鋼狼

 第一ボス、ケルベロスを突破した俺たちに待っていたのはいわゆる安全地帯だった。何もない少し広いくらいの空間だが、敵に襲われることはないようだ。かなが相当消耗している様子だったのでちょうどよかった、そう考えて少し休憩することにする。


 ちなみに、先ほどかなのステータスを確認していて気づいたのだが、かなは神速を獲得していた。この神速というスキルは魔力消費が多い代わりにかなりの距離を一瞬にして移動できるスキルだ。

 使用法によっては相手の切り札を無駄に使わせたり、一気に背後を取ったりできたりとかなり強力なものとなっている。それにかなは攻撃力が高い。神速で相手の死角に入り、普通に攻撃するだけで大抵の敵は倒せるだろう。単純にして強力、ここまで万能なコンボは少ないだろうな。


(かな、飲めるか?)

(う……うん、大丈夫……)


 魔力枯渇が解除されても疲労困憊なことに変わりはないらしく、なおもかなはまいった様子だ。頭痛と怠さを訴えており、風邪の症状に似ている気がする。魔力はすでに全体の二割ほどまで回復したのだが、一度魔力枯渇になると後遺症もかなりきついようだ。


 そしてそんなかなに俺が差し出したのはマジックリカリバーポーション。微量ではあるが魔力を回復させてくれるポーションだ。かなの魔力で言うと全体の一割だろうか。

 それでも今の状態のかなには十分効果が期待できるだろうと思い、アイテム袋から取り出した。リリアに様々なポーションを作ってもらっておいてよかったな。こんなところで役に立つとは思ってもみなかった。ついでにローポーションも飲んでもらっておいた。


 生命力回復にプラスして僅かな疲労回復効果もあるとしんさんから伺っていたので渡したのだが、かなの青かった顔が少しだけよくなったので本当によかった。その他にも毒消しのポーションや火傷直しのポーション、生命力の回復を目的とするローポーションと違って傷をふさぐことを目的とした傷治しのポーションなどがある。

 ローポーションとマジックリカリバーポーションのストックはもう少しあるので、多少の傷や消耗なら何とかなるだろう。


 戦闘では役立たずの俺だが、荷物持ちとしてならリリアのおかげで何とかなっている。……おい、精神強化仕事しろって。泣きそうだ。


(ありがと、主様)

(ん? いや、こちらこそありがとうな、かな。お前がいなかったら俺はとうの昔に死んでいる。これくらいはさせてくれ)

(……ううん、かなも、主様がいなかったらここにはいなかった。あっちでのお礼、してるだけ)

(かな……)


 俺はそれに返す言葉を持ち合わせていなかった。


 あっちでのお礼というのは、元の世界で世話してやったことの話だろう。確かにあの頃のかなはやせ細っていたし、親にも見捨てられた子猫だった。その礼だと言われたら、さすがに無下にはできない。

 考えたことはなかったが、かなからすれば俺は命の恩人なわけで……感謝されているというのは、まあ分かる。見返りを期待していたわけではないが、かなが礼をしたいと願う気持ちはわかる。

 人の体を手に入れて、俺の役に立ちたいというのなら、まあ仕方ないだろう。


 それに、今更この関係をやめるつもりもないしな。二か月も一緒に暮らしていれば、というか数年も付き合いを続けていればもう家族のようなものだ。持ちつ持たれつの関係になれるように頑張るという意味では、俺だけが頑張っていたら逆にかなが申し訳ない気持ちになってしまうか。


(そう、だな……ありがとう、かな)

(まだまだ、頑張るから!)


 かなはそう言って拳を握る。気合は十分、ということだろうか。魔力もすでに三割ほど回復し、かなり動けるようになってきたようなかなはその場に立ち上がる。


(行こ、主様!)

(……ああ、行こうか!)


 どちらにしても、俺だって頑張らなくてはな!


種族:魔獣・鋼狼

名前:なし

レベル:45

生命力:562/798 攻撃力:783 防御力:923 魔力:315/495

状態:正常

スキル:魔牙Ⅲ、皮膚剛化Ⅵ

権利:基本的生物権


 銀色の毛皮を持つ狼、鋼狼が俺たちの前に立ちふさがっていた。すでにかなの攻撃を何度も受けているはずなのに、その生命力は200と少ししか減っていない。スキル、皮膚剛化により防御力が底上げされているためであろう。

 元の防御力も高いため、攻略が難しい相手だと言える。

 皮膚剛化の発動中は常に魔力を消費するようだが、鋼狼にはほかの魔力の使い道もないらしく、その減少量は少ない。魔牙でも発動してくれれば少しは違うのだろうが、相手側からまともに攻撃することは難しいらしく、発動するそぶりもない。


 かなは今ケルベロスとの戦闘での消耗をある程度回復した状態で、負けるとは思えない。しかし魔爪や魔法の使用をすればまた魔力枯渇になってしまう危険があるため少し慎重になっているようだ。

 俺も攻防に参戦してはいるものの、俺の攻撃では鋼狼に対してそこまで効果がない。星銀の剣の攻撃力をもってしても威力としては20やそこらだ。剣術を発動すれば多少は変わるのだろうが、ハードストライクなどは溜めがあるために当てづらいし、他の攻撃では威力に大差がないために魔力をいたずらに消費してしまうだけだ。

 結局俺は役立たずだな。


――魔爪


 かなが魔爪を発動する。


 最近知ったのだが、魔爪には二つの使い方があるらしい。本来の使い方である魔力を込めることによる威力上昇。そしてもう一つは、その込められた魔力を操作して剣術のような技を使う使い方。

 後者の方は技の使用に魔力を割くために威力が下がるが、単純な攻撃ではなくなるため成功しやすい。そして前者は威力効率は最も良いが単純な攻撃になるため成功しづらい。

 逆に言ってしまえば、成功するならば普通に魔爪を使った方が強いのだ。


 鋼狼は今までの攻撃を余裕をもって耐えられたためか、今はカウンターを狙っているらしい。先ほどから攻撃されたら受けてから攻撃を返す、というのを続けている。


 そんなことをする相手には普通に魔爪を使うのが刺さる、というわけだ。


 かなが鋼狼に向けてその手を振るう。鋼狼は動かない。その胴体で攻撃を受けるつもりのようだ。それを見てもかなは攻撃の手を止めず、鋼狼の脇腹に爪を突き立てる。かなの爪を受けた鋼狼の脇腹に、大きな切り傷ができる。

 思いもよらぬダメージだったのか、鋼狼は大きく目を見開いている。だがすぐに距離をとり追撃を免れる、なんてことはさせない。


―――真空斬


 剣術の中では珍しい漢字表記の技だ。この技は込めた魔力を剣を振るった方向に一定距離飛ばすというもの。斬撃の威力は比較的低い、が、俺が狙ったのはかなが付けた傷跡だ。

 皮膚剛化はあくまで皮膚を強化するスキル。すでに切り裂かれた傷口からなら、俺の攻撃でもかなりの威力を発揮できる。肉が裂ける音がして、血が飛び散る。真空斬はたやすく鋼狼の肉を貫通したようだ。


 大量の血を滴らせた鋼狼は力なく崩れ落ちる。


(主様、ありがと)

(俺がやらなくても倒せてただろうが)

(そんなこと、わからない。だからありがと)

(……まあ、そう言うことにしておこう)


 かなも強情なやつだ。しかし、そういうところも優しさと言える。俺のことを気遣ってくれて、本当にいい子だよな、かなは。

 そんな子に実力で劣っていて、戦闘でフォローされているのだから居た堪れなさは半端じゃない。俺も強くならねばならないのだが、そう簡単に強くなれたら苦労はしていない。これからも努力は欠かさないようにしよう。


(それにしても、かなり魔獣の強さが増してきたな)

(うん、数も増えてきた。強いスキルを持ってるやつもいる)

(ああ、かなり厄介になってきた)


 ここら辺の狼はレベルが高く、それでいて特殊なスキルを持っているものが多い。基礎ステータスがかなに匹敵するようなものはいないが、それでも強力だ。それに厄介なスキルが加わってしまうのだから俺では手に負えない。さらにかなに任せきりになってしまっている。


 ここまででかなのレベルは23、俺のレベルは24となっており、かなは新たなスキル水月華、俺は先ほどの鋼狼から継承された皮膚剛化を手に入れている。かなが水月華を手に入れてしまったので、かなを攻略するのはより一層難しくなった。魔力消費は神速ほどではないが激しいとはいえ、相手の攻撃をかわせるのだ。無双性能が上がったといえる。


 銀月、神速、水月華。これらのスキルを完璧に使いこなした時、かなに勝てるやつは現れるのだろうか。全ての魔法を反射し、一瞬で間合いを詰め、一方的に攻撃する。チートキャラにもほどがある。

 これからブレイカーやかなのステータスが上がり、リリアくらいの魔力量になった時が楽しみだ。


 さて


(ラストスパートだ、かな)

(うん、頑張る)


 鋼狼を倒した俺たちを待ち構えていたのは、ケルベロス時のように大きな扉。

 そう、またボスのお時間である。

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