A

 オレなりにあの事件のことは調べてみた。

 あいつは腰巾着のパシリ……たしか木下とかいうチンケな男と飲み歩いて、帰ったあと、自宅で殺されたらしい。

 つまり犯人は部屋に忍びこみ、待ち伏せしていたってことだ。

 オレは想像を膨らませてみる。あいつは馬鹿だが喧嘩で負けることはほとんどなかった。おまけに酒もめちゃくちゃ強く、多少飲んだところで足もとがふらつくこともない。

 死因は絞殺らしい。ということは、あの屈強な男をロープかなにかを使って絞め殺したってことになる。はっきりいって信じられなかった。

 まあ、射殺や刺殺ならわかるよ。不意をつけば充分ありえるからね。だけど、絞殺だ。つまり抵抗する時間があったわけだ。

 となると、犯人はあいつ並み、あるいはそれ以上に屈強な男。しかも殺しのプロ。そんなイメージかな?

 そいつが夜中に部屋に忍びこんで、じっと帰りを待つ。

 なんかぴんとこなかった。

 だけど、残念ながらこれ以上の推理をするには材料が足りない。

 そもそも動機はなんなんだろう? もし、オレたちが嵌めた女の関係者なら、そいつの最終的なねらいはオレってことなんだけど。

 どうもしっくりこないなあ。あくまでも勘だけど、もっとどす黒い怨念を感じるよ。

 となると、やっぱりあの一家惨殺事件の生き残りの女が、とうとうオレにたどり着いたってことじゃないのかな。

 もっとも女のあいつに、あんな力業の殺し方をできるとは思えないからプロの殺し屋でも雇ったのかもしれない。

 仮にそうなっても、オレは負けないけどね。

 オレの手には今、拳銃がある。マグナム弾なんかは撃てないけど、そんなものは必要ないさ。軽くて連発が効くほうがいいに決まってるからね。熊を倒すわけじゃないんだ。人間を殺すには9ミリ弾で充分。当てることこそが大事だからね。

 殺し屋が襲ってきた場合、銃で撃ってもとうぜん正当防衛だ。

 さらにオレは普段来て歩く服に、ナイフを常備している。それも複数。

 この部屋に関しては、それ以外にも罠を張り巡らせている。たとえば、窓のクレセント錠にはスタンガンを直結してるし、玄関ドアのそばにはしならせた竹にナイフ。ほらあれだよ。映画なんかでよくあるやつ。オレが操作すれば土手っ腹めがけてナイフが突き刺さっちゃうよ。もちろん、見えないようにカモフラージュしている。それ以外にもいろいろ仕込んでおいた。

 もちろん、殺し屋がオレを襲い、この部屋で死んだ場合、過剰な防衛システムが問題になるかもしれないけど、それも考えている。

 かえって心神喪失を主張できちゃうんだな、これが。そういうのは親父に限らず弁護士の基本戦略らしいよ。おまけにオレは未成年だし。

 いわゆる人権派である赤井弁護士様は 未成年の場合、たとえ犯罪を犯しても、更生させねばならないと考えているらしいよ。また更生できるというのが親父の持論。だから、未成年者を必要以上の厳罰から守らなければならないんだって。

 ほんと笑っちゃうよなあ。

 我が親父ながら、馬鹿丸出しだよ。

 自分の息子のことをまるでわかっちゃいないよ。いや、わかっているからこそ、あんなでたらめを言ってるのかもね。

 そう、オレは生まれついての悪党だよ。どんな慈悲深い女神が愛の限りをつくそうと、けっして更生なんかするわけがない。

 だってオレ、悪いことをやってるっていう意識がないからね。

 オレがそうだってことは、親父だって似たような遺伝子を持ってるんじゃないのかな? でもそれを決してみせることはないんだ。とんだ狸だよね。それともオレが突然変異なのかなあ?

 まあ、そんなことはどうだっていいし。

 問題は、オレが人を殺したい欲望をもてあましてるってことなんだ。

 さんざんワルをやってきたオレでも、まだ自分の手で人を殺したことはないんだよ。だけどさすがにもう限界だ。女をもてあそぶのには完全に飽きたよ。それ以上の刺激となれば、もう殺ししかないだろう? オレを狙ってるやつがいるなら好都合だよね。

 もっとも、はたして犯人がオレのところまでたどり着けるかどうかだね。それだけがすこし心配だった。

 なにげなくパソコンで事件のその後を探ってみる。ウェブ上で新たな情報が流れていた。

 それを見て、オレは興奮した。予想もしなかった記事が出ていたからだ。

 木下が殺された。それも地下鉄駅のホームの中で。

 本物だよ、これ。相手はまちがいなくプロの殺し屋だ。でなければ、そんなことができるわけもない。

 こいつ、オレのところまでたどり着けるかな?

「ふふふ」

 オレは笑っていた。

 銃口を玄関に向け、引き金を引くかわり、口でいう。

「ばん」

 早く来なよ。

 オレはまだ見ぬ殺し屋が血で染まる姿を思い描くと、身もだえした。

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