あの、俺はどうなるのでしょうか
基本的生物権。それはこの世界に生まれたすべての生き物に与えられる、生存権のこと。
付属スキルとして必ず意思疎通が備わっており、どんな種族であろうと声帯があれば会話が可能になるらしい。そして、その権利を俺は、持っていない。
「あの、俺はどうなるのでしょうか」
生存権を持っておらず、頼る人も物も場所もない。何より、この世界に生まれたすべての生き物に与えられる、ということは俺はこの世界の住人ではないということの証明だろう。
つまり、寝ている間に異世界転移したか、召喚されたか、もしくは転生したというわけだ。これが夢だという可能性に賭けてもいいが、分が悪すぎる。
結局の話、ここが異世界であることに変わりはなく、この世界の住民との意思疎通はおそらく不可能。大した力もなく、生き残るすべを知らない。
獣人や亜人という生き物がいることはわかったが、逆に魔物などというやつらがいる可能性もある。
それでなくても獣は危険だろうし、夜になったら最後、死ぬと考えて間違いない。
万が一俺が動物やらに勝てたとしても、それからどうするすべもなく……正直、絶望である。
「本当に、俺はどうなるのでしょうか」
誰に言ったわけでもない言葉が虚しく草原に散っていく。俺、泣いてもいいかな。
ただ寝てただけなのに、いつの間にか異世界で、何もできずに死ぬかもしれないんだぞ? ちょっとずつではあるが歩いているのだ。だが、街らしきものが見えることもなく、見えると言ったら雪をかぶった山くらいだ。富士山より高いぞ、あれ。形としてはエベレストみたいな感じか?
他にも森が見えなくもないが、遠すぎる。地平線のギリギリに木の頭部分が少し見えるだけだ。
それに、森のほうが生き物が多いだろう。きっと草原よりも危険だ。
となると、森も山もない方に進むしかないんだが……こっちには何もなさすぎる。
かれこれ一時間は歩いたが、景色は何一つとして変わらない。俺の歩調で一時間も歩けば三キロくらいは歩けるだろうが、何も変わっていない。もう、だめかもしれない。
諦めたっていいが諦めて何があるわけでなく、この場合の諦めは、諦めも肝心、とかの諦めではなくすなわち死である。
帰る場所がないというのが、ここまで心細かったとは。
「そう言えば、黒江はどうしているだろうか」
海外出張中の大手企業の副社長の父、日夜裁判所で働く弁護士の母。
どちらも帰ってくることなど滅多になく……いや、もう帰って来ることはなかったのだろう。
予想は着いていたし、見限られたとも思っていた。ああ、分かりきっていたことなんだ。
だから俺は黒江と二人暮らしを始めた。
それからずっと、黒江は最愛にして唯一の家族である。大切にしてきたつもりだし、これからもずっと大切にするつもりでいた。
だが、それもかなわぬ夢となったわけだ……。
「そう簡単に、諦めたくはないな」
結局、俺みたいに弱いやつには死ぬ決意なんてできないわけで。どうにかして生き残れないものかと、思案する。だが、そう簡単にはいい案は出てこない。
希望的観測を述べるのなら、通りすがりの旅人が通りかかるとかなのだが、無理があるというもの。
ゴロゴロ
「ん? 何の音……馬車?」
後ろからものすごい轟音が聞こえると思ったら、馬車がこちらに近づいて来ていた。
あの、いくらなんでも都合よすぎませんか? どうせあれだろ? この馬車山賊とかで殺される落ちなんでしょ? わかってるんだから。
その馬車は、俺の前の前で止まった。
ぶつかるんじゃないかと身構えたが、その心配はなかったらしい。
そして、御者に目を向けた。額に、角が生えていた。
「え……え?」
鬼、ですか?
お、落ち着くんだ俺。こういう時こそステータス看破だろ。
種族:亜人・鬼人
名前:なし
生命力:146/146 攻撃力:123 防御力:98 魔力:72/72
状態:正常
スキル:なし
権利:基本的生物権
あ、はい。これ無理です。鬼って人なのか? とか、名前なしって何? とか現実逃避する方法はあるが、今回も無謀だ、やめておこう。
まず第一にステータスが俺の数倍ある。無理だ。いや、まず第一も何もそれで完結しているのだが。
身長は二メートル以上。まさに鬼の形相をしており、額に一本の黒光りする角。肌の色は褐色の様で、衣服代わりに何かの毛皮を身にまとっている。
腰には剣のようなものを差しており、こちらをすごい目で睨んできている。一瞬で殺されそう。
なんて考えていたら、馬車から他に二人ほど鬼人が下りてきた。
ステータス看破を使ったが、以下同文、的な感じで特に新たな驚きはなかった。
「――――」
そのうちの一体が、俺に何かを語りかけてきていた。しかし、案の定俺には伝わってこない。
動物の鳴き声どころか、機械のノイズのようにすら聞こえる。だが、耳障りではないんだよな。ただ理解できないだけ。
俺の理解できていない様子を見て感じ取ったのか、鬼人が首をひねる。
そして、俺の首根っこをつかんだ。
「あの、俺はどうなるのでしょうか」
先程から何度も言っている気がしたが、今回はちゃんと相手がいる。自問ではないだけましだが、もちろん伝わった気配はない。そのまま馬車の中に連れていかれて、ロープで拘束された。そして席につかされ、その隣に一人の鬼人が座った。
先程の質問の答えのようなものだろう。
「あれ? 俺捕まった?」
殺されるのか、使役されるのか、売り飛ばされるのか。
どんな結末が待っているとしても、過程からここまで絶望的なのだ、ろくな最後は待ってない。
馬車には御者の鬼人と降りてきた二人の鬼人以外に生き物はおらず、他には物資があるだけだ。
食料のようなものも見受けられたが、もちろん手を出すことはできない。
そして、馬車に揺られること数時間。鬼人に何度か肩があたってしまいびくびくしながら進んでついたその場所は、お城の前だった。
「あの、俺はどうなるのでしょうか」
再三、俺はつぶやいた。
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