第四集 先達への誓い

 房州ぼうしゅうでの視察を終えた趙匡胤ちょうきょういんは帰途に就く事になるのだが、配下の者が支度をしている間、彼は房州の宮城に飾られている二枚の肖像画の前に立っていた。

 一枚は彼の仕えた先々帝にして、柴宗訓さいそうくんの父、柴栄さいえいの肖像画。そしてそれと並ぶようにして飾られているもう一枚は、後周こうしゅうの宰相にして大軍師と呼ばれた王朴おうぼくの物だ。

 どちらも既に過去の人である。


 都・開封かいほうにも歴代の君主、大臣の肖像画が飾られているが、柴宗訓の頼みでこの二枚を複製して房州の宮城にも飾ってあるのだ。

 趙匡胤はこの絵を前にすると、いつも臣下の礼をもって冥福を祈るのである。


 以前、若い配下に「陛下は既に天子です。先々帝は分かりますが、最後まで家臣であった王宰相に臣下の礼を取る事はないのでは?」と言われた事があった。

 その際に趙匡胤は「この方が生きておられたら、俺は皇帝にはなっていなかったのだ!」と、怒鳴りつけて叱ったものである。


 天下統一を目指した柴栄には、その右腕とも言える軍師がいた。それこそが王朴である。

 後世に「周武王しゅうぶおう姫発きはつ)には太公望たいこうぼう漢高祖かんこうそ劉邦りゅうほう)には張良ちょうりょう蜀漢昭烈帝しょくかんしょうれつてい劉備りゅうび)には諸葛亮しょかつりょう前秦宣昭帝ぜんしんせんしょうてい苻堅ふけん)には王猛おうもう。そして後周世宗せいそう(柴栄)には王朴がいた」などと、名君とそれを支えた戦略家として並べ賞されるほどであった。


 柴栄に天下統一の道を示した王朴は、その覇業の半ばに心臓の発作を起こして世を去り、それを深く嘆き悲しんだ柴栄も病を得て、まるで王朴の後を追う様に同じ年に亡くなってしまった。

 そうして周囲に多くの敵が残る中に取り残されたのが柴宗訓と趙匡胤だったわけである。

 柴栄と王朴の肖像を前にする度、残された国、そして柴宗訓を必ず守り抜くと趙匡胤は誓いを新たにするのだ。


 そうして趙匡胤が頭を下げていると、窓から突然の突風が吹きこんで、柴栄の肖像画がガタリと傾いた。慌てた趙匡胤が人を呼んで直させたのだが、漠然としていた不安が心の中でどんどん大きくなっており、従者の者に命じて今夜は房州に泊まる事とした。


 再び柴栄の肖像画に目を向ける趙匡胤。先ほどの突風が、何故だか亡き主君からの言伝ことづてのように感じられてならなかった。


「陛下、お泊りになるのですか?」


 難しい顔で考え込んでいた趙匡胤の所へ、柴宗訓がぱたぱたと駆け寄って来る。不安にさせてはいけないと思い至って笑顔を見せる趙匡胤。


「えぇ、そうですぞ。久々にお会いしたら、もう少し陛下の顔を見ていたくなりましてな」


 何もなければそれでいい。強いて言うなら予定が後倒しになった事で范質に嫌味を言われる程度なのだから。






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