第5章 地下室の扉

M1

「マリアさん、おかえりなさい」

「……ただいま」

 家に帰るなり、ナオミと顔をあわせたが、あたしはなんとなく顔をそらした。

 どうも彼女があたしのことをあれこれ探っているような気がしてならない。

 もっとも黄金崎が死んだ以上、それは考えすぎなのかもしれないが。

「なにかお買い物ですか?」

「ええ、ちょっとね」

 めざとく、手にしたものを見つけたらしい。

 あたしはそのまま二階に上がった。

 電気店で買った機械を手にする。盗聴電波に反応する機械、いわゆる盗聴発見器だ。

 どうしてもこの部屋の中に、盗聴器が仕込まれているという疑惑をぬぐい去ることができないのだ。もしあった場合、仕掛けたのはとうぜん黄金崎ということになるのだろうが、やつが死んだからといって安心なんかできない。受信機がべつの刑事の手に渡っているかもしれない。もちろん、違法捜査だろうが、だからといって絶対ないなんていえるわけがない。

 どうしても確認しておきたかった。なければそれに越したことはないし、あるならば取りのぞかなければならない。だから盗聴発見器買った。そう安いものでもないが、やむを得ない。

 自分の部屋に入るなり、箱をがさがさと開け、中身を取り出す。

 それは見た目は長方形の箱のようなもので、なにやらつまみだの目盛りだのがついている。

 説明書によると、まず盗聴用電波が出ているかどうかをチェックし、出ている場合は警告音が鳴って知らせてくれるらしい。もちろん、場所の特定もできる。その場合は、モードを切り替えて、あちこちに振ってみる。信号表示LEDの反応が大きいほうに移動していけば、場所がわかるそうだ。

 電池を入れると、さっそく使ってみることにした。

 まず、この部屋の中に盗聴器があるかどうか。それをチェックしなければならない。モードを設定し、スイッチを入れる。

 いきなり異常音が鳴った。

 予期していたこととはいえ、ショックだった。盗聴されていたことはあたしの妄想でもなんでもなかったってことだ。

 場所を特定するために、モードを切り替える。

 断続的な音が機械から発せられる。ためしに機械をいろいろな位置に動かしてみると、表示されているLEDの表示が変化した。

 点灯するLEDの数が増えれば増えるほど、盗聴器との距離が近くなるらしい。

「これか?」

 どう考えても、LEDの表示数が最大数になったのは机の上の電気スタンドだった。

 たしかにこれだと、コンセントを挿していて電気を補給できる分、バッテリーの心配をする必要がない。

 あたしはコンセントを引き抜くと、電気スタンドをドライバーで分解した。

 明らかにたかが電気スタンドの内部には似つかわしくない、細かい部品がある。

 もう一度、機械をそれに近づけてみる。LEDが激しく反応した。

「これだ!」

 そのままそれを引きちぎろうとしたとき、意外なことに気づいた。

「レンズ?」

 小さいがどう見てもこれはレンズだ。

 スタンドにはマイクどころか隠しカメラまでもが仕込んであった。

 なんてこと。あいつは音だけでなく映像まで拾ってた。

 ……待てよ。

 このスタンドはいつからあったっけ?

 すぐには思い出せなかった。だが少なくともここ数ヶ月の話ではない。たまたまこれとまったく同じ形をしたスタンド型盗聴器が売っていたとは思えない。

 どういうこと?

 ふつうに考えれば、この盗聴器を仕込んだのは黄金崎ではありえない。

 じゃあ、誰?

 考えられるのはひとりしかいなかった。「お嬢様」だ。

 はっきりいってショックだった。「お嬢様」は盗聴器と監視カメラであたしを監視していた。

 ……い、いや、待てよ。

 このスタンドはここに引っ越す前から使っていた気がする。こっちで新たに買った記憶がない。

 じゃ、じゃあ、あたしはいったいいつから監視されてたんだ?

 ま、まさか、あの事件が起こる前から監視されていたんじゃ?

 息が苦しくなった。全身を汗が覆う。

 ……な、なんだ? なにか変だ?

 常識で考えても、そんなことはありえない。

 もし、父とアリスが殺される以前から「お嬢様」があたしを監視していたとすると、いったいどういうことになるんだ?

 ま、まさか、……まさか、ルーシーを操って、一家皆殺しにしようとしたのは「お嬢様」そのものではないのか?

 ……いったい、なんのために?

 あたしを殺し屋にするため。

 ……いや、ありえない。いくらなんでもそれはありえない。

 もし「お嬢様」が自分の意のままに動く、殺し屋が欲しかったとして、わざわざあたしを選ぶ理由がない。他の誰でもいいのなら、自分であんなことを仕組むはずがないのだ。

 じゃあ、なんだ?

 いったいなにが真実なんだ?

 ……まさか、ぜんぶ……あたしの妄想?

 恐ろしい考えが浮かんだ。

 今まで殺してきたやつら。ルーシー、猪股や羽田、あたしの高校の生徒、そして黄金崎……。こいつらを殺してきたのはほんとうにあたしなんだろうか? ひょっとして、そう思いこんでいただけなのでは?

 あたしの信じている記憶は、誰かに作られた偽の記憶なのではないのか?

 そう考えれば、今の盗聴器探しの結果もどうなのだろう?

 ほんとうにこの機械は鳴ったのか? あるいはLEDは光ったのか? そして分解した電気スタンドにはほんとうに盗聴器やカメラが仕込んであったのか?

 ぜんぶ、あたしの妄想なのでは?

 よく聞くではないか。盗聴などされていないのに、そう信じる精神障害者の話を。

 となれば、とうぜん「お嬢様」からの命令も……。

 びしっ、びしっ。

 例の音が鳴り響く。

 黒い霧が闇を作り、血まみれの少女を召喚する。

『なにを悩んでいるのマリア?』

 そうだ。すべては妄想なのかもしれない。あたしが少年たちを殺したのも、地下室で殺し屋としての訓練を受けたのも、ひいてはあたしをスカウトした「お嬢様」の存在自体も。

 ……このアリスと同じように。

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