アーミーアント
「
かなの呼びかけに応じて、破壊の化身が現れる。その力が解き放たれ、蹂躙が始まる。俺たちを囲むようにして現れたアリの大群。アーミーアント達。一体一体のレベルは4や5と低いがその数は四十を超える。こいつら相手なら俺も戦えそうだが、数が数なので何とも言えない。
かなの素のステータスでも戦えそうなので数を増やすためにブレイカーを解き放ってもらったが、果たして勝てるのだろうか。いや、正直余裕だと思うが。
かなとブレイカーが動き出す。
森の少し開けた場所で数メートルの間合いを取って囲んでくるアーミーアント達との距離を一瞬で詰め、拳を叩き込む。一見すると固そうだった外骨格は一瞬で砕け、中身が爆ぜる。かなの顔はまたもやべとべとだ。
そのまま右へ左へ一匹ずつアーミーアントを仕留めていく。このままいくと、すぐにレベルアップしそうだな。ブレイカーが倒した奴の経験値もかなに行くし、俺も倒さなければ。
仲間がやられて焦ったのか、集団のうちの数体がこちらに寄ってきた。剣を構えて、向き直る。そのうちの一匹に向かって踏み込み、剣を振るう。その体を容易に切り裂き、絶命させる。囲まれると厄介なので一度距離を取り、もう一体。各個撃破を繰り返して、五体ほど倒したあたりで、戦場に変化が訪れる。
「――――」
増援だった。アリの群れが奇声をあげながらこちらに寄ってくる。その数は百を超えるだろう。全長一メートル近くのアリが百って、結構恐怖だぞ。かなりの速度で向かってくるな。アーミーアント。軍隊とか名前に入っているだけあって統率力は高いってか。これは厄介だな。
「
リリアがこれまたすごい名前の魔法を発動する。頭上に掲げられたその手に光がともり、その光から大きな水の塊が出現する。その水はやがて渦を巻き、あたりに散らばる。無数に放たれた水の弾丸は、次々とアリを貫いていく。それにその水の弾丸は一体倒しただけでは勢いが止まらず、二体、三体と同時に倒していく。
そんな魔法によって一気に数を減らしたアーミーアントだが、それでも百近い数が残っている。これ、いつの間にかまた増えてるな。
《熟練度が一定に達しました。剣術Ⅰを獲得しました》
ん?何事だ?
《剣術の熟練度が一定に達したことにより、スキル『剣術Ⅰ』を獲得しました》
スキルってそんなことでも獲得できるのか?
《『能力使い』の効力も発揮していますが、出来ます》
なるほど。慣れれば慣れるほどスキルが手に入るってことね。スキルについての研究はまた今度行うとして、その剣術Ⅰで何ができるんだ?
《『デュアルスラッシュ』、『ハードストライク』が使用可能です》
了解。じゃ、早速使ってみるか。
「
俺の剣に、光がともる。一歩踏み込み、アリに向かって剣を振るう。スキル剣術Ⅰを発動したからだろうか。先ほどよりもうまく振るえたと思う。しかし、先ほどと違うのは攻撃した後の隙を突かれたこと。攻撃の機会を狙っていたアリが背後から寄ってきた。
「やばい!」
今の俺は振り切ってしまっているためすぐに攻撃にはうつせない。俺の身のこなしではとてもじゃないが躱せない。これは、終わったかもしれない。そう思ったとき、腕が勝手に動いた。振り切った剣の軌道を急転換し、振り向きざまにアリの体を両断したのだ。
《デュアルスラッシュ:二連撃を放つ》
なるほど。デュアルって名前にあるもんな。これは助かった。
囲まれては困ると思い、距離を取る。ちらと周りを見ると、他の三人はほとんど無双状態だ。死体があたりに積み上がり始めた。これは、俺も頑張らなくてはならないかもしれない。
《ハードストライク:通常より威力の高い攻撃を放つ。ただし使用後僅かに行動制限有》
こっちのほうは今は使えそうにないな。まあ、別にいいが。
「
俺は再び、アリの大群に切りかかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
結局全部で三百を超えたアーミーアントの討伐に成功した俺達は、荒い息を吐いていた。と言っても荒い息を吐いているのは俺だけだ。他の二人は疲れた気配すらない。すでにブレイカーはかなの元に戻っており、この場にはいない。だが、最も功績をあげたのは彼だろう。いや、精霊に性別があるのかは知らないから彼という表現が正しいかはわからないが。
その素早さと攻撃力でもって一発で敵を仕留めては次の敵、というのを何の苦とも感じずにやっていた気がする。むしろ意気揚々と暴れまわっていた。きっとその腕によって優に百体を超えるアリがやられていっただろう。次に貢献したのはリリアだろうか。得意の魔法で広範囲に攻撃を仕掛けてかなりの数を倒していた。
そして次にかな、最後に俺の順で倒したはずだ。俺は全部で二十体倒したくらいだろうか。そして、かなのレベルは10、リリアのレベルは32となった。俺のレベルは9なので。今はかなと話せない。だが、今この状態のままで戦いたくない。もう正直言って疲労困憊なのだ。
また明日頑張ろうと思う。
この場にいる三人が三人とも会話を交わさぬままに帰ることになった。こういう時は空気が凍ってる気がして嫌だな。まあ仕方ないのだが。
ちなみに、レベルアップに応じてか剣術がⅡになって、精神強化がⅦになった。あれだけの数の生き物を倒してもなんともないのは、やはり精神強化のおかげなのだろう。今の俺にとってはありがたい限りなのだが、動物を殺しても何も感じなくなっているのはいいことなのだろうか。まあ、今この時は少なくともいいことなのだが。
「
その声が脳に響くより先に、ゆっくりと歩いていた俺の体が止まる。一瞬のラグもなく命令を受けたのは初めてだったので驚いたが、すぐにリリアのほうを見たことで察した。これは、やばいなと。
リリアの顔は、困惑で染まっていた。恐怖だろうか、驚きだろうか、ありえないとでも言いたげな顔だった。そして、何かを決意したような顔をすると、その腕を突き出す。
「
俺からでは姿も見えない敵がいるのだろうか。前方に向かって魔法を放つリリア。その爆風により、土が舞い、木々が吹き飛び、風が吹き荒れる。再びかなのエレメンタルフォース・アークプリズムに守られた俺は、リリアを注視する。
いつも笑顔のリリアが、急に態度を豹変させたのだ。驚いたって仕方ないだろう。このリリアというエルフの人物像は、ここ二日間共に過ごしたことでなんとなくわかっているつもりだ。常に優しく、余裕がある人だったはずだ。それが、どうして。そう思っていると、リリアが駆け寄ってくる。それを見たかなは魔法を解除して、リリアを迎え入れる。
リリアは俺とかなの腕をつかむと、魔法を発動した。
「
この前も使っていた転移魔法により、俺たちの体は一瞬にしてその場から消え去った。
そして次の瞬間には大木の家の中にいた。
はぁ、はぁ、はぁ
アーミーアントとの戦闘でも息一つ切らしていなかったリリアが、肩で息をしている。一体どうしたというのだろうか。リリアにしかわからない敵がいたのは確かだ。逃げ帰ってきたということはアトモスフィアブラストでも倒しきれなかったと判断したということ。それほどの強敵がいたのだろうか。
そうだとしたら、俺にはどうしようもない異次元の戦闘と言えるだろう。かなもまた心配そうにリリアを見つめている。かなからしても大切な人になりかけているリリアがこうも慌てていたら心配するのは当然だろう。ただ、俺たちには見ていることしかできなかった。
こんな時、言葉の一つもかけられないのは、どうしようもなくもどかしい。それがたとえ気休めの言葉でも、かけてあげればリリアだって落ち着くはずなのに。何もできない自分が、とても無力な存在のように思える。
何が精神強化だ。まったく効果ないじゃないか。
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