大木の家

――――ちょっと待ってて


 リリアも絶対服従の使い方に慣れてきたのだろうか。お願い口調ではあるが俺にたいして命令を連発するようになった。ついて行っているのにこの階段を上ってだとか、この扉をくぐってだとか。

 もしかすると喋れないはずの俺に意思を伝えるのが楽しかったりするのかなとも思ったが、ハイエルフの女王がそんな純情なわけがない。わけない、よな? ハイエルフは長命種だから見た目通りの年齢とは限らないわけだし。でも、常ににこにこしながら俺に話しかけてくるのを見ていると、そうなんじゃないかと考えてしまう。まあ、だから何だということではない。

 たくさん俺に命令したところでリリアにはたいして損はない。少しずつ魔力が減っていっているが、微々たるものだ。回復量のほうが多い。


「それにしても、ここはどこだ?」


 大木をくりぬいて作った家だと思われる。だが、ここがリリアの家なのだろうか。

 リリアはハイエルフの女王なのだからもっと豪華なお城とかに住んでいるのだと思っていたが、違うのだろうか。まあ、森の管理者が森にいるのはおかしなことではない。だとしても、女王なのに配下の一人もいないというのはどういうことだ?

 ここに来てからはリリア以外の動物を見ていない。植物はたくさんあるが、ステータス看破を使っても特別な個体などはいない。どれも普通の植物の範疇だろう。

 中には確かに草のくせに俺より基礎能力値が高いやつもいたが、スキルなどはろくなものは持っていない。基本的生物権はあるが。

 なんで植物にすらあるのに俺にはないんだよ畜生。


――――入って


 待てと言われて入口の外で待っていたのだが、リリアは部屋の内側からそう言いながら手招きをした。

 大木の内部は優しい茶色で、くりぬかれただけではなくしっかりかんなをかけたようなつやがある壁に覆われている。全ての部屋にドアはなく筒抜けで、入り口は丸くくりぬかれていだけ。その入り口も角が立たないようにしっかりと丸く加工されていて、かなり繊細なつくりだと理解できる。

 どうやったらここまで細やかに木をくりぬけるのだろうか。植物支配権とかが関係しているのだろうか。もしくは魔術・自然とか。何ともそれっぽい名前をしている。


 そして案内された部屋の内装は簡単に言えばLDKダイニングリビングキッチンだろう。少し大きめの食卓とそれを囲むように並べられた六つの椅子。全てこの大木の内側と同じ木でできているようだ。

 他にも木製の椅子や食器棚。その中にお皿、コップ、スプーン、フォークなどが見受けられた。何とも庶民的な気もするが、この世界ではすごい方だったりするのだろうか。……いや、お城があった時点でそれはないか。


――――ここに座って、――――」


 リリアはそう言いながら食卓の周りにある椅子の一つを引いた。キラキラした瞳をこちらに向けて、嬉しそうに。


 おいおい、ハイエルフの女王がそれでいいのか? と思いもしたが体は勝手に動く。ちなみに、手錠はすでに外してもらっている。リリアがブレイク・スペルと言った途端一瞬光り、手錠の一部がはじけ飛んだのだ。どうやらあれは魔道具だったらしく、その魔法の効果を消したらしい。

 森羅万象の受け売りだ。


 リリアは俺が大人しく木製の椅子に腰かけると、椅子をちょうどいい距離まで押していそいそとキッチンのほうに向かう。まさかとは思うが、料理をふるまってくれるのだろうか。いや、それはないだろう。いくらなんでも奴隷の俺にこの食卓で食事を出してくれるわけが――


――――冷めないうちに食べてね?


 ありました。というか、食べてね? が命令なの怖すぎだろ。こんな優しい言い方されたらもとより食べないなんてことはないが、強制力が働いていると考えると怖いよな。


 まあ、どちらにしても俺に食べる以外の選択肢はない。取り合えず目の前に置かれた料理に目を向ける。大きめの木製のお皿に載せられた何かの野菜たちのサラダ。木製のお椀に入れられた何かの野菜のスープ。俺がいた世界の植物に似ているがどんなものかはわからない。

 既に処理されてから時間がたっているからなのかはわからないがステータス看破も反応しない。

もしかするとこういう時に植物図鑑があると何が使われているのかわかるのかもしれない。


《『植物図鑑』の能力なら可能でしょう》


 森羅万象では不可能なことなので確かに便利なのかもしれない。まあ、そんなことを言うと森羅万象さんが拗ねるかもしれないので控えることにする。


《ご配慮感謝します。しかし、私には嫉妬などという感情はございませんのでご安心ください》


 まあ、どちらにしても責める理由もないのでこれ以上は何も言わないが。で、その植物が原材料であること以外何もわからないその料理たちだが、俺は果たして食えるのだろうか。食える食えないに関係なく食うことは強制だが。

 うじうじしても仕方ないので食べることにした。


 取り合えず一番量がありそうなサラダからだ。見た目はレタスやキャベツに似ている。というかまんまだ。触感は、似てるな。味もほとんど変わらないだろう。やはり進化の過程でどうなろうと最終的にはこうなるとかあるのだろうか。

 世界が変われば環境も変わるだろうから何とも言えないが。それにしても、これは果たして料理というのだろうか。もちろん、俺のために作ってくれた料理であることには変わりない。変わりないのだが普通美少女からの料理ってもっとこう凝ったものじゃないのか? とか考えてしまう。生野菜をちぎって盛り付けただけだといまいち味気ない。まあ、文句を言っても伝わらないし、食わせてもらってる立場で言うわけにも言わないのだが。


 次にスープを頂くとしよう。……程よい野菜エキスが染み出したスープだな。……ごめん、ただのお湯。人参らしきものや玉ねぎらしきものが入っているが、それ以外の味はしない。うん、ほとんどただのお湯。

だが、文句は言えない。


「うん、うまい」


 言っても伝わらないのはわかっているのでできるだけ笑顔で満足そうな顔を演じてそういう。それを俺が美味しいと言ったと思ったのだろう。実際言ったが。リリアは嬉しそうに笑って軽く跳ねていた。

 ……いや、マジでハイエルフの女王大丈夫?ちょろすぎない? なんて思いもしたが、もしかしたらと考えていたことはある。


 このエルフ、ボッチなのでは? と。

 この森に来てからリリア以外の動物は見ていない。そしてみんなで囲めるような食卓、複数人用の食器、大人数でわいわい出来そうな広いリビング。そして俺に対するこの態度。大人数で一緒に遊びたい願望がありありと伝わってくる。だからもしかしたらハイエルフの女王のくせに一人なのかもしれない、と思ったのだ。

 最初はそんなわけないとも思ったが、ここまでの行動を見てやはりそうなんじゃないかと思えた。俺に料理をふるまって美味しそうにしてたら子供みたいに驚く。きっと今までまともに遊んだ友達もいないのではないだろうか。

 もしかすると話し相手というか遊び相手が欲しくて俺を買った可能性すらある。


――――もっと食べて!


 何だろう。脳に響く翻訳されただけの声にも抑揚がついてきたな。


《報告:森羅万象の翻訳機能の熟練度が一定に達しました。翻訳の精度が向上します》


 そんなこともあるのかよ!? そりゃずげぇ。


 そんなことを思いながら、少し視線を横にずらす。そこにはやはり目を輝かせ、嬉しそうに笑っているリリアがいた。出会って間もないが、なんとなくどんな奴か分かった気がする。


「はいはい、野菜をこれだけ食べても腹は膨れないのでたくさん食べますよー」


 どうしてだろうか。野菜の味が先ほどより少しだけ甘くなった気がした。

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