ダンジョン
薄暗いダンジョンの中を、俺とかなは進んでいた。魔法でも使われているのか、決して真っ暗ではない。通路は寒くもなく熱くもない適温で、環境としては悪くないものだった。明らかに人工物ではあるが、元の世界の技術では成しえないであろう施設と言える。
そしてこの施設はかなりの広さがあるらしく、数十分歩き続けても終わりは見えてこない。まっすぐ進んでいるだけなのだが、行き止まりになど一度も当たっていない。時折横に曲がる通路があるが、まずは広い道から攻めようという話になった。安全なところから攻めるのは定跡と言えるだろう。
(一応気は抜くなよ? いつ敵が出てくるかわからない)
(わかった。敵が出てきたら、すぐに倒して良い?)
(そうしてくれ。こんなところではだれも信用できない……。人型で優しく話しかけてきても、すぐに殺していいからな)
(……わかった)
若干の間が開いたのは人を殺すことに抵抗があるからだろう。もちろん俺もあるはずなのだが、かなが傷つく未来を想像するとそんなことはどうだってよくなる。これも精神強化のおかげなのだろうか。
今だってまだ心のどこかで渦巻く不安な気持ち、理解できない理不尽を押し付けられるような圧迫感。そんなものを抱えながらでもなぜか殺しに対する抵抗は限りなく減っている。精神強化、か。なんとなく、そのスキルの存在する意味が分かってきた気がする。
称号:殺戮者を持つものに与えられるスキル。生き物を殺すたびに強化されるスキル、殺しに対する抵抗が減っていくスキル。殺すことを願う、スキル。精神強化ってのはオブラートに包んだ呼び方でしかなく、実際には殺意強化と言っても過言ではないスキルとなっている、気がする。もちろん詳細は分からない。
スキルとは神が作っているものだと、この前しんさんに教えてもらった。権利も称号も、神が定めたものだと。スキルも名前につく固有権能も、すべて神が決めたものだと。
神に与えられる最低限の権利、基本的生物権。その権利の詳しい内容はしんさんですら知らなかった。ひとまず、言語による意思疎通はこの権利で可能になっている。生物間での交流に最も大切なのは言語だというのはグローバル化が進んだ元の世界で生きていた俺ならば少しは分かる。だからこそ、逆に言葉が伝わらない今の苦しさに、若干の理解がある。
何も知らないまま、日本語など分からないまま日本に来た外国人は、こんな気持ちなんだろうなと他人事みたいに。何処か他人事なのは、まあ俺はまだ相手の意思が理解できるからだろう。ジェスチャーなんかよりも明確に、一応言葉として伝わってくる。俺はすべて一から言葉で説明してもらわねば理解を示せないほど幼稚ではない。相手が伝えたいことを予想して行動することができる。
だけど、それにも限界があるわけで。
頭の中が混乱する。たどり着きたい結論は既に見定めている。だが、思考の流れがそこに行きつくことを拒む。気づいてはいけない、理解してはいけない。そんな意思が俺の中にある。だけど、気づかなければならない、理解しなくてはならない。そして、背負わねばならない。
今の俺には、相手の言葉が、思いが、正義が分からない。だから、本当は優しい人間でも、敵でなくても、最悪味方でも、信用なんてできない。だから、怖いのだ。今の自分が、何を仕出かすかがわからないから。少しでも怪しいと思ってしまったら、簡単に切り捨ててしまいそうで。
もちろん、俺が誰彼構わず人殺しをするような人間になることはないだろうし、俺に簡単に殺されてくれる人間ばかりではないだろう。だが、それでも誰かを殺してしまいかねない。今の俺にはそんな怖さがあった。今の俺はそんなことに恐怖していた。
(主様?)
かながのぞき込むようにして俺の前に立つ。その顔が何とも愛くるしかったが、一瞬で思考を振り払えるほど俺は器用ではなかった。しばらく、かなと見つめ合うだけの時間が流れる。
(主様、大丈夫?)
(ああ、大丈夫だ。少し、考え事をしていただけだ)
(でも、ぼーっとしてた。油断してると危ないって言ったのは、主様だよ?)
(……そうだな。気を付けるよ)
(うん、気を付けて)
念話ですら声が震えるんじゃないかと思うほど、心臓がバクバクとうるさかった。問い詰められるかのような圧があった。かなの言葉に、重みがあった。本気で心配している、そんな目だった。情けない、自分のことをそう思った。
結局、決断するしかないのだ。とるべきは、大切な存在。それ以外は、どうだっていいって、割り切れ。そうでなければ生きられないような世界だ、ここは。問答無用で殺されるような世界だ、ここは。
覚悟を決める。腰に差してある剣に、手をかける。その手にはもう、一寸の迷いもなかった。
数メートル先に曲道。その右側から足音が響いてくる。しんさん、頼んだ。
《『解析鑑定』にて対象の詳細が判明。表示します》
『解析鑑定』は自身を中心に半径約五十メートル前後を効果範囲としている、というのが俺の結論だった。色々と試してみて、それくらいだろうと予測したに過ぎないが、あながち間違ってはいないだろう。
壁の向こうだろうが、土の中だろうが、空中だろうが。基本的には発動できている。もしかしたら他にも発動条件などがあるのかもしれないが、使えるのならそれでいいので困ることはない。
種族:魔獣・銀狼
名前:なし
レベル:12
生命力:76 攻撃力:132 防御力:121 魔力:98
状態:正常
スキル:気配察知、魔牙Ⅲ、銀月
権利:基本的生物権
レベルは俺たちよりも低い、だがかなりの強さだ。基礎ステータスは俺よりも高い。銀狼とかいう格好いい名前をしているし、きっと種族として強い存在なのだろう。というか、狼か。見たことないな。大型犬のようだとは思うのだが、どんな感じなのだろうか。
《気配察知:いわゆる第六感。相手の位置を正確ではないが察知できる》
《銀月:大幅に魔力を消費するが、魔法を反射することができる》
気配察知は性能が悪いレーダー、銀月は反射技か。銀月って植物があったと思うが、そんなものとは何の関係もなかったな。
(かな、右から狼が来る。魔法は使うな、反射される。レベルは低いし、ステータスも大したことはない。魔牙にだけ気を付ければ大したことはないぞ)
(わかった)
俺よりも前を歩くかなに情報を伝えて、改めてあたりを警戒する。気配察知というスキルの存在を知ってしまったのだ。このダンジョンにいる魔獣すべてが気配察知を持っていると仮定して増援が来るという予想は、決して杞憂では終わらないだろう。銀狼はかなに任せるとして、俺は背後の警戒を強める。案の定、足音が響いてきた。それも、一体ではない。
全て銀狼、レベルは11、12、12。多少のばらつきはあっても12前後ということなのだろう。スキルは全個体同じ、ステータスもさほど変わりはない。称号、新たな権利、固有権能無し。
(かな、後ろからも来た。俺はそれの相手をするから、そっちは任せたぞ)
(わかった。……でも、大丈夫?)
(ああ、大丈夫だ。これくらいなら、俺にだってやれる)
あれ? フラグが立ったか? そんな気がしないでもなかったが、気にしなければ問題はないだろう。
薄暗い通路の向こうに、銀色に小さく光る六つの瞳。そして、銀色に輝く毛皮。予想通り大型犬のようで、その全長は二メートル前後。銀狼、と呼ばれる由来がわかったな。その銀色の瞳は確実に俺を捉えており、勢いを緩めることなく距離を詰めてくる。
十メートルくらいの距離になったので、俺は剣を構える。
下段の構え。鞘に納まったままの剣に手をかける。
「
剣術Ⅰで使える技で、発生が遅く、発動後の硬直が長い代わりにかなりの威力と振りの速度を発揮してくれる技である。
距離があり、間合いで勝っている相手に対してはかなり有効だと言えるだろう。
距離、一メートル。星銀の剣の間合いだ。
俺は、剣を鞘から引きぬき、振るった。
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