K2

「なんだよ、聞きたいことって?」

 生徒指導室に連れこまれた不良は、ふてくされたようにいう。強面のタイプではなく、体格は平均的な高校生だ。制服のブレザーを着崩し、髪も茶色に染めているが、あまり一般生徒にも怖がられていそうもない。いわゆるちゃらいタイプ、ちゃら男だ。今もせいいっぱい強がっているのだろう。

「まあ、座れ」

 俺はテーブルを挟んで奥の椅子に座ると、そいつも座らせた。白銀は俺の隣でメモとペンを取り出した。

「未成年だし、教師を同席させてもよかったんだが、逆に困るだろ、おまえ」

「困る? べつに困りゃしねえよ。だけど、同席してもらう必要もないけどな。ガキじゃねえんだし」

 内心おどおどしているのはまるわかりなのに、つっぱるつっぱる。

「きのうの夜、というか、もう今朝だが、おまえの相棒が殺された」

「な、なにぃ?」

 教師たちはまだ生徒に伝えていないし、テレビのニュースだって見ていないはずだ。知らなくてとうぜん。もし知っていたら、逆にどうして知っていたか、問いつめるべきところだ。

 俺は事件の詳細を話してやった。

「そう、上田ってやつだ。で、どうなんだ? 昨夜、おまえやつとつるんで夜遊びしてたのか?」

「……」

「いいか? わざわざ教師を外したのは、このためだ。俺は生活安全課の刑事じゃねえ。おまえが夜、盛り場をほっつき歩こうが、飲み歩こうが知ったことじゃねえ。その間、レイプや殺しに関わってなきゃ見逃してやる。いっしょにいたんなら答えろ。さもなきゃ、いろいろまずいことになるぜ」

「なんだよ、まずいことって?」

「さあな。たとえば、あとでいっしょにいたことがばれたら、殺しの容疑者になるとかな」

「じょ、冗談だろう? 俺があいつを殺るわけねえじゃねえか?」

 もちろん、俺はこのちゃら男が自分の親分格の男を殺したなど、これっぽっちも疑っちゃいない。

「だからよ。事件解決に協力しろっていってんだ。しねえなら、後ろめたいことがあるって勝手に思うぜ、俺は」

「わかったよ。いたよ。ほんとにアホ教師どもにはちくらねえんだろうな?」

「くだらねえ心配すんな。もっともひっかけた女、輪姦したりしてりゃべつだがな」

「そんなことしてねえよ。いっしょに飲んでただけだ」

「どこだ?」

「『パンドラ』っていう新宿のキャバクラだよ。それからアフターで寿司食って帰った」

「ああ? 女に寿司食わせて、そのままなにもせずに帰した? ほんとか?」

 にらみつけた。露骨にびびった顔をする。

「い、いや、ホテルにしけ込んだ。だけど、合意だぜ」

「で、そのあとは?」

「帰ったよ。これはほんとだ」

「何時ころ?」

「二時。いや、三時だったかな? よく覚えてねえよ、酔ってたから」

「で、他にいっしょにいたやつは?」

「三人ほどいたよ。他の学校のやつらだ」

 とりあえず、そいつらの名前と学校、それに寿司屋とホテルの名前、同伴したキャバ嬢の名前を聞いておいた。あとで裏を取るためだ。もちろん、メモを取るのは白銀の係。

「で、なんでそんなに金持ってんだよ。おめえら」

「知らねえ。ぜんぶ上田のおごりだよ。なにか悪いことやってたとしても、ほんとに知らねえ。たぶん、この学校で知ってるやつはいないよ」

「ふ~ん?」

 ちょっと引っかかったが、じつのところ俺はそのへんのことにはあまり興味がなかった。そりゃ、他のやつの仕事だと思ってる。

 問題は足取りだ。そしてその間、誰かがあとをつけていたか。もっとはっきりというなら、マリアが連中の行動を把握していたかだ。

「で、おまえら、毎日遊び歩いてんのか?」

「いや、さすがに毎日ってわけじゃないけど……。すくなくとも俺にはそんな頻繁に誘いはかからねえよ」

「おめえ、きのうやつと飲みに行くこと誰かにしゃべったか?」

「そんなことはしねえよ。ちくられたくねえからな」

「上田が自分でしゃべってたとかは?」

「知らねえよ。あとでクラスの連中に聞けばいいだろ? もっとも、あいつだって馬鹿じゃねえから、そんなことしないだろ? そもそもみんなびびって近づきもしねえだろうし」

 たしかに、自分のやった悪事を吹聴してまわるのは小物だ。一目置いてほしい。あるいは恐れてほしいと思ってる。肝の据わったやつは、そんなことわざわざする必要がない。たぶん、こいつのいうとおりだろう。

「じゃあ、おまえらのあとをつけたり、そばで様子をうかがってたりしたやつはいねえか?」

「は? なんだそりゃ?」

 思いもかけない質問だったらしい。ちゃら男は目を丸くする。

「殺し屋が、あとをつけてたとでもいうのかよっ!」

 まさにそのとおりだ。しかもそいつはおまえも知ってるやつだ。そういいたかったが、やめておいた。

「なに驚いてる? 充分ありえるだろ? それとも犯人はターゲットの行動を把握すらせず、じいっとやつの部屋で帰りを待ってたのか? 家族だっているのに、そりゃないだろうぜ」

 自分でいいながら、自分で想像した。

 マリアが標的の部屋に外から忍びこみ、家族に気づかれないように、灯りもつけず、物音も立てず、ひたすら獲物の帰りを待つ。そして帰った瞬間、音も立てずに絞め殺す。

 まるで野生動物だ。豹? いや、牙の代わりに絞め殺したから、蛇か? まあ、細けえことは気にせず、豹でいいだろう。そっちのほうがイメージに合う。

 想像するだけで興奮してくる。

 都会というジャングルの中で、誰にも気づかれずに獲物を刈る野生のメス。

 マリア。マリア。マリア。

 待ってろよ。すぐに捕まえてやるからな。

「……いねえよ。そんなやついなかったよ」

 一瞬、こいつがなにをいってるのかわからなかった。自分の質問を忘れていた。

 夜のジャングルで樹上に豹が隠れていたら、おまえにそれがわかるのか?

 無理だ。おめえのようなぼんくらにわかるはずがない。

 だが、思考と正反対のことが口から出る。

「よく思い出せ。人相の悪い男とは限らん。ひょっとしたら、若い女かもしれねえぞ」

「若い女?」

 そうだ。若い女だ。もっとも顔はけっして晒してないと思うがな。

「いや、いねえよ。そんなのがあとつけてたら、さすがにわかるって」

 嘘だ。てめえはぼんくらだ。わかりっこない。

 相手を誰だと思ってるんだ。マリアだぞ。てめえごときにわかるはずがねえ。

「それともうひとつ。上田のバックに、赤井秀朗ってやつがいるのか?」

「し、知らねえよ、そんなやつ」

 明らかに動揺した。赤井はそれほど恐ろしいのか?

「残虐で頭が切れて、おまけに親父が人権派弁護士だ。悪さしても、親父がもみ消してくれる」

「知らねえって。誰から聞いたんだよ、そんなこと?」

 べつに確信はない。ただ、マリアの家族を殺した連中のバックには赤井秀朗がいるという疑惑がある。あの事件も赤井が命令した可能性がある。

 だからこそマリアは赤井の手下である上田を殺した。そう考えれば筋が通る。それで聞いたまでだ。

 もしそうなら、この事件、マリア抜きでも俺には因縁がある。赤井秀朗こそ、愛を殺した男を無罪にした弁護士の息子なのだから。

「まあ、いい。もう帰っていいぞ。ただし、学校から正式な説明があるまで、事件のことはまわりに黙っておけ。大騒ぎになるだけだ」

「わかったよ」

 そういって立ち上がり、いったん背を向けたが、ふたたびふり返った。

「なあ、俺は容疑者じゃないんだよな」

「ん? さあな。捜査はこれからだ。ま、疑われたくなかったら、どんどん怪しいやつの情報を持ってこい。とくに赤井や上田を憎んでるやつの情報をな。おっと、名刺を渡しておいてやる。役に立ちそうなことを思い出したら、なんでもいえ」

 名刺を一枚くれてやった。携帯番号入りのやつだ。

「それとな、ひとつ忠告しておいてやろう、もしおまえが赤井とつるんでいるなら手を切ることだ。でないと、おまえもターゲットになるぞ」

「どういう意味だよ、そりゃ!」

 血相変えて叫ぶ。

「言葉通りだよ。犯人はな、赤井を憎んでる可能性がある。ま、おまえが犯人でないとしてだがな」

「だから知らねえって。赤井なんて野郎は!」

「そうか? 行っていいぞ」

 俺は無造作に追っ払う仕草をする。

 やつは真っ青になりながらも、俺の名刺を無造作にポケットに入れると、部屋を出て行った。

「で、主任はあいつのことをすこしでも疑ってるんですか?」

「あんなちゃら男にあんな殺しができるわけねえだろ?」

「ですよねえ」

「マリアに決まってる!」

 白銀がため息をつく。

「だとすると、やっぱりこそっと家に忍びこんで、電気もつけず、物音ひとつ立てずに上田の帰りの待ったと? さっきの優しそうな若い教師が?」

「おめえ、見かけにだまされてんのか? 経験少ないにもほどがあるだろうが。たとえ、俺でなくたっていうぜ。犯罪の陰に女あり。美女には気をつけろ」

「はい、はい。そういうことは主任よりもわかってるつもりですよ」

「ああ? いっちょ前の口をたたくな。異性を引きつけるフェロモンってやつが、おまえには決定的に不足してるんだよ」

「はっ? ずいぶんですねえ。これでも学生時代はモテモテだったんですからね」

 初耳だな、そりゃ。っていうか、明らかに嘘だろ?

「……で、つぎはなにをやるんです?」

「次か? まあ、あと二、三人に話を聞いたら、学校を出るか」

「どこへ?」

「決まってんだろ? マリアが学校にいる間に、あいつの家に行くんだよ」

「まさか、忍びこむ気ですか? だめですよ。違法捜査です。それでもし証拠が出たって公判じゃ使えませんっからね」

 まったく口うるせい野郎だ。本来なら、所轄に捜査本部が立った場合、本庁の刑事は所轄の刑事と組むのが基本だが、あえて係長は管理官に進言してこいつと組ませる。所轄の勝手がわからない刑事だと俺を制御できないと思っているのだ。なんだかんだいってこいつは案外しつこいし、粘り強い。俺のお目付役に任命される程度には係長に信頼されているらしい。

「ねえ、主任、令状なし強行捜査しても……」

「誰がそんな真似をするっていった。ちゃんと許可取ればいいんだろう? あいつはひとり暮らしじゃねえ。お袋さんがいるんだよ。ちょっと神経が参ってるがな」

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