精霊完全支配

(じゃあ、行くぞ?)

(うん、準備は万端)


 マジックリカリバーポーションで魔力が全回復したかなが腕を突き上げてそう念話で語りかけてくる。俺もそれに頷きを返し、扉に籠める力を強める。重い扉は少しずつ動き、やがて俺とかなが通れるくらいの隙間が生まれる。そこを通り、あたりを見渡す。

 ここまでの通路よりかなり明るく、装飾も豪華だ。

大きな柱が左右に立ち並ぶ長方形の部屋で天井はケルベロスの部屋よりも高い。そしてかなりの広さがある。まず間違いなく、ラスボスがいるだろう。俺のRPGの経験からそう推測できた。

 違う可能性ももちろんあるのだが……。


 気配察知、解析鑑定、魔力感知。それらすべてに反応がない。スキルを無効化しているか、スキルの効力の範囲外にいるか、異次元に隠れているか。はたまたそれ以外が。何であれ警戒は怠らないようにする。そのことをかなにも伝え、腰に差してある剣に手をかけながらゆっくりと奥に進んで行く。

 この部屋の最奥にはまたも大きな扉があり、あそこがこのダンジョンのゴールだと思われる。この広間でボスを倒したら扉が開く、とかだろう。

 日本のゲームは忠実にファンタジー世界を再現していたようである。


 それにしても、本当にボスが来ない。すでに真ん中くらいまで来たのだが、一向に出てくる気配はない。中心に行った時点で囲むようにたくさん出てきたら困るな、と思っていたのだがその予想も外れた。

 一体どうしたというのだろうか。それでも気は抜けない。扉の目の前まで行ったら罠があるなんてこともありえる。

 だが、俺のそんな予想が杞憂であったかのように、何も起こらなかった。


「ど、どうなっているんだ?」


 すでにボスが倒された、とか? いや、そんなことはない。俺たちをここに招き入れた張本人がいるはずだ。そうでなければおかしい。というか……ん?


 かなが無表情で俺の後ろを突っ立っている。先ほどまで元気いっぱいだったのに、そんなもの幻だったのかの如く。幻? ……まさか、な。そんなわけ


(かな?)

「……」

(かな?)

「……」


 返事がない。それどころか、反応すらない。どうしたというのだろうか。魔法で何かされたか? それとも、やっぱり――


(主様!)


 切羽詰まったかのような声が、頭に響いてくる。


(かな?)

(うん! はやく、起きて!)


起きて? やはり、これは幻?


(でも、どうすれば……)

(そこにかながいるはず! それを倒して!)

(な!?)


 かなを、切れ、と? いや、これが幻で、目の前のかなが偽物だっていうのはわかった。だが、そんなことを急に言われても……。

 しかし、渋っている必要はない。かなはかなり慌てている様子だった。今現実では戦闘が繰り広げられているのかもしれない。もしかなが俺をかばう形で戦っているのなら相当不利な状況だ。早く、早くしなくては。


 腰に差してある剣を抜く。俺のそんな様子を見ても、かなのような何かは反応一つ示さない。本当に、偽物のようだ。だが、その顔も姿も瓜二つ。違うのだとわかっていても、簡単に心の準備はできない。でも、今こうやって俺が躊躇しているうちにも、かなが危険な目にあっているかもしれない。

 覚悟を決めろ、俺。覚悟を決めるんだ!


 精神強化、こんな時くらい仕事しろよ! かなの安全のためならどんなやつだって殺せる冷徹な奴に俺を変えろよ! 今まで役に立ったことなんて碌にないんだから、たまには仕事しろよ!

 震える手で剣を握りながら、脳内で叫ぶ。駄目だ、足も腕も振るえる。力が入らない、剣を振りかざすことが、出来ない。


 今まで人型の魔獣やモンスターはいなかった。だからだろうか、俺が倒せていたのは。人型に、それもかなを模した姿になった途端、こうなった。まだ、決意ができていなかったというのか? そんな情けない俺で、果たしていいのだろうか?

 いいわけがない。あってはならない。いつまでもそんな脆弱な存在でいていいはずがない!


 体の震えが、渦巻く思考が、一瞬止まる。そして、その声は脳内に響いた。


《報告:『精神強化Ⅸ』のレベルが上昇。『精神強化Ⅹ』へと進化します》


 ここまでの戦闘でレベルがⅨまで上がっていた精神強化がついにカンストした。だが、俺は何もしていないというのに、どうしてだ? 今覚悟を決めたことが影響しているのか? そんなことは俺には分からなかった。ただわかったのは――


「俺は、出来るッ!」


 ――もう、今の俺は迷っていない、ということ。


 剣を握る手に、地面を踏みしめる足に力を籠める。思考を乱されなどしない。もう躊躇など、しない!


 かなの姿をしたそいつに、剣を振り下ろす。そいつは剣が触れると同時に黒い霧となり消えた。そして、俺の視界が一瞬乱れる。正常に戻った時には、俺は床に伏せており、顔を上げてみると目の前にかなの後ろ姿があった。


(かな?)

(あ! 主様大丈夫!?)

(あ、ああ……大丈夫だ)

(よかったぁ……)


 俺の念話に反応してバッと振り返ったかなは俺に抱き着いてくる。あの、力が強すぎて痛いんですけど。そんなかなの背中をなでながら、あたりの状況を確認する。

俺とかな、そしていつの間にか召喚されていたらしいブレイカーは数百匹はいるであろう狼たちに囲まれていた。

 そのほとんどが低レベルの黒狼だが、他にも色々な種類の狼がいる。やはり、俺は幻を見せられていたらしい。しかしそんな場所にいながらもそこまで危機感が働いていないのはブレイカーがいるからだろう。

 三百六十度全方位から次々と押し寄せてくる狼をすべて倒しているのだ。明らかに無双状態である。すでに狂拳士化を発動したブレイカーは、一撃で狼を仕留めては次の獲物に接近し息の根を止めている。一人で俺とかなを守っているはずなのだが、全く不利な様子は感じられないのだから本当にすごい。


 それでもさぼるわけにもいかないので、かなに語り掛ける。


(ああ、俺は無事だ。心配かけてごめんな。今は、どんな状況なんだ?)


 俺が言うと、かなは俺の胸元に押し付けていた顔を上げ、目元を手のひらで拭い、真剣な顔で語りかけてくる。


(扉をくぐってすぐ、主様が偽物と入れ替わっていたの。すぐに倒したんだけど、そうしたら部屋の真ん中にいて、主様が倒れていたの。それにたくさんの狼に囲まれていたから、ブレイカーを呼んで主様を守っていたの)

(な、なるほど……よく気付いたな、俺が偽物だったって)


 俺なんて部屋が終わるまで気づかなかったのだが?


(匂いが違った。優しいにおいがしなかった。だからわかったの)

(へ、へー……そんなこともわかるのか……。あと、ありがとな、守ってくれて。おかげで助かったよ)

(ううん、全然。だから、ここから頑張ろ!)

(そうだな。汚名は返上してやる!)


 俺は起き上がり、剣を鞘から抜く。かなもまた立ち上がり、その拳を握る。そして、目を輝かせた。


かなのスキルが進化していた、という話をしようと思う。かなのスキルの一つ、精霊使役はすでにレベルがⅩだったのだが、それが進化したのだ。

 精霊完全支配。この部屋でブレイカーを使役して大量の狼を倒したからだろうか。幻のようなものを見せられたばかりだったのでかながおかしな魔法を使われていないか確認しようとして解析鑑定を使った際にそれを発見し、その権能をしんさんに聞いてかなり驚いた。その内容は――


《精霊完全支配:精霊の力を完全にスキル保持者のものとして操る。その地に住まう精霊の力を無制限に使用できる。制約精霊を産み出す》


 ――というものだった。


 中でもその地に住まう精霊の力を無制限に使用できる、というのが強力だ。簡単に言ってしまえば、そこに精霊がいる限り、かなの力は無限に増大する、ということなのだから。


種族:獣人・黒猫人

名前:かな

レベル:24

生命力:3098/3098(+2934) 攻撃力:4688(+4376) 防御力:3056(+2877) 魔力:2865/2865(+2764)

状態:制約・隷属

スキル:魔爪Ⅷ、魔術・精霊Ⅹ、魔牙Ⅵ、精霊召喚、精霊完全支配、精神強化Ⅸ、銀月、神速、水月華

権利:精霊使役権

称号:殺戮者


 精霊完全支配により、かなのステータスがあり得ないほど高くなっている。この地に住まう全ての精霊の力をかき集めた結果、こうなったのだろう。魔爪、魔術:精霊、魔牙、精神強化のレベルも上がっており、かなりの強化といえる。さらには称号、殺戮者を獲得している。すでにこの場で百体以上の狼を倒した、ということだろう。


 そして、今度はかなの無双が始まった。

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