ダークネスファントム
(主様、これは?)
(それはサラダに使われていたから食べられるやつだぞ)
(じゃあ、これは?)
(確かポーションに使われてたな)
(えっと、これは?)
(うーん、分からん。取り合えず持って帰ってみよう)
(わかった)
かなが模擬戦を行った翌日、俺たちは昨日と同じように草むしりに励んでいた。しかし昨日のように闇雲にではなくリリアがどんな用途で使用していたかを確認して、使っていなかったものは取らないようにしている。環境破壊は望んでいないのだ。
それにしても、もう三日だ。リリアが家に籠りだしてから三日が経っている。ほんのわずかな戦闘しか見ていないが、圧倒的な強さを持っているあのリリアがだ。
そんなに強い相手に遭遇したのだろうか。そして、もし遭遇したとしてどうして家に籠るのか。やれることは何もないのだろうか。俺だって協力したいが、俺では力不足だろう。それこそかながブレイカーを宿した状態で本気を出したって勝てないような相手だろう。
だって、リリアの最大威力の魔法を耐えたようだから。かなの最大威力の攻撃がどれくらいかはわからないが、称号や権利で底上げされた魔法を超えることはできないだろう。レベル差もあるし、リリアが使っているのは四属性の魔法をⅩにして得られる魔術・自然のⅦ、しかもその最大威力だ。
まあ、かなの場合は拳一つ分にすべての力を籠めるのでもしかしたら単純威力で言ったらかなのほうが上かもしれない。結局、見てみないとわからないかな。見たくはないが。
しかし、ずっと草取りってのはつまらないよな。かなは勝手に模擬戦をやっているが、俺が見ているだけ、というのもつまらない。何か一人でできる訓練的なものはないだろうか。思いつくのは素振りとかだが、効果的なのだろうか。基礎的な肉体強化や自給力向上のために走り込みとか? 考えてみれば、出来そうなことは色々あるな。片っ端からやるか。
そして、俺の修業の日々が始まった。
それから、二か月が経っていた。驚くことに、リリアはまだ家から出る気配がない。俺たちが近隣の森から植物や動物の肉を取ってきて、それを調理してはくれるがそれ以外には特に何をするでもなく家の中をうろうろとしている。
三人で寝るという奇行は続いているが、だいぶ慣れてきて今では一緒に寝られるようになった。寝相が良いことにこれほど感謝したことはなかった。
で、二か月間俺は素振りやら走り込みやら、腹筋やら背筋やら。自分でできるトレーニングを続けていた。大した知識もないので焼け石に水かもしれないと思っていたが、体力や筋力に関しては案外つくものらしい。ムキムキというわけではないが運動部の高校生くらいの力はついたのではないだろうか。
いや、分からないが。それでも元の俺よりは筋力も持久力も向上しているはずだ。素振りを続けたことにより剣術だってⅣになった。かなり扱いにも慣れてきたし、今では剣術を発動すれば木を一刀両断することだって可能になった。
まあ、かなは拳で木を粉々にできるけどな。
弱い魔獣を毎日狩り続けたことによりレベルも16となった。かなは15。一日の時間のほとんどをブレイカーとの模擬戦に使っているために俺よりもレベルは低くなっているようだ。それでもかなのほうが強いので魔獣を倒す効率は高いのだが。
何とも悲しいことに、結局なに一つとしてかなには勝っていない。情けないと思うと同時に、権利や称号の差も顕著に表れているよなと再認識する。かなの称号やスキルは強力で戦闘向きのものが多い。というかそれしかない。それに比べて俺の権利はよくわからない生きようとする権利。権能のステータス看破と森羅万象は確かに使えるが、戦闘向きではない。頑張って手に入れた剣術だって元の攻撃力が低すぎてそこまで強力とは言えない。足だってかなよりずっと遅いし、魔法が使えるわけでもない。本当に何のとりえもない。
しいて言うのなら持っている武器が強いということだろう。攻撃力+1200なのでかなのブレイカーを宿した時の攻撃力のステータスとほぼ同じになる。それでもスキル込みだと実質的に負けるわけだが。
そんなこんなで迎えたこの日、今日は久しぶりに強敵と戦っていた。
種族:魔獣・ダークネスファントム
名前:なし
レベル:54
生命力:734/952 攻撃力:435 防御力:1287 魔力:654/734
状態:正常
スキル:精神強化Ⅴ、魔牙Ⅳ、招雷Ⅳ、高速飛行Ⅲ、魔術・闇Ⅲ
権利:基本的生物権、魔術使用の権利
称号:殺戮者
レベル50越え、殺戮者持ち。さらには魔術も使えると来た。そして何より、飛んでいる。
大きな蝙蝠みたいな羽をはばたかせながら高速で飛翔しているそいつは、つい先ほど急に俺たちに向けて体当たりを仕掛けてきた。まあ、かなのカウンターを食らったのだが。しかし、かなの全力のカウンターでも生命力は220ほどしか減っていない。防御力が四桁もあるのだから妥当と言えるか。
レベル50を超えるとステータスのうちの一つが1000を超えていてもおかしくない、という認識でいいのだろうか。この前のジャイアントワームも超えていたし。そう考えると、レベル20未満で攻撃力が1000を超えているかなはおかしいな。
リリアはリリアでレベル30台のくせに魔力は四桁だし。俺の知り合いは色々とおかしいらしい。
一度攻撃を受けたダークネスファントムは空を旋回しながら様子見をしているようだ。空中への攻撃手段はかなの魔法だけだが、かなの魔法の精度は期待できるものではないのでできるだけ使わないようにしてもらっている。あの速度で動き続けているダークネスファントムに魔法が当たるとは思えない。広範囲攻撃ですら避けられる気がするのだから仕方がない。
高速飛行Ⅲがあるからかその速度はかなりのものだ。一瞬でも目を離したら見逃しそうなので迂闊なことはできない。俺の攻撃手段は剣だけなので、もとより何もできなそうではあるが。
(主様、どうする?)
(様子見だな。あいつは魔術が使えるようだが、対魔術の防御壁はかなが使える。高速飛行にも魔力を使うようだし、持久戦となればまだこちらが有利なはずだ。しびれを切らして詰めてきたところに、カウンターを仕掛けよう)
(わかった)
「
俺とかなを覆うようにして半透明の壁が現れる。リリアのアトモスフィアブラストすら一発耐えうる魔法だ。そう簡単にはやられないだろう。魔術・闇という属性は初めて見るが、この壁ならば様子見には活用できるだろう。
そして、ダークネスファントムが動き出す。
「
その禍々しい姿からは想像もできないような声で魔法が唱えられる。空中を旋回するダークネスファントムの囲むようにして四つの黒い魔法陣が浮かび上がる。そして、ダークネスファントムがこちらに向き直った時、その魔法が放たれる。
《ダークアロー:黒い矢を放つ。魔力吸収を行う》
その矢はまっすぐ俺たちの方に向かってくる。しかし、壁に阻まれ、地面に転がり落ちる。上空からではこの壁が見えていないのか、ダークネスファントムは矢を阻まれたことに対し疑問を抱いているようだ。しかし、それでも追撃を仕掛けてくる。
「
ダークネスファントムの動きが止まる。どうやら溜めが必要な魔法らしい。
(かな、今だ! 魔法を使え!)
(わかった!)
「
《エレメンタルフォース・サンライトブラスト:太陽光を収束し、その光線を放つ魔法》
かなが使える魔法で最も射程が長く、精度の良い魔法だったはずだ。そして、ダークネスファントムに向けられたかなの手のひらから、光が放たれる。まっすぐ一直線にダークネスファントムに向かった光は、難なくその胸を穿つ。
一瞬の出来事に反応できなかったダークネスファントムは吐血し、その場で落下し始める。だが、その目はまだ死んでいなかった。ダークネスファントムから、黒い球が放たれる。その球はかなりの速度でこちらに向かってくる。だが、こちらにはまだエレメンタルフォース・アークプリズムがある。そう、その考えこそが、俺の失態だった。
黒い球が壁に触れた瞬間、膨れ上がる。壁をすり抜けた。
「な、なんだこれは!」
(ど、どうしよう!)
「危ない!」
咄嗟にかなをかばうように抱きかかえたが、かなの方が強いのだからいらなかったよな、これ。そんな俺の思考を完全に無視して、その球は大きくなり続ける。そして、やがて俺とかなをすっぽり覆うくらいに大きくなると、その場から消えた。
俺達を、巻き込んで。
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