アークスパイダー

「ああー、ねみぃ……」


 昨日は結局寝られなかった。精神強化Ⅴのおかげか理性はもったが睡魔は強まる一方だった。それでも悶々とした中で寝るのも難しく、夜が明けた。そしていまだに二人は起きてこないのだからたちが悪い。

 二人ともぐっすりだ。


 眠り始めた頃みたいに抱きしめられていないとはいえ、無理に体を動かすと当たってしまう距離で、この気持ちよさそうな寝顔たちを見ていると起こすのも申し訳なくなる。結局、もう少し耐えるしかないのだった。


(みゅわぁ、おはよう、主様)


 可愛らしいあくびを俺の脳内に響かせながら起き上がったかなは、その目をこすってから大きく伸びる。その間脳内でみゅー、と何とも可愛らしい声が響き続けた。

 陽光に当てられてかなは起きたがリリアはまだ起きてこない。リリアの腕には力がほとんど籠められていないので抜け出そうと思えば抜け出せそうだが、俺から女性の肌に触れに行くのはどうにも抵抗感がある。……起きるまで待つか。


 追記、かなは二度寝した。


「さて、じゃあ今日も元気にお出かけですかね」


 日が昇ってから何時間が経っただろうか。やっとこのことで目覚めたリリアは眠そうなまま着替えだけ済ませて家を出て行ってしまった。遊んでて、と言われたが俺は眠い。しかし体は眠らせてくれないためにお出かけするしかないのだ。まあ、あんな危険な森には入りたくないのだが……。だけどかながやる気なんだよね。

 何かを殺すってのは本能的に楽しいものなのか、生き生きとしているのだ。まあ、本来獲物を捉えるのは嬉しいことのはずなので、おかしいことではないのだが。


 俺は剣を抜いてみる。もう手は震えない。精神強化Ⅴのおかげだろうか。だが、また動物を殺すのには、少しばかりの抵抗感がある。まあ、流石にかな一人で行かせるのは不安なのでついて行くが。

かなは強い。だから積極的に俺が戦う必要はないはずだ。


(主様、行こ!)


 かなは楽しそうな笑顔でそう脳内に語り掛けてきた。


 俺がどうこう以前に、この笑顔を守り抜かねば。そのためだったら、まあ動物を殺したって仕方ないよな。


――――――――――エレメンタルフォース―――――――――・ウィンドカッター


 かなが何やら手を突き出した。すると、目の前にいた猿型の魔獣の体に少しずつ切り傷がついていった。切り裂くほどの威力はないようだが、目に見えない風の刃を無数に飛ばす魔法らしい。そして少しずつ傷が増えてきた猿型の魔獣はやがてその動きが鈍りだし、倒れた。出血多量とかそんなところだろう。


 こいつのレベルは8だった。そこまで強くなかったな。


《報告:個体名かなのレベルが上昇。個体名かなのレベルが5になりました》


 上がったレベルも一だけ。スキルが新たに手に入ったりもしなかったようだ。でも、自分よりレベルが高い相手を倒したら最低でも一レベルが上がると仮定すると、かなが後二体倒すまでに俺が一体は倒さなくてはならない計算になる。正直嫌だな。

 かなが嬉しそうなのがよくわからない。殺すことって、そんなに楽しいのか?


(主様、やった!)

(ああ。かなはすごいな)

(えへへ)


 まあ、そうは言ってもこうも嬉しそうなのにそれを否定するのも申し訳ない。かなが楽しそうならそれでいいか。


はぁ、はぁ、はぁ


 かなが荒い息を吐く。あれだけ動いたら、まあああなるだろう。相手は蜘蛛のような魔獣。糸を飛ばしてくるから無理に近づくことが難しい。魔法で応戦しようとしても遠距離での攻撃の制度と速度では相手が上。魔法発動のために立ち止まるとすぐに糸を飛ばしてくる。射程では勝っているはずだが離れすぎると逃げられるだけなのでその手はとれない。

 今までに三回接触に成功しているがそのすべてを足で防がれている。1000近い攻撃力を持つかなの攻撃を完全に防ぐことはできず、三本の足を消し飛ばしたわけだが、それでも相手にはあと五本の脚が残っている。機動力が落ちたとは言えど戦闘不能なほどではない。そのうえ体の大きさは全長三メートルほど。大きいために体の一部に攻撃しただけでは最後の力を振り絞ってカウンターしてくる可能性もある。


 レベルは45。その名をアークスパイダー。魔糸というスキルを持っているため糸の強度が高まっており掴まると厄介だろう。他には脅威になるようなスキルはなく、しいて言うのなら毒牙を持っているっていうことくらいか。これは噛みつかれなければ大丈夫だろう。それと精神強化Ⅴを持っていた。

 権利や称号で新しいものはなかった。殺戮者の称号があったがな。俺の役割はそういう相手の情報をかなに教えることだけ。かなが手を出すなというのだ。仕方ない。もとより、俺が参戦したところで戦力にはならんがな。

 かなが蜘蛛と戦闘している横で一応周りを警戒しながら立っているだけだ。


 戦闘開始から五十分がたっただろうか。さらに蜘蛛の足を一本削り、残り四本。かなも二度三度反撃を受けているが回復魔法を使う余裕くらいはあるようだ。その傷はすでにふさがっている。

 しばらく戦闘の様子を見ていて分かったのだが、かなはかなりフェイントがうまい。

 その猫科の素早さを生かして右へ左へ体を揺らして相手の狙いをずらし、近づいていくのだ。時には木などを蹴って急に方向を転換したりして懐に潜り込んでいる。戦い慣れているようにすら見えるのだから、本当にすごい。才能というものだろうか。


 蜘蛛の生命力は残り四分の一を切った。かなり消耗のペースが遅かったが相手のレベルを考えれば妥当だろう。俺がこの前たまたま倒したブラックファングと同じくらいだが、この辺ではレベル40越えは珍しくないのだろうか。そして、ついに終わりの時が訪れた。


――魔爪


 かなの腕に光がともる。なんとなく黒いオーラみたいなやつだ。懐に潜り込んだかなが、蜘蛛の腹に拳を叩きこむ。


ギュギャ


 筆舌に尽くしがたい音が聞こえてきた。かなの腕が蜘蛛の腹に突き刺さっていた。そして、爆ぜた。


「えっ……」


 魔爪の効果だろうか。黒い光が蜘蛛の内側から沸き上がったかと思うと、その体が爆ぜたのだ。あたりに蜘蛛の破片が飛び散る。あの、気持ち悪いんですけど。


(主様、やった)


 なにやら誇らしげな顔でかながこちらにブイサインを向けてきた。あの、蜘蛛の破片が顔についてるから落としてね?


《報告:個体名かなのレベルが上昇。個体名かなのレベルが8になります》


 あらら、また越されちゃったか。


《警告:――


 あ、いいよ。わかってるから。


――了解しました》


種族:獣人・黒猫人

名前:かな

レベル:8

生命力:27/67 攻撃力:95 防御力:54 魔力:43/64

状態:制約・隷属(保留中)

スキル:魔爪Ⅱ、魔術・精霊Ⅴ、精霊召喚、精霊使役Ⅹ、精神強化Ⅴ

権利:精霊使役権


 かなのステータスを精霊の力による上昇分を除いて表示してもらっている。レベルが上がったことにより全体的にステータスが伸びているのと、新たに精神強化Ⅴが手に入っている以外には変化がない。まあ、制約・隷属は保留中となっているが。

 しかし、かなは本当に強いということが分かった。精霊の力によりステータスが上がっているとはいえ、レベル的には圧倒的に差がある相手に勝っているのだから。蜘蛛のステータスは全体的に高かったが、それでもかなのステータスにはかなっていなかった。唯一負けていたのは恐らく経験だが、それすらもかなの成長速度が速いことにより打ち消していた。

 完璧な強さだと思うよ。


《報告:レベルが上昇しました。レベルが8になります》


 お、どうやら間に合ったようだ。俺は、今まさに刺殺した兎から剣を引き抜いた。


種族:魔獣・角兎

名前:なし

レベル:9

生命力:84 攻撃力:54 防御力:60 魔力:43

状態:死亡

スキル:魔角

権利:基本的生物権


 ちょうどこちらに向かって攻撃を仕掛けてきたので返り討ちにしておいた。かなの戦闘を見て思ったが、力を入れる向きと攻撃の向きを同じにすれば威力が相対的に上がるようだ。俺でもかなりうまく剣を扱えた。兎の芯をついて突き刺すことが可能だった。


《報告:精神強化の熟練度が一定に達しました。精神強化Ⅵへと進化しました》


 なんでだろう。最初に動物を殺したような不快感に襲われることはなかった。

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