第6話 支援術の効果
翌日、アレンは睡眠不足による欠伸を噛み殺しながら、ギルドに向かう。中に入ると、昨日と同じところにメルティ達四人が揃って集まっていた。
「皆、おはよう。取りあえず、今日も同じダンジョンに向かうけど、少し昨日と違うことがある」
「違うことですか?」
メルティが、首を傾げる。他の皆も同じように、どういうことか気になっているようだ。リックだけは、少しだけムスッとしている。昨日の事で、アレンに対して、少しだけ心を開いてはいるようにも見えるが、すぐに切り替える事は出来ないようだ。
「うん。僕も一緒に戦うからね」
「俺達の指導だけするんじゃなかったのかよ?」
リックが、そう言った。その顔には、困惑があった。昨日までと言っている事が違ったからだ。
「そのつもりだったけど、君達に一つの可能性を見せてあげようと思ってね」
「可能性ですか?」
「皆の中には、支援術士がいないからね。仮に、これから支援術士が入ったら、どんな風になるのかを知ってもらう。場合によっては、メルティあたりが覚えても良いと思うからね」
「でも、アレンさんって、Sランクパーティーにいたんだよね? そんな人の支援術だと、私達のパーティーに入る人よりも効力が上って事にならない?」
ニッキが良いところに気が付いた。
「確かに、僕はSランクパーティーに所属していたよ。その時と同じものを使ったら、次に入ってくるかもしれない支援術士じゃ、物足りないと感じるようになるかもしれない。だから、僕は効力の低い支援術しか使わない。まぁ、そうでなくても、前に使っていたような支援術は、使えないんだけどね」
「それは何故ですか?」
「皆の身体が保たないからだよ。そのまま君達に使ったら、最悪、君達の身体が爆散する」
メルティ達の顔が一気に強張る。アレンが今言ったことは、何も誇張していない。まだ身体が出来ていないメルティ達に対して、レオニス達に使っていたような支援術を使ってしまうと、いきなり上がった出力に身体が耐えきれなくなり、内側から弾け飛ぶことになるだろう。
「さて、じゃあ、早速移動しよう」
「はい。分かりました」
アレン達は、昨日と同じ【小鬼の巣窟】に向かった。【小鬼の巣窟】に到着した後、アレンは一度メルティ達の顔を確認した。そこには、昨日のような緊張はない。そして、油断というものもなかった。昨日で、ダンジョンでは油断禁物ということを学んだようだ。そこまで危険な事はなかったのだが、その意識が芽生えたのは、喜ばしいことだった。リックの場合は、昨日の夜に、アレンの異常を見てしまったという事もありそうだ。
「じゃあ、早速攻略していこうか。『速度上昇』」
アレンは、メルティ達にスピードブーストの付加を掛ける。メルティ達の身体を青い光が一瞬だけ覆った。は、身体を見下ろして不思議そうにしている。
「これで、強化されたんですか?」
「うん。全員の速度を上げた。ちょっと、軽く動いてみよう。今までと違うはずだ」
アレンの言葉に従って、メルティ達は、その場で少しだけ運動をする。すると、全員が目を見開いた。
「身体が軽いですね……」
ガイが、その場で左右に動きながらそう言った。
「ちょっと変な感じがするかもしれないけど、今までよりも動きやすいと思う。ただ、それでも一人だけ突っ走るのは無しでお願いしたい。いいかい、リック?」
「……ああ」
リックが、素直(?)に頷いたことで、皆が驚いた。
「リック、どうしたの? 変なものでも食べた?」
「うるせぇ! 良いだろう、別に……」
メルティが心配したが、リックはいつも通りの調子で返事をする。メルティ達は、そんなリックを不思議そうに見ていたが、この感じなら大丈夫だと判断して、アレンに向き直る。
「よし、じゃあ、中に入っていこう。戦闘になったら、他の支援術も掛けていくから」
「最初から全部を掛けるのではないのですか?」
メルティが質問した。
「その方が効果的と思うかもしれないけど、支援術は、永続的に発動するものではないんだ。一定時間で効果が消えるから、戦闘の直前に掛ける方が良いんだ」
「なるほど。効果時間を考慮して動く必要があるって事ですね」
「そういうこと」
アレンの説明に、メルティは納得してくれたみたいだ。アレンは、他に質問がない事を眼で確認してから、ダンジョンの中に入っていった。
アレンを先頭にしばらく進んで行くと、突然アレンが止まる。その事を疑問に思ったメルティが質問しようとするが、アレンは自分の口に指を当てて静かにするよう指示をした。メルティ達は、こくりと頷いて黙る。
そして、アレンが指で先にある曲がり角を指さした。その曲がり角の先には、ゴブリンがいる。アレンは、その感覚を感じ取って欲しかったのだ。だが、アレンの合図にピンときていなかった。まだ、そこまで感覚が鋭敏になっていないのだ。
「ここの曲がり角の先にゴブリンがいる。分かった人はいる?」
アレンの問いに、誰も答えない。
「今の内に感覚を研ぎ澄まして、なんとなくモンスターの気配を感じられると良いよ」
「分かりました」
そんな話をしている内に、曲がり角からゴブリンが三体出て来た。ゴブリンがこちらに気が付く。
「『攻撃上昇』『防御上昇』『魔法攻撃上昇』」
アレンは、メルティ達にアタックブースト、ディフェンスブースト、インテリジェンスブーストの付加を掛ける。それぞれ、赤、緑、黄色の光が、身体を一瞬だけ覆う。
「それじゃあ、戦闘開始だ」
アレンがそう言うと同時に、ゴブリン達が襲い掛かってきた。
「ガイは正面で攻撃を受けて! リックは、ガイが止めきれないゴブリンを攻撃! ニッキは、ガイが止めたゴブリンを攻撃!」
メルティが素早く三人に指示を飛ばす。その指示通りに、ガイが飛び出して、二体のゴブリンの攻撃を止めた。ガイをすり抜けてこようとするゴブリンには、すぐにリックが飛びかかり、首を切断する。その間に、ニッキが飛ばした三本のウォーターアローが、ガイが止めているゴブリン二体を襲う。二本のウォーターアローが頭に刺さった事により、一体のゴブリンが倒れる。そして、もう一体のゴブリンは、ウォーターアローが命中した事で蹌踉けたところを、ガイによって斬り裂かれた。
「うん。やっぱり連携は申し分ないね。リックも一人で飛び出さなかったのは偉いよ」
「……ふん」
褒められたリックは、目線を逸らして鼻を鳴らす。アレンに感謝しているが、最初にあんな態度を取っていたので、すぐには普通に対応できないのだろう。アレンもそこは了承しているからか何にも言わない。
「メルティの指示も的確だったよ。ただ、今回は具体的な攻撃指示無しでも大丈夫な相手だったけど、時は、攻撃方法を限定した指示も必要になるから。こればかりは経験がものをいうから、すぐにどうこうは出来ないけどね。ダンジョンボスとの戦いでは重要になってくるよ」
「は、はい!」
メルティは、メモ取りだして、アレンから教わった事を書き連ねていく。
「後、支援術の効果はどうだった?」
アレンは、皆に支援術の感想を訊いた。
「攻撃を受けた時の反動が少ないように感じました。それに、昨日よりも斬るときの感覚が軽かったです」
「込めた魔力は同じなのに、魔法の威力も違った」
「倒しやすかった」
それぞれ、アレンの支援術の効果を実感したようだ。
「これが支援術だよ。これからの戦略とかにも利用できるから覚えておいて。もし、メルティにその気があるなら、簡単なものを教えるから」
「あっ、お願いしても良いですか?」
「うん。良いよ」
アレンは、メルティに支援術を教える約束をした。そこに、リックが近づいてくる。
「それ、俺にも使えるのか?」
リックが、アレンに積極的にものを訊いた事に、アレン以外の皆が驚いた。
「まぁ、覚えられるけど、おすすめはしないかな」
「何でだよ?」
「リックは、戦闘中にどのくらい考え事をしていられる?」
「はぁ? そんなの……」
馬鹿にされた感じがして、リックが楯突こうとしたが、よくよく考えてみると、自分が戦闘中にあまり考え事を出来ていない事に気が付いた。
「さっきも言ったけど、支援術は効果時間がある。その効果時間を考えながら戦闘をする事が、どれだけ難しいか、予想はつくだろう? だから、これは、パーティーと戦場を見る事が出来る後衛職が使うべき魔法なんだ」
「……そうか」
リックは、アレンの説明に納得したようで、それ以上は訊こうとしなかった。
「う~ん、この後は、同じように戦闘を繰り返そうと思ったけど、良い機会だから、一つだけ別の事をしようと思う」
アレンがそう言うと、メルティ達がアレンの方を向いた。どういうことか気になるからだ。
「次の戦闘は、僕だけやる」
「!?」
アレンの言葉に、メルティ達は驚いた。たった今、支援術を使う人は直接戦闘に向かないと言ったのに、自分が戦闘をすると言ったからだ。
「色々な疑問はあるかもだけど、まぁ、それは置いておこう。聞くよりも見た方が早いからね」
アレンはそう言って先頭を歩いて行った。メルティ達は、少しだけ心配になりながら付いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます