試練と再会
俺は今、薄暗い森の中を歩いている。木の葉の間を縫って射してくる光だけではどうしても不安で仕方がない。ガサガサと草が揺れるたび大きく自分の肩が震えるのが分かる。足もガクガクだ。腰に差してある剣の柄にかける手も震えているので咄嗟に引き抜けるか不安だ。
俺は、どうしてこうなったんだ、と思いつい数分前のことを思い出す。
――
――――
――――――
リリアに剣を渡された。この剣はどうやら圧倒的な強さを誇るらしく、俺にはもったいないとまで思ったがどうやったってリリアは俺に渡したいらしい。そんなわけで俺は剣を腰に差したわけなんだが
「
そう言われた。俺も最初は何を言っているのかわからず疑問符を浮かべていたが、少し考えて理解した。つまり、もらった剣で戦って、制約の巻物で使い魔を確保しろということだろう。
俺にできるだろうか。と言っても、俺には拒否権などない。
しばらくすると体は勝手に動き出し、リリアに手を振りながら森の中に入っていくことになった。そして、森に入って数分後、体の操作権が俺に戻ってきて、今に至る。
――
――――
――――――
ガサガサ
「ひぃっ!? な、なんだただの風か……」
俺、ビビりすぎでは? とは思うもの肝試しやお化け屋敷とは違う怖さがある。だって、こちらは実際に出る。それも、あったら最後殺されてもおかしくないような奴が。命の危険があるのである。特に俺みたいな雑魚ではすぐに死んでもおかしくないはずだ。
いくら強い武器をもらっても俺はど素人。剣道すらしたことはなく、しいて言うのならチャンバラ程度。だがそのチャンバラも木の枝だし重さが違う。いくら短い剣とはいえ重さが違いすぎる。
簡単に振り回せるものじゃあないし、きっと振り方にだってコツがあるはずだ。
練習すれば慣れるとしても今の俺には到底不可能である。こんな時に敵に出てこられたらたまったもんじゃない。だからこそ必要以上にビビっているのだが。
しかし敵との遭遇を願わないばかりでは一生帰れない。なぜなら俺に命じられたのは戦え、であり捕まえろ、である。敵を一匹でも倒し、使い魔を用意しなくては帰れないのだ。
可愛い子には旅をさせよとは言うが、俺としては御免被る。しかし、何度でもいうが俺に拒否権はない。やれと言われたからにはやらねばならぬのだ。
「はぁ……適当に弱そうな虫でも倒したらちっこい動物を使い魔にして帰ろ……」
それすらも危ういと思われるのは重々承知だが、逆に言えばそれ以上のことなど不可能と言えるのだ。まだましと考えて最善を尽くそう。
ガザガザガザッ
「うわっ!? こ、今度は何だ!?」
確実に風で草木が揺れたとかではなかったぞ!? 何かが背の低い草をかき分けてきている? 右の方だな。
俺は剣を引きぬき、申し訳程度に音が聞こえた方向に構えた。きっと客観的に見たらものすごく弱弱しいだろう。だって相手の姿を見てすらないのに腰が引けている。うん、無理。
森羅万象さん、解析鑑定で相手の情報を確認できませんか?
《解析可能な圏内に入っておりません》
あ、はい。もう少し待ちます。待ったら死ぬかもだけど。だが、それしかないだろう。こちらから突っ込むのもあほらしいし。見えない敵に挑むことよりも怖いことはないのだ。
そして、音が近づいてきた。
ガザガザッ
ドタドタッ
草をかき分ける音と同時に何者かが地面をける音も聞こえる。音の間隔からして四足歩行の動物だろう。背は俺の膝丈よりも高い草に隠れるくらい。全体像はつかめないが、一メートルは超えるだろう。かなりの速さだ。そして、一瞬ちらと見えた黒く細いもの。恐らく尻尾だ。
俺の記憶を探る限りだとあの形状の尻尾を持っているのは猫か猿だろうか。どちらにしたって、野生の奴らでは凶暴で危険だとされている。ちっこい猫ならともかく、一メートルを超える全長を超える猫科は普通に恐怖だろう。
で、すでに目の前である。
黒い何かが、俺の前の前に飛び出してきた!
「ぎゃぁっ!? あああ……ああぁ、ああ?」
――のだが、俺の足元に着地して、その舌で俺の足をなめてきた。ど、どうしたというのか。危険な野生動物ではなかったのだろうか。足元にいるのは分かるのだが上からでは草が姿を隠してよくわからない。全体像が確認できないんじゃ相手が何かもわからないぞ。
《報告:『解析鑑定』にて対象の詳細が判明。表示します》
種族:獣人・黒猫人
名前:なし
レベル:1
生命力:189(+172) 攻撃力:948(+893) 防御力:284(+268) 魔力:348(+329)
状態:正常
スキル:魔術・精霊Ⅴ、精霊召喚、精霊使役Ⅹ
権利:精霊使役権
……落ち着け。落ち着くんだ。色々と分からないことはあるが落ち着け。よし、一つずつ確認していくとしよう。俺の足元にいるの、獣人だ。しかも猫の。つまり、猫耳人間が俺の足をなめてるってことだ。……男だったらこのまま串刺しにする。
そして次に、レベルが1のくせにステータスが異常に高い。攻撃力などあと少しで四桁になる。防御力だってリリアより上だ。魔力と生命力に関してはリリアの方が上だが、二人が戦ったらどうなるかわからないんじゃないか?
いや、レベル差があるってことは経験の差があるってことだ。さすがにリリアが勝つだろう。
あと、スキル欄がおかしい。精霊に関するスキルが詰め込まれている。まあ、それもそうだろう。 この獣人が持っている権利が、精霊使役権だからな。
《魔術・精霊:精霊魔法を使用できる。レベルにより扱える魔法に違いがある》
《精霊召喚:制約精霊を呼び出す》
《精霊使役:制約精霊を産み出す。クールタイムはレベル分の500日》
《精霊使役権:精霊に対する絶対的上位者となる権利。付属スキル:精霊魔術Ⅴ、精霊召喚、精霊使役ⅹ。副権能:精霊能力共有》
《能力共有:制約精霊の能力を自身に付与する。その地に住まう精霊の力を借り受けることが可能》
……なんだろう。こいつもチートじゃないか? 精霊に対する絶対的な上位者権限と精霊の力を使いこなすためのスキル。そして精霊の力を自身のものとする精霊能力共有。この異常なステータスは精霊能力共有によるものだったのか。だったら納得だ。きっとかっこ内の数値が精霊の力による上昇分なのだろう。……つまり、すでに制約精霊がいるというわけだ。召喚されたら終わる。まあ、召喚されなくても終わるがな。
「あ、あのー……」
もちろん話して伝わるわけがない。だがいまだに足をなめられる感覚があり、離れてもらえないのでどうしようもない。だが変に刺激して攻撃されるのは勘弁だ。しかし、ここで少しおかしいことに気づく。
あれ? この獣人に基本的生物権があったか?
「にゃ?」
そんな声が聞こえた。これは、ありえないことだと思う。だって、この世界のすべての生き物が発する声は声帯で生み出された暗号で、例え鳴き声であってもこんなクリアに聞こえることはないはず。
だから、おかしい。こいつには、基本的生物権はない。
そして、俺の声に反応したのか、獣人が体を起こす。
基本的生物権を持つ生物は、その耳が暗号を理解するためのデバイスと化す。生命体が発する咆哮、鳴き声、泣き声、喋り声などのすべての声はすべて暗号化され、耳はその暗号を受け取るための器官となる。だから、俺の声は理解できない。そのはずなんだ。だが、明らかに反応した。やはり、こいつには俺の言葉が伝わっている。
獣人が、体を起こした。その身長は百四十センチメートル無いくらいだろう。いや、もしかしたらもっと小さいかもしれない。耳は上に三角の形で付いており、髪と同じ黒色だ。それなりに良い身なりで、土で汚れてはいるが可愛らしいデザインの服を着ている。白を基調としたワンピースタイプの上に、淡い紫色の羽織り物を身に着けている。
手には下について走っていたからかかなりの土がついており、擦り傷もある。まあ、生身の肌で歩けば石などに当たって怪我も負うだろう。そして黒く細長いしっぽ。ゆらゆらと揺れているのが背中越しに見える。
そしてその顔。一言で言ってしまえば、美少女だった。もちろん黒江ほどではないが、かなり整った顔立ちをしており、幼さを感じる半面、美しいとも思えた。
その瞳は黄色、というか黄金色で、見るものを引き付ける魔力のようなものを感じられた。
「にゃー?」
そして、この鳴き声。俺、知ってるぞ。こいつ、俺が昔学校で飼っていた猫だろ。鳴き声がそっくりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます