第8話 アレンの課す課題

 ダンジョンから出て来たアレン達は、一度マグネットのギルドまで戻ってきていた。そして、ギルドに置かれたテーブルに着いていた。


「それじゃあ、まずはメルティから。これが、マリアが使っていた魔法の一覧だよ。基本的には、上位のものが多いから、今すぐ参考になるわけじゃないけど、これからの成長度合いで、どの魔法が使えるかも書いておいたから」

「こんなに細かく……」

「それと、支援術の一覧はこれだよ。相性が合っていれば、上位のものも使えるかもしれない。ただ、支援術だけに拘らないようにね。メルティの本業は僧侶。皆を癒やして守る事なんだから」

「は、はい」


 メルティは、アレンから分厚い紙の束を二つもらって目を丸くしていた。一枚ずつ捲って中を確かめている。


「次は、ニッキだね。ニッキも同じように魔法の一覧を作ってきた。水魔法を中心としたものだよ。一応、相乗効果を狙える魔法についてもまとめてある。サリーみたいな使い方が出来れば良いけど、まだまだ難しいだろうね。魔力伸ばしと魔力操作の修行法についても、こっちにまとめてある。これは、メルティと共有した方が良いかもね」

「すごい……」


 ニッキもメルティ同様に分厚い紙の束を受け取った。驚いたためか、表情が少し固まっていた。


「次は、ガイ。まぁ、正直なところ、ガイには何も教える事はないんだよね。ただ、一つだけ言うと、体幹を鍛えておいて。盾で重要なのは、体勢を崩さないことだからね」

「分かりました」

「まぁ、でも、やり過ぎないようにね。逆に身体を壊しかねないから」

「はい」


 ガイには、何も渡されなかった。渡すものがないからだ。そして、リックに対しても渡すものはない。


「リックは、ひたすら走って」

「はぁ!?」

「だから、ひたすら走るんだ。体力を付けて、ずっと動けるようにするんだ。それと、ガイとの模擬戦だ。ただし、君は攻撃してはいけない」

「はぁ!?」


 本日二度目の「はぁ!?」である。


「君の戦い方を見ていたけど、回避までの動きが悪い。突然の不意打ちにも、出来る限り早く反応できるようにするんだ。そうすれば、ガイの負担が減るからね。最後に、素振りを百回。毎日ね」

「そんなんで強くなれるのかよ?」

「どうだろうね。リックが、真面目に取り組めば変わるよ。ガイも盾を持ちながらの攻撃手段を増やすために、リックで色々実験して見るといい。それが、リックのためにも繋がる。慣れてきたら、ニッキやメルティも参加するって感じかな。でも、今は最初に言った通りにね」


 そう言って、アレンが皆を見回すと、呆然としている皆の姿があった。


「どうかした?」

「いや、本当に指導員なんだな」

「そりゃ、そうだよ。それじゃあ、今日はメルティの自主練から付き合おうかな。修行場所はあるんだけど、受け入れて貰えるか分からないから、今から交渉に行こう」

「俺達は、どうするんだよ?」


 リックが、少し困ったように訊く。自分達の修行場所がどこか分からないからだ。


「リックとガイは、ギルドの演習場を使わせてもらうと良いよ。受付で使用申請を出せば、入れるはずだから。そっちの手続きも、今やった方が分かりやすいか。皆付いてきて」


 アレンがそう言って、先を歩き出す。メルティ達はその後に大人しく付いていった。アレンが向かった先は、カレンのいる雑務カウンターだった。


「アレンさん。どうしましたか?」

「この子達に、演習場の使用申請のやり方を教えておこうと思いまして」

「なるほど。では、こちらの紙に名前と使用開始時間を書いておいてください。そうしたら、奥の演習場を使用できます。終わったら、使用終了時間をこれに書いてください。これが、使用申請のやり方です。申請をする場合は、この雑務カウンターに来てください」


 メルティ達は頷きながらカレンの話を聞いていた。ちゃんと申請の出し方を覚えたようだ。


「それにしても、アレンさんが演習場を使うなんて珍しいですね?」

「え? そうですか?」


 アレンは、カレンに言われた事に覚えがなく、首を傾げる。


「アレンさん達は、ガンガンと進んで行く方々でしたので」

「それは高ランクになってからですよ。低ランクの時は、使っていましたよ」

「そうなんですか? 私がここに就いてからは、使われた事がないので、てっきりずっと同じようにやっていたのかと」


 カレンが職員として、アレンと接し始めたのはAランクに上がってしばらくしてからだった。そのため、低ランク帯の時のアレン達を知らなかった。


「じゃあ、リックとガイは、演習場でしっかりと修行する事。ニッキは、まずそれを読んで知見を広げておいた方がいいかな」

「分かった」

「分かりました」

「うん」


 三人はそれぞれの修行のために移動していく。


「じゃあ、僕達も移動しよう」

「は、はい。でも、どちらに?」

「教会」

「へ?」


 ぽかんと口を開けるメルティと一緒にアンジュは、昨日も訪れたマリアがいる教会に向かった。教会に入ると、アレンは再び子供達に囲まれる。


「アレンが、また来た!」

「まだ、マリアお姉ちゃんいないよ?」

「何しに来たの?」

「あはは、ちょっと待ってね。シスター・カトレアはいる?」

「おやおや、今日はどうしたのかね?」


 アレンが、シスター・カトレアの居場所を聞くと、すぐにシスター・カトレアが現れた。


「この子の修行のために、治療院をお借りしたいと思いまして」

「ふむふむ。そういうこと。では、その子は僧侶って事でいいんだね?」

「はい」

「回復魔法系は、実践していった方が伸びが良いからね。手伝ってくれるなら、こっちも助かるよ」

「えっと……どういうことなんですか?」


 話についていけないメルティは、どういうことなのかアレンに訊く。


「メルティには、ここの治療院で働いて貰う。冒険者として、ダンジョンに潜らない時とかにね」

「それで、私の力が上がるんですか?」

「すぐに上がるってわけじゃないよ。これの目的は、効力を上げるって面もあるけど、本命は効率の上昇なんだ」


 メルティは、まだちゃんと理解出来ていないので、首を傾げる。


「傷を治癒するのに、ただ魔法を使うのでなく、傷の状態なども見て的確な治療が出来るようになれば、少ない魔力でも大きな怪我を治せるようになるのよ」

「ここには、色々な患者さんが来るから、回復魔法の使い方の参考になるんだ。それに、どんな時でも落ち着いて対応できるようにもなるかもしれない。まぁ、それはここに運ばれてくる患者さんにもよるけどね」

「な、なるほど……ご、ご迷惑にならないように頑張ります!」

「あまり気負わないでも良い。いつから来られるんだい?」

「ああ……明日は、まだ指導があるから、明後日からですね」


 アレンは、一応の予定を考えてそう言った。


「明後日は休みなんですね」

「うん。まぁ、その次の日も休みだけど」

「え!?」


 二日続けて休みを設けられた事に、メルティは驚く。


「うん。ダンジョンでの命がけの戦いは、自分達が思っている以上に精神を消耗する事になるからね。皆も怪我とか負っていないけど、精神を消耗しているはずだよ」

「そうなんでしょうか」


 メルティ自身には、消耗しているという自覚はなかった。だが、確実に消耗は積もっている。アレンは、それを見抜いているからこそ、二連休を設けようと思ったのだ。


「でも、二連休なのに、ここで修行なんですね」

「うん。そうだね。頑張ろう」


 アレンは笑顔でそう言った。さすがに、これにはメルティも苦笑いだ。そんな風に話していると、教会の扉が開いて誰かがやって来た。


「あれ? アレンじゃない? 何してるの?」

「まさか……まだ汚染が?」


 入ってきたのは、サリーとマリアだった。サリーは、アレンが教会にいることに首を傾げて、マリアは、昨日の精神汚染がまだ残っていたのかと思い、アレンに詰め寄った。


「いや、大丈夫だよ。今日来たのは、この子の修行のためだよ」

「この子? 今面倒を見ているパーティーの子ですか?」

「そう。僧侶だから、回復魔法の修行のために治療院を借りようと思ってね。他にも支援術も教えるつもり」

「初心者にエグい指導をするわね……ほとんど、マリアと同じ構成になるじゃない」

「僕が知っている中で、一番強い回復役は、マリアだからね。参考にしてる」


 アレンがそう言うと、サリーは呆れたようにため息をついた。


「はぁ……私達のパーティーは異常な人達が多いんだから、参考にしたら大変でしょ」

「僕達も最初は、こんな感じだったから平気だと思うけど」

「まぁ、この子達がちゃんとついて行けそうなら良いけど。それよりも、マリアから聞いたわよ。まだ、【狂神の砦】の影響が抜けてないみたいじゃない。今は、大丈夫なの?」

「さっきも言った通り、大丈夫だよ。意識しなければ、呑まれないと思う」

「そう。ならいいけど」


 サリーはそう言って、メルティの方を向いた。メルティは、Sランクパーティーのメンバーという遙か上にいる人達に囲まれて、緊張していた。


「あなたも頑張りなさいよ。アレンの指導を受けていたら、多分、普通に冒険者をしているよりも強くなると思うわよ」

「は、はい!」


 サリーの言葉に、メルティは元気に返事をした。


「あなた……可愛いわね」

「え?」


 サリーは、後輩であるメルティを可愛がり始めた。メルティは、突然の事にオロオロとしている。


「助けないのですか?」

「可愛がっているだけだから、大丈夫だと思うけど。サリーは、そんな性格が悪いってわけでもないし。可愛い後輩が出来た事を喜んでいるだけじゃないかな」

「確かに、私達は後輩と接することはなかったですしね」

「これから、修行をするつもりだったけど、サリーが解放してくれるまでは待機かな」

「では、お茶を入れますね。それまで、子供達と遊んでいてください」

「ああ……そうだね」


 マリアに言われて、アレンが子供達の方を見ると、遊んで欲しそうな目で見ていた。


「皆、少しの間遊ぼうか」

『わ~!!』


 子供達のタックルをアレンは何とか踏ん張って耐える。


(……子供達と遊ぶのに、支援術を使いたくなる。この元気さについていけるかな……)


 アレンは不安になりながらも、ダンジョン探索以上に大変な育ち盛りの子供達との遊びに挑む。

 サリーがメルティを解放するのに、一時間が掛かった。その頃には、アレンは子供達の付き合いで疲労困憊となっていた。三十分前に、寝る時間が来たおかげで解放されて、それからはマリアとお茶を飲んでいた。

 そして、解放されたメルティに支援術の指導をする。その指導には、マリアとサリーも参加するようだった。自分達も改めて、支援術について学ぶためだ。

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