かな

「これ、持てるか?」

「にゃ?」


 流石に言葉の意味までは分からないらしい。だが何かを伝えようとしているとことはわかるのだろう。俺が差し出した巻物に鼻を近づけて匂いを書くそいつ、獣人の娘。

 俺を敵視していないのかこの至近距離にもかかわらず攻撃はなし。とても野生生物だとは思えない。むしろ、俺に懐いている様子すらある。やっぱり、あの野良猫なのかもしれない。もしそうだとして、どうしてここにいるのか、どうして人化しているのかなど色々と疑問は沸くが、何より信憑性を高めるのは基本的生物権を持っていない事。それはつまりこの世界の生まれではないということの証明。この獣人は明らかに異世界から来たということになる。

 条件的にあり得ない話ではないだろう。


 だとしたら精霊使役権を持っている理由がわからなかったりするのだが、俺だって生きようとする権利を持っていた。もしかしたら異世界に渡るときに権利を一つ与えられるのかもしれない。そうなるとこの野良猫には生存権がないのだが大丈夫だろうか。

 まあ、俺にも明確に生存権が与えられいるわけではないし、問題ないか。


 で、俺はこの子を使い魔にしようとしていた。強さとして申し分ないし、俺に懐いている様子だ。仲間になってくれれば心強いし、意思疎通が可能になればあの野良猫なのかの確認も取れるはずだ。いや、元猫が喋れるかも怪しいか。


 そして、獣人は俺の意図をくみ取ったのか、巻物を握った。すると巻物が青く輝きだし、弾けて消えた。そしてチリのようにあたりに散らばって消えた。俺がリリアにやらされたのと似ているが、あの時よりも光が弱い気がする。拘束力に差があるからだろうか。


「どうだ?」


《報告:対象の状態が制約・隷属に変化しました》

《報告:上位者権限を獲得。対象に対する一定の命令権を獲得しました。念話により意思疎通が可能になりました》


 おお。意思疎通は念話、つまりテレパシーみたいなものでやるのか。それなら大丈夫かもしれない。猫にだって自我はあり、意思はあるんだから、それを俺に念話、つまり意思という形で伝えるのなら問題なく理解できるだろう。


(俺の声が聞こえるか?)


 念話、というからには念じるのだろう。俺は目の前の猫耳少女へと言葉を届ける感じで念じた。


(主、様?)


 お、おお! おおおお! 俺は感動しているぞ! 声が、声が頭に直接響いてくる! これが、念話ってやつか! 森羅万象による翻訳と違ってクリアに聞こえる! しかも声可愛いなこの子!


(おう、主様の司だ。よろしくな、かな)

(かなっ! 私の名前!)

(お、覚えてたか)


 かなというのは俺が野良猫に就けていた名前だ。魚が好きで、腹から尾のほうにかけて食べていたから、さかなの真ん中から後ろでかな。まあなんだってよかったんだが。なんとなく思いついたのがかなだったので、かなと呼んでいた。

 一番最初に浮かんだのは黒だったが、俺は普段黒江のことを黒と呼ぶので即却下となった。


 しかし、これで確証が取れたな。こいつは、俺が学校で飼っていた野良猫だ。


(うん! 主様も、かなのこと覚えててくれてた!)

(忘れるわけないだろ。あれからまだ半年しかたってない)

(半年? ……かな、分からない)

(あー、そういうのはわからないのか。半年って言うのはな、昼と夜が約百八十回来たことを言うんだ)

(昼とー、夜がー、いっぱい? ……わからない)


 やはり猫には難しいのだろうか。人化したことにより知能レベルも上がっているはずなので、教えれば理解できるとは思うのだが。普通に言葉は理解して念話しているようだし、いずれは算数とかだってできるようになるだろう。そうなったら俺が教えてやろうかな。


(主様、ここどこ? かなわからない)

(俺にもよくわからないんだがー、危ない森かな。怖い動物がたくさんいるんだよ。多分)

(えー、じゃあ隠れたほうがいい?)


 怖い動物と聞いて隠れるのは、まあ野良猫としての本能だろう。気持ちはわかるが、君はとんでもなく強いんだからな?


(それもいいけど、かなにはちょっとやってもらいたいことがあるんだ)

(何?)

(その怖い動物を倒してほしい。かなの力なら、出来るはずなんだよ)

(……やってみる)


 お、やる気みたいだな。まあ、仮にも肉食獣。好戦的ではあるのだろう。いや、肉食獣イコール好戦的ってのもおかしい認識だとは思うが。


(やってくれるのか? ありがとうな。じゃあ、早速探すとしようかな)

(それは大丈夫。かなにまかせて)

(ん? わかった。何をやるんだ?)


――――――――エレメンタルフォース・ワイドサーチ


 いや、ふざけんな。お前にゃーしか言えないはずだろ。もしかして魔法の呪文に関しては別なのか?


《魔法の発動に必要な呪文は、この世界での意思疎通と同系統の暗号を使用しています》


 なるほどね。つまり、魔法の発動にはこの世界の言葉を使うわけだ。


《暗号を使用し、世界に干渉することで世界改変権の一部を使用し魔法を発動させています。それに必要な権利が『魔術使用の権利』です。しかし、個体名:かなの『魔術・精霊』は精霊の力を行使して発動するため、『魔術使用の権利』は必要ありません》


ほ う、そういう仕組みなのか。要約すると、魔法はこの世界の公式チートでコマンドを使うには権利が必要、と。だがかなの場合は精霊の力を使うのであってかなが魔法を使うわけではないのだから問題ない、と。

 つまりそれは精霊は皆魔術使用の権利を持っているって認識で良いんだよな?


《その認識で合っています》


 了解。わかりやすい説明ありがとう、しんさん。あと一つ聞きたいんだけど、さっき解析鑑定を使ったときはかなの名前はなしになってたよな? どうしてかなって名前が登録されてるんだ? 名前って称号なんだろ? そう簡単について良いのか?


《問題ありません。名前の決定権は親、もしくは上位者に与えられます》


 ふーん、なるほど。俺がかなと契約して上位者になったことで名前を決められたのか。というか、名前なしのやつらはつまり親に名前をもらえなかったってことなんだな。獣人や亜人ではそれが普通なのだろうか。うーむ、分からん。

 しかしまあ、今はそんなことどうだっていいのだ。で? かなはどんな魔法を使ったんだ?


《エレメンタルフォース・ワイドサーチ:精霊の力を使って広範囲を索敵する》


 簡潔、だがしかし強力。そんな魔法だろう。広範囲ってのが具体的にわからないが


《その地に住まう精霊の力のある限り無限に索敵します。世界樹には多くの精霊が住み着いているため、世界樹全体、及びその周囲十キロほどの策敵が可能でしょう》


 ……そんな広範囲を索敵したらかなの脳に負担がかからないか? 普通にオーバーフローだと思うんだが。


《問題ありません。個体名:かなの制約精霊の力により演算、簡潔化されて個体名:かなに伝達されます。その過程で情報過多による不可は限りなく零に近づきます》


 なるほど。だったら安心だ。


(主様、あっちにいた)

(ん? 終わったのか)


 というか地味に力を使いこなしているかなに驚きが隠せないよ。だが、それ以上にやり遂げたような顔をしているかなが可愛かった。


(ありがとな。助かった)

(えへへ。でも、まだやることある。かなが、敵倒す)

(おう、頑張ってくれ)


 うーん、やはりかわいい。頭を軽く撫でてやると気持ちよさそうに目を細めてされるがままになっている。こういうところは猫のまんまなんだなと思った。急に知らない場所に送られてきたが、こういう可愛らしいものを見ていると心が安らぐ。もう少しだけこうしていたいが、そうもいかない。

 早速、かなが見つけてくれた得物を狩りに行くとしよう。

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