冷徹者

 格ゲー、本格的な格ゲー。動きが普通の生き物を超越していた。そんな戦闘が、かなとフェンリルによって繰り広げられていた。進化したかなの、というか限界突破した状態のかなの動きは、今までとはまさに次元が違った。

 ブレイカーに匹敵するくらいの身体能力があり、目にも止まらぬ動きでこの広い部屋を行きかっている。フェンリルもフェンリルで腹部に大きな傷を負い、右足を失ってなおその動きについて行っていた。もちろんかなと同じ速度で動けるわけではなかったが、しっかりと反応しているのだ。

 

 生命力は自然治癒の力によって少しずつ回復しているが、傷が完全に治るわけではない。かなり不利な戦闘を押し付けているはずなのに、だ。それでもフェンリルがかなと互角の戦闘を繰り広げているのはフェンリルが魔法を使い始めたことに原因があるだろう。フェンリルはその膨大な魔力で魔術・氷を使い始めたのだ。


 魔術・氷とは魔術・水の派生形で、その名の通り氷を操る。本来は魔術・水Ⅹを獲得したものが稀に獲得できる魔術だが、フェンリルとはそもそも氷属性に含まれる種族なので生まれつき使えるのだろう。

 ある時は地面から氷の針が、ある時はフェンリルの体から鞭のような氷が、ある時は空中から氷の弾丸がかなを襲う。全速力でかなが走れば当たることはないが、簡単にはフェンリルに近づけなくなった。

 たまに近づけても与えられるダメージは一発1000やそこら。しばらく時間を稼がれている間にすぐ回復しきってしまう。そのうえフェンリルは最初ブレイカーに不意打ちした魔法、空間門を使ってくる。


 闇空間と似ているが、それと違って出入りは自由だ。出入口をある程度なら変えられるようだし、入られてしまったら気配を探ることもできない。空間門は発動までのラグがなく、また解除までのラグもない。言ってしまえば瞬間移動と変わりはなく、正直チートとすら思える。

 だが魔力消費が激しいのか今のところ最長で使い続けた時間は五分ちょっと。終わるたびに魔力が大幅に減っているから、きっと間違っていない。恐らく魔術・空間によるもので、魔術の厄介さを改めて理解した出来事である。


 しかもその空間門使用後にしっかりと戦闘できるくらいの魔力は残してあるんだからなおさらたちが悪い。念話を使いこなすってだけで賢いことはわかっていたが、本当に戦闘の経験が豊富そうだ。

 フェンリルは魔力自動回復を持っているので、空間門から出ている間はどんどんと魔力が回復していく。もちろん魔法を絡めた戦闘をしているのだが、二十分もすればまた空間門を使ってくる。どうやら空間門の中では自然治癒は使えるが魔力自動回復は使えないらしく、それだけが不幸中の幸いと言えるだろう。

 だんだんとフェンリルの魔力も少なくなってきたし、このまま持久戦に持ち込めば俺たちが勝つ可能性が上がる。


 俺たちはというと、フェンリルと戦闘している間はかながフェンリルの気を引き付けながら攻撃を仕掛け、俺が死角からの攻撃を試みる、といった感じだ。俺の攻撃は一度だけ通ったが、それ以外はタイミングを見切って対応してきたり、魔法で対処された。その攻撃では斬鉄を使ったが、少し切り裂いた時点で空間門を使われて大した傷は付けられなかった。

 流石にレベル60だけあり、かなりの難関であることは認めざる負えない。というか、かなが頑張ってくれていなければとっくの昔に終わっていた戦闘だろう。


 空間門を使われている間はローポーションやマジックリカリバーポーションで回復をして、あたりを警戒して待ちの態勢を取る。それしかできないのだから仕方ないが、何もできない時間が戦闘中にあるというのはどうにももどかしい。

 かなの魔力は魔力自動回復を獲得したことによりかなり早く回復できるようになっており、相手が魔力を回復している間はこちらの魔力も回復していることになる。自然治癒もあるので生命力も回復しているし、俺は攻撃を受けないように立ち回っているためポーションの消費量は少ない。

 いざというときに使えるのでありがたいことだ。


 かなとは念話が一方的にしか使えず、俺の意思を伝えることはできないがある程度の連携は取れている。いや、かなが俺に念話で合図して合わせてくれているから、辛うじてとれているといったほうが正しいだろう。情けない限りだが、自覚しなくてはならないポイントだ。


 レベルもステータスもかなのほうが上。勝っていることと言えば年くらいだが、そんなものは今関係ない。今までかなを愛玩動物として見てきたからだろうか。この何もできないという状況が好きじゃない。

 俺が何かしてあげれないか、力になってあげられないか。どうしてもそんなことを考えてしまって、勝手に落ち込んでいる。本当に情けない。やはり、認めなければならない。かなにとって俺はもう、助けてくれる人ではなく、守るべき主人になっているんだ。昔の世話をしてやなくてはいけないかなじゃなく、頼りになるかななんだ。認識を改めないと、惨めにな想いをするのは俺だ。もっと頼っていこう、信頼していこう。助けられたっていいじゃないか。適材適所だ。常識や知識では俺が勝っているのだし、気後れすることは何もない。


 だが、やっぱり心のどこかでそれが辛いと思っている。頼られたい、信頼されたい、力になりたい。頼りきりでいたくない、弱いままでいたくない。

 そんな思いが、俺を先走らさせた。


(主様!?)


 かなの驚きの声が脳に響いてくる。俺も、何をやっているんだ、と我に返った。だが、すでに後戻りはできない。ここはもうフェンリルの魔法の射程圏内、今更踵を返しても間に合わない。どうせだったら、突っ走ったほうが生き残れる可能性がある。

 一度や二度でなく、三度もかなに庇われたら、もう顔を合わせるのも申し訳なくなる。

 だけど俺は、止まれない。いや、止まってはいけない。


《報告:『精神強化Ⅹ』が進化します。『冷徹者』を獲得しました》


 ずん、と体が重くなったと感じた瞬間、周りの景色が遅くなる。というか、時間の動きが遅くなっている気がした。フェンリルがこちらに振り向く動きが、かなが慌てて駆け寄ってくる動きが、遅く見える。

 さっきまで目で追うのが精一杯だったのにどうしたというのか。


 先ほど重くなったと感じた体が、一気に軽くなっている。一歩一歩がスキップのように軽く、風を切るかのような錯覚を覚える。あっという間に、フェンリルの懐に潜り込んでいた。フェンリルはいまだ振り向ききれていないし、かなも数歩しか動いていない。本当に、何があったのだろうか。


――斬鉄―――――――――デュアルスラッシュ


 技を連続して出す。マジックリカリバーポーションで魔力を回復してすぐなので、魔力には余裕があった。俺の剣が三度振るわれ、あたりに血が飛び散る。その血の飛び散る動きですら、ゆっくり見えた。

 フェンリルの生命力は1500ほど減って、残りの生命力は1000とちょっと。


 俺はバックステップでフェンリルから大きく距離を取り、剣を構えなおす。そのころになってようやく、フェンリルはこちらに向き直っていた。そして、ゆっくりと流れていた感覚が元に戻る。


「――――!?」


 フェンリルは傷を負ったことにすら気付いていなかったのか、その場で大きく体を跳ねさせ、もだえ苦しむ。かなもかなで何が起きたのかわからないようで、驚愕の表情を浮かべている。

 ただ、一番驚きたいのは俺なのだ。


 本当に、何が起こったんだ?


《冷徹者:発動中、大幅に判断力、動体視力、洞察力、思考力、身体能力が上昇する。使用後、数秒間行動不能》


 その声が頭に響いたと同時、頭痛が走る。


「!?」


 この世界に来た時に感じたくらいに激しい頭痛だ。脳が震えているかのように錯覚し、視界は乱れに乱れている。体もこわばっている感じがするし、全身筋肉痛にでもなったのだろうか。


――――――――アイス・ランサー


 怒り狂ったフェンリルが、俺に向けて魔法を使ってくる。数本の氷の槍が、俺に向かって飛んでくる。これは、避けられない?


(主様!)


 ぼんやりとだが、かなの輪郭が見えた。かなは俺をかばうようにして前に出て、その両腕を盾のようにして突き出す。今のかなは手から肘かけて毛でおおわれているため、銀月の発動範囲が広くなっている。 

 そして俺の予想通り、フェンリルの放った槍を一本残らずその腕で受け、銀月の効果で反射する。

 反射すると言ってもそのまま返すわけではなく、一度吸収し、同じ魔法を発動する、という仕組みらしい。相手の力を利用して力を使う。本当に月のようだ。


 かなに反射された槍はフェンリルを貫き、消滅した。どうやら当たったら消える魔法だったらしい。魔法耐性のあるフェンリルも怒りに任せてかなり威力の高い魔法を使ったのか、かなりのダメージを負ってしまったようだ。生命力が残り少なくなっていた。

 そのことに危機感を覚えたのか、再び空間門を使用してこの場から消え去った。


(主様、大丈夫!?)


 かながそう念話で聞いてくるが、まともに反応してやれない。だが、フェンリルもかなり危うい状態だった。数分の時間は稼げたはずだ。


「少し、休ませて、くれ」


 そう言って、俺はかなに体を投げ出した。

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