ってしまったら最後、巻き込まれかねないからだ。あたりに散っている狼を狙っていくしかない。


 俺のレベルも着実に上がっていた。今ではレベル31となり、ステータスもかなり伸びた。スキルのレベルも上がったが、フェンリル相手に通用するようなスキルは手に入っていない。剣術のレベルが上がったので狼を倒すのは少しスムーズになったが、それでもまだカウンターともう一つ何か剣術が必要となる。

 魔力の回復はマジックリカリバーポーションで随時行っているが、使いすぎるとすぐになくなってしまう。連戦は避けている状態だった。


 俺がそんなことをしている間にも、かなとフェンリルの戦闘は激化している。

かなを囲む六体の精霊が周りの狼を薙ぎ払い、時にはフェンリルに魔法を放っている。これがかなり役になっているらしく、フェンリルも引き気味で戦っている。

 魔法耐性があるフェンリルでも、六属性の魔法を継続的に受け続けるのは難しいらしく、たいていの魔法は躱している。その隙を狙ってかなが攻撃することによって、かなり追い詰めている状態である。


 かなに近づく狼は勝手に消滅していくため、フェンリルと戦いながらもかなのレベルやスキルレベルは上がっていく。かなのレベルは今43。魔拳のレベルがⅦとなり魔術・精神のレベルがⅣとなっている。皮膚強化がⅤ、物理攻撃耐性、魔法耐性、精神攻撃耐性がそれぞれⅡとなり、防御でも力を付けている。

 継続的に魔力を回復し続けているからか魔力自動回復もⅢとなり、魔力の回復速度がかなり上がった。スキル面だけで見たら、フェンリルに見劣りすることはない。


 闇、光、水の精霊に同時に魔法を放たれたフェンリルが大きく跳ねる。何とか魔法を交わしたようだが、着地際にかなが魔拳を叩き込む。生命力が残り500を下回った。あと一撃、あと一撃でフェンリルを倒せる。そんなタイミングで


(っ!? げ、限界突破の効果が!?)

「だ、大丈夫か!?」


 かなの動きが一瞬止まり、その場で光を放つ。その光はやがて小さくなり、現れたのは小さいままのかな。服も元のものに戻っており、ステータスを見ると精霊完全支配発動状態から少し減ったくらいになっている。


 胸騒ぎの原因がわかった気がした。簡単なことだった。間に合わなかったのだ。


 フェンリルは右足を失ったとはいえ尋常ではない身体能力を持っている。それは、限界突破が解除されたかなでは追いつけないくらいの速さ、と言えばわかるだろう。俺は、とっさに叫んでいた。


「かな! よけろ!」

「っ!?」


 俺の声に応じて、かながとっさに横に飛ぶ。そして先ほどまでかなが立っていた場所に何かがぶつかり、砂埃をあげた。見るとそれは大きな氷の塊で、すぐにフェンリルによる攻撃だとわかった。

 かなの限界突破の効果が切れて、チャンスだと踏んだのだろう。フェンリルが立て続けに攻撃し始めてきた。


 まず最初に黒狼を五十匹近く召喚した。そして後ろから魔法を使ってくるようになったのだ。どうやらもう、空間門を使うつもりもないらしい。残っているありったけの魔力を使って、俺たちに対し全力で打って出たのだ。


 かなのサテライトビットは今だ発動中だ。なのでかなに近寄る黒狼は即刻消し炭となる。俺も俺で大したスキルもステータスもない黒狼だから捌けている。


 黒狼とは、狼の魔獣の基本形で、鋼狼や光狼に進化する前の下位種だ。ステータスもスキルもレベルも大したことがなく、俺くらいでも簡単に対処できる。黒狼がレベル20を超えると炎狼や水狼のような中位種に進化できるようになり、40を超えると鋼狼や、光狼に進化できるようになる。

 だが、たまに現れる変異種がいる。銀狼やケルベロス、フェンリルのことだ。こいつらは生まれつき特殊な属性を宿しており、銀狼は月、ケルベロスは地獄、フェンリルは氷を司る。一見ケルベロスが一番強そうだが、地獄属性自体はたいして珍しくもないらしい。悪魔やその他魔界で暮らす生き物のほとんどは地獄属性と呼ばれるんだとか。


 そしてフェンリル。氷属性を宿し、圧倒的ステータスを誇るその魔獣は天災とすら呼ばれる。個体によっては配下を大量に従えるものが現れたり、文字通り一匹狼の代わりに他の狼の追随を許さないステータスを持っていたりする。

 今回は前者だったようだが、どちらにしたって国家の存続を揺るがすような存在に変わりはない。


 そんな存在と戦っているのだと再認識すると恐怖で足がすくみそうだが、臆している暇はない。次々と押し寄せる黒狼を適切に処理しながら、フェンリルへの反撃の機会を伺わなければならない。

 フェンリルは魔力が回復するたびに黒狼を大量に召喚し、自分は後方から魔法を撃ち続けている。その間にも生命力が回復していっているが、ここまでの攻撃がかなり重症だったのか自然治癒があるとは思えないほどに回復速度は遅い。

 それでもこちらは物量に押されて全く近づけないのだから関係ない。


 かなは身体能力が低くなったことで先ほどよりも機敏には動けないし、ステータスによるゴリ押しもしずらくなった。サテライトビットを発動した際に減少した魔力はほとんど回復したが、元の魔力総量が減ってしまったためにもう一度発動することは無理だろう。

 銀月や水月華、神速を使う余裕はあるようだが黒狼相手に魔力を使いすぎるのは良くない。フェンリルが反動覚悟で隙をついて攻撃してきたらやばいしな。


「ああくそ! どうしたらいいんだ!」


 勝負は再び、拮抗状態に陥った。

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