フェンリル

 そして、今度はかなの無双が始まった。

 魔爪、魔牙共に最大威力で発動されている。銀月、水月華も常時発動している。それなのに魔力は一向に減らない。使う魔力のほとんどは精霊のもので、その精霊たちの魔力も一分で1ほど回復する。恐らくたくさんの精霊の力をかき集めることで成ったのであろう大量の魔力もまた、その精霊の数だけ一分間に回復する。

 それに精霊が魔力自動回復のスキルを持っている可能性なんかもある。そんなわけでかなの魔力のその回復速度は尋常ではなかった。


 かなが腕を一度振るうだけで一気にニ、三匹の狼が切り裂かれ、死に絶える。背後から攻撃を仕掛けた狼は、その攻撃がかなをすり抜けたということに気づくこともないまま、かなの蹴りを受けて死んでいく。遠距離から魔法を放ってくる狼はかなが視線を向けるまでもなく銀月で反射されて勝手に死んでいく。

 頭に当たらなかった魔法は体をすり抜けていくし、味方に当たらないようにするためか上空から飛んでくる魔法がほとんどなため、かなにダメージはない。魔法も物理攻撃も効かない、それが今のかなである。


 ダメージを与える方法はスキルを無効化する、特殊魔法で行動を制限するなどがあげられるだろうか。しかし、そんな便利な魔法やスキルを使える狼はいないらしく、次々と狼たちは数を減らしていく。

 ブレイカーも同じような状況で、噛みつこうとした狼が闘気にあてられて逆に倒れたりしている。魔法を撃たれたら瞬時に察知して躱しているし、こちらもまた魔法も物理攻撃も効いていないようだ。俺もさりげなく狼を倒していってるものの、二人の十分の一程度のペースでしかない。本当に情けない限りである。


 かなのレベルはどんどん上がり、今では29となっている。とうの昔に念話は使えなくなり、次々と倒される狼の断末魔が意味不明に変換された音だけが頭に響く。これかなり鬱陶しいのだが。それにしても、今だボスらしいボスが姿を現してないな。すでに狼は残り百匹を切っており、終わりが見えてきたことだ。しかし俺たちをここに招いた、あの声の主がまだ表れていない。

 まずは手下に戦わせて俺たちの手の内を暴く、とかだろうか。だとしたらかなり慎重な相手だなと感心する。ダンジョンに招いておいてビビってるのか? と思えなくもないが、未知数の相手を警戒するのは合理的な判断だ。


 それに、この惨状を見たら出てきづらくなる気持ちもわからないわけではない。出てきたらまず間違いなく殺される、そんな感じがするしな。俺ならずっと隠れて帰るのを待つな。だが、ダンジョンのボスのような相手がそんな臆病者でプライドのかけらもないようなやつだとは思えない。どこかのタイミングで必ず姿を現すと、そう考えていた。

 だから、その光景自体は驚くものではなかった。驚くべきだったのは、それがもたらした結果だろう。


 ブレイカーの背後の壁に、黒い穴が開く。ダークネスファントムが使ったダークネス・ホールのような黒く何もかもを吸い込んでいまいそうな、暗黒色だ。そしてその穴から、他の狼よりも大柄で全長が三メートルほどありそうな、淡い青色の毛を持つ狼が飛び出してきた。あいつが声の主だと、そのステータスを見た瞬間にわかった。


種族:魔獣・フェンリル

名前:なし

レベル:68

生命力:3192/3192 攻撃力:3147 防御力:2937 魔力:3678/6289

状態:正常

スキル:魔術・氷Ⅹ、魔術・空間Ⅵ、魔術・精神Ⅲ、魔牙Ⅸ、魔爪Ⅷ、眷属支配、眷属召喚、自然治癒Ⅰ、魔力自動回復Ⅲ、魔力感知、気配察知、魔法耐性Ⅶ、物理攻撃耐性Ⅳ、精神攻撃耐性Ⅵ、状態異常耐性Ⅷ

権利:基本的生物権、魔術使用の権利、自己回復の権利、自己防衛の権利

称号:殺戮者、狼王


《眷属支配:眷属に対する完全支配を可能とする》

《眷属召喚:魔力を消費することで眷属を召喚する》

《狼王:狼の長に与えられる称号。権能:狼種の士気向上》


 精霊完全支配を発動した状態のかなに負ける劣らずの基礎ステータス。数多のスキル、権利、称号。魔術には見たことのない属性、氷と空間、精神がある。そしてこの魔術・精神を使って念話のようなことをしているようだ。しんさんに教えてもらった。


 その他にも眷属支配、眷属召喚を持っている。これだけの数の狼がいたのはこの眷属召喚というスキルのせいなのかもしれない。フェンリルの魔力は6000もあったのにかなりの量の魔力が減っているので、その仮説はあながち間違っていないと言えるだろう。それでも3000以上もの魔力が残っているのだから、圧巻の一言だ。

 そして、現状に戻る。


 ブレイカーの背後から突然現れたフェンリルは、ブレイカーに向かって飛び掛かる。ブレイカーはそれに反応し、振り返りざまに魔拳が発動した拳で攻撃をする。のだが、その拳は、フェンリルの肩で受け止められた。


「なに!?」


 あの火力お化けのブレイカーの攻撃を、何食わぬ顔で耐えた、だと? 

 そして、そこからさらに衝撃の展開へと変わっていく。フェンリルが攻撃を受けながらも振るったその前足により、ブレイカーが切り裂かれたのだ。魔爪が発動していたためか、ブレイカーはあっけなく姿を消した。


 目を疑い、次に幻を疑った。だが、怪しい部分は何もなかった。正直、信じたくはなかった。あのブレイカーが、こうも容易くやられてしまうはずがない、そんな現実逃避に走りかけたが、何とか意識をとどめる。


 かなの話によると、生命力が0になった制約精霊は一定期間が経つとまた召喚できるようになるらしい。だからまた一緒に戦うことはできる。そう自分に言い聞かせて、ここまでいくつもの戦闘を共に乗り越えてきた戦友への嘆きを堪える。今ここで叫んでもいいことは何もない。今俺がすべきなのはただ、ブレイカーを倒したあのフェンリルという化け物をどうやって倒すのか、それを考えるだけだ。


 不幸中の幸い、と言えるのだろうか。ブレイカーの攻撃は完全に無意味だったわけではなく、生命力が500ほど減っていた。ただ、その程度のダメージでは目に見えて傷とはならないというだけだったのだろう。しかしその減った生命力も自然治癒によってどんどんと回復していく。このままいけば、すぐに全回復してしまうだろう。

 だからと言って焦るのもばからしい。フェンリルの生命力が500程度減ったくらいでは、チャンスとは言い難いからな。間合いを取って、様子をうかがう。


 ブレイカーを倒したフェンリルは、ゆっくりとこちらに体を向ける。そして、鋭い視線で俺を貫いた。気圧されてしまいそうになったが、こらえる。プレッシャーがすごいが何とか耐える。ここでビビってしまったら、一瞬で死ぬ。そう思ったからだ。


 フェンリルを注視している俺の背後から攻撃してくる黒狼を、逆手で持った剣で貫く。気配察知で大体の位置を把握していたのでできた荒業だが、フェンリルから目を離したくないので仕方がない。を離した隙に一瞬で間合いを詰められる。そんな未来は容易に想像できる。かなもまた、狼を殲滅する手は止めないが、フェンリルから目を離さない。あれだけ強くなったかなでもまだ、十分脅威といえる存在だ。


 かなのレベルは現在34。フェンリルとのレベル差は30以上ある。戦闘経験の差がありすぎるだろう。かなとしても、うかつな真似はできないようだ。例え念話が使えずとも、俺とかなは大抵のことなら意思疎通ができる。ずっと猫と人間として関わってきたためか、表情やしぐさで言いたいことがわかるのだ。それを活かして、連携を取れたらなと思う。

 一対一ではあいつには勝てない、それが今の俺とかなの共通認識だ。


(勇敢なる英雄たちよ)


 不意に脳内に声が響く。それは、俺たちがこのダンジョンに来る時にも聞いた声だ。やはり、こいつがダンジョンの主だったか。


(よくぞここまで来た。幻の試練を突破し、ここまで我が眷属を手玉に取るとは、この我が見込んだだけはある)

「……」

(まあ、そう警戒するな。何も企んでなどおらぬよ。ただ、殺し合いがしたいだけだ)


 そういうとフェンリルは、その口角をあげて笑みを浮かべる。狼のくせに凛々しい顔をしており、その笑みとのギャップが恐怖心をあおる。それでも、俺は目をそらさない。


(精々、頑張ってくれたまえ)


 そんな声を最後に、念話は途切れた。そして、フェンリルの姿が消えた――

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