ジャイアントワーム

 アークスパイダーを倒した次の日、俺は昨日の朝と同じ状況に陥っていた。まあ、知ってた。

しかしこれ以上睡眠をとらないでいるとぶっ倒れることになる。寝かせてくれ。

 昨日はアークスパイダーを倒したのち何もなく家に帰ることができた。戻った時にはまだリリアはいなかったが、すでに命令が解除されたのか横になることができた。遊んでて、と言われたら体を動かしていなきゃいけないのは辛かったが、やっと休憩ができた。かなには風呂に入ってもらうことにして、俺は昼寝をしたわけだ。

 で、数時間もするとリリアが返ってきた。その手にパンをもって。


 ……なんて優しい人なんだろう。


 その日の午後はリリアの魔法鑑賞会をした。自然魔法というのはとても綺麗で見ていて面白かった。植物を操ったり、水を操って虹を作ったり。かなもとても嬉しそうにしていた。

 で、夜になるとまた三人で寝ることになり、同じ状況に陥った。精神的疲労はそこまでない。きっと精神強化のおかげだ。だが、身体的疲労が普通にたまってきている。三日もすればぶっ倒れるだろう。

 だがな、可愛らしい笑顔で一緒に寝よ? と言われて逆らえるわけないのだ。二重の意味で。


「眠い……」


 そして今日は、リリアとともに出かけることになった。一緒に戦おう、と言われたのだ。この世界に娯楽は戦闘しかないのか。ないんだろうな。 

 リリアとかなのステータスは既に遜色ない。どちらも四桁を超えるステータスが一つあり、他のステータスも全体的に高い。しかし、恐らく戦闘の経験の差でリリアが勝つだろう。スキルや魔法もリリアの方が豊富だしな。称号面でもリリアが上だ。


 この森は世界樹と呼ばれるだけあってかなりモンスターが多いな。種類も数も豊富で同じモンスターを今までに一度も見ていない。それに広いし、警戒しなくてはならないことは多い。気を引き締めていかねば。

 まあ、ここにいる三人で一番弱いのは俺なのだが。


ドドドドッ


(主様、何か来る)

(ん? ……ああ、なんか音がするな。結構大きい?)


 五メートルあるブラックファングも大きかったが、多分それより大きいぞ。そんな奴がこんな森にいるのか? 動きづらいことこの上ないと思うのだが。

 だが、この足元が震えるような振動と共に近づいてくる轟音は明らかに大きい動物の接近を知らせてくれていて……。


 ……


(これ、下から聞こえるよな)

(うん。地面の中に何かいる。ミミズ?)


 そんなちっこいのならいいな。


《報告:『解析鑑定』にて対象の詳細が判明。表示します》


 おおー、解析鑑定は地面越しでも使えるのか。


種族:魔獣・ジャイアントワーム

名前:なし

レベル:51

生命力:1345/1345 攻撃力:234 防御力:153 魔力:43/43 

状態:正常

スキル:自然治癒Ⅲ、状態異常耐性Ⅴ、精神強化Ⅴ、毒牙Ⅴ

権利:基本的生物権

称号:殺戮者


 また出た、殺戮者。そして初めて見るレベル50越え。手持ちが全員レベル三十以下でレベル五十に会ったら俺泣くぞ? まあそんな話はどうだっていい。だってこちらの連中とステータス的に大した差がないからな。

 防御力や攻撃力、魔力だってかなのほうが上だ。生命力が化け物だが。それに自然治癒も持っている。状態異常耐性もあるから毒とかも無理そうだ。さらに言えば、ジャイアントワームなんて名前だ。ありえないくらい大きいんだろう。


―――――下がって


 おっと、リリア様からのご命令だ。


(かな、一旦離れるぞ)

(わかった)


 踵を返して、距離を取る。振動はやがて俺たちの足元まで来る。地面に、亀裂が走った。地面が割れ、大きなミミズのようなものが飛び出してきた。体の色は肌色に近いだろうか。全長はおそらく二十メートルを超える。すでに十メートル以上の体が地上に出ているがまだまだ埋まっていそうだ。

 そしてその体の先端部には大きく開かれた口がある。全方位から歯が生えてきていて寄生虫の様だ。


「―――――」


 あたりの木々が震える。恐らくジャイアントワームの咆哮によるものだろう。えげつないな。その巨体を震わせて、リリアに向かって体当たりを仕掛けた。


―――――――――ウェーブオブミスト


《ウェーブオブミスト:霧状の水を押し出す》


 リリアの手のひらから出た霧が、ジャイアントワームの巨体を押し返す。大きく体を揺らしたジャイアントワームは木々をなぎ倒しながら数十メートルほど進んだ。だが、すぐに起き上がり地面の中にもぐってしまった。

 土が盛り上がっているのでどこを進んでいるのかはわかる。しかし先ほどよりも地上付近を進行しているからかより大きく足者が揺れていているな。地震のようだ。


(こっち、くる!)

(そうだな。どうするか)

(かなに任せて!)


――魔爪


 かなの腕に黒い光がともる。


(おりゃぁっ!)


 そんな可愛らしい声が脳内に響いてきた。別に俺に念話を飛ばす必要はないのだが。気合が入ると飛んでしまうのだろうか。


 かなはその拳を地面に叩きつけた。すると、地面に亀裂が入り、砕け散った。大きく弾け、地面だった岩が宙を舞う。そして、ジャイアントワームも飛び出してきた。全身ではなく半身くらいだが、宙に浮いていてかなり無防備な態勢だ。

 かなはその隙を見逃さずに攻撃を叩き込む。


 大きく跳ねて拳を振るう。鈍い音がして、ジャイアントワームの腹がえぐれる。その太い体が三分の一くらいの太さになり、緑の液体を見き散らす。体液だろうか、気持ち悪いな。かなの攻撃はそこで終わらず、さらに空中で蹴りを加える。器用なことをするものだ。そして、ジャイアントワームの体は二つに分かれた。


 かなはいったん地面に足をつけて、バックステップを踏んで俺の元まで戻ってきた。そしてもう一度攻撃を仕掛けようと足に力を入れたところで――


―――――――――アトモスフィアブラ――スト


 ――リリアが魔法を唱えた。特に見えないが何かが放たれたようだな。


《アトモスフィアブラスト:圧縮された空気を放つ》


ドオオオッ!


 あたりに轟音が鳴り響く。木々は根っこから抜け、岩は砕け、地面は爆ぜた。空に浮かんでいた雲は散り散りになり、周囲に風が吹き荒れる。その威力は、尋常じゃなかった。


 もちろん標的となったジャイアントワームの体はボロボロになり、塵となって消えていった。


「お、おい……これ、俺たちが死んでもおかしくない攻撃だっただろ……」


 かくいう俺はかなの防御魔法に守られたことによって事なきを得た。


《エレメンタルフォース・アークプリズム:精霊の力を使い障壁を築く。その防御力はその地に住まう精霊の力によって変わる》


 厚さが一メートル近くある半透明のドームが俺とかなを守ってくれた。そのドームは大きくひび割れており、あと少しでも風が強かったら割れていそうだ。


《『アトモスフィアブラスト』は『魔術・自然Ⅶ』で使用可能になる魔法です》


 つまりなんだ、リリアはリリアが使える最大火力の魔法を使ってきたってことか。


《その認識で合っています》


 なんてことだ。レベル24しかないリリアが使った魔法がレベル50のジャイアントワームを一瞬で消し去ってしまうとは。というか、リリアのレベルもさぞ高くなったんだろうな。


種族:亜人・ハイエルフ

名前:リリア

レベル:30

生命力:704/704 攻撃力:132 防御力:271 魔力:943/1654

状態:正常

スキル:ステータス看破、森羅万象、魔術・自然Ⅶ、魔術・治癒Ⅸ、自然治癒Ⅴ、魔力自動回復Ⅶ、魔法耐性Ⅴ、物理攻撃耐性Ⅵ、精神攻撃耐性Ⅷ、状態異常耐性Ⅳ、即死無効、鑑定眼、精神強化Ⅴ

権利:基本的生物権、植物支配権、世界の書閲覧の権利、魔術使用の権利、自己回復の権利、自己防衛の権利、見通す権利

称号:森の管理者、風の操り人、大魔術師


おお!? 一気にレベルが六も上がっている。レベル50を超えるともらえる経験値が倍増するとかそういうのだろうか。そして、どうやらリリアも精神強化Ⅴを手に入れたようだ。


(むう。かなの得物だったのに)

(そうカリカリするな。たくさんいるからな)

(わかった。違うやつを倒す)

(その前に体を綺麗にしろ。べとべとだぞ)


 まあ、半分に分裂されたという功績を果たしたかなからしたら手柄を横取りされたと思ってもおかしくはないだろう。あの状態ではまだ死んでおらず、リリアの魔法によってとどめを刺されたことでかなは一つもレベルが上がらなかった。とどめを刺した人にしか経験値は入らないのだろう。


「――――」


 そんなかなと違ってとっても嬉しそうな顔で歩み寄ってくるリリア。完璧な笑顔だ。その勢いのままで俺に抱き着いてきて頬ずりをしてくる。あの、俺はあなたのせいで死にそうになったのですが……。


 まあ、もとより俺はリリアの奴隷だ。この人の意思で死んでしまうのならば仕方がないのだろう。そう思えてしまったのは、どうしてだろう。

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