第5話 リックの妹の治療
アレンとマリアの二人は、スラム街の入口まで来ていた。
「場所は分かっているのですか?」
「うん。あそこの赤い煙突の家らしいよ」
赤い煙突がある家の扉をノックする。すると、すぐにリックが扉を開けた。
「あんた……本当に来たのか……」
「ああ、約束だろ? 仲間を一緒に来てくれたよ。聖職者のマリア・プルコッティだ」
「初めまして。マリアです。妹さんの病気を診に来ました」
リックは、マリアに微笑まれて顔を赤くしていた。
「えっと……どうぞ」
アレン達は、リックに促されて、中に入る。そして、家の中に、両親の気配がない事に気が付いた。
「ご両親は、お仕事?」
「そうだよ。貧乏だから、遅くまで働いているんだ」
「そうか。出来れば、説明しておきたかったんだけど。じゃあ、妹さんのところに行こう」
リックの案内で、妹が寝ている部屋に向かった。その部屋では、一人の女の子が寝込んでいた。少し苦しそうにしているのが分かる。
「妹さんの病名は分かる?」
「確か、魔力欠乏症だったと思う」
「魔力欠乏症か……」
アレンとマリアの顔が少し曇る。魔力欠乏症は、普通に暮らしているときでも、常に魔力を消費し続けてしまう病だ。魔力が減っていくと、強い疲労感などを感じるようになる。それだけなら、休めば回復するのだが、魔力欠乏症は、その回復を滞らせる。そのため、悪化した後は、状態を良くするのも一苦労となる。
「な、何だよ……治療出来るんだろ? 医者はそう言っていたぞ!」
リックが、アレンに詰め寄る。
「うん。治療は出来る。でも、それには特別な薬草が必要だ。今の状況では、症状を和らげることしか出来ない。そうだよね?」
「はい。ですが、それも一時的な効果しかありません。根本的な治療は、今の私でも難しいです。取りあえず、処置だけはしておきます」
マリアが妹を治療を始めていく。
「なぁ、その薬草は、どこにあるんだ?」
治療を見守りながら、リックがアレンに訊く。
「Sランクダンジョンの中だ。僕らが攻略して見つけたものが、治療薬になる事が判明したんだよ」
「何だよ。それなら、治療薬が出回っているんじゃねぇか」
リックは、少し安心したようにそう言った。
「出回っていないよ。そもそも、あのダンジョン……【狂神の砦】は、僕ら以外攻略する事が出来ていない。それに、自生している数が少ないし、栽培も出来なかった。つまり、数を得ることが難しいんだ」
「なら、お前らが採りに行けば良いだろ!?」
「それが出来れば、苦労しないよ。Sランクダンジョンを甘く見ているでしょ? Sランクダンジョンは、普通のダンジョンと全く違う。あれは、ただの地獄だ。特に【狂神の砦】は、こっちの精神を破壊しようとしてくる場所だった。僕達が攻略したときだってギリギリだったんだ」
リックは、アレンを睨み付ける。だが、すぐに眼に戸惑いが生まれた。
「アレン!」
「!!」
マリアの声で、アレンがハッとした顔になった。リックが、戸惑ったのは、今のアレンがいつもと違ったからだ。これに関しては、アレン自身自覚がない。
だが、【狂神の砦】の話をすると、アレンの精神はすぐに引っ張られてしまう。マリアの声が聞こえる前のアレンは、リックの事を冷酷な眼で見ていた。いつものアレンからは想像も出来ない豹変だった。
ダンジョンから出たというのに、まだ影響を引きずっている。アレンが、あのダンジョンと相性がある意味で良かったせいだ。
「ごめん。ありがとう、マリア」
「はぁ……良かったです。まだ、引きずられていたんですね」
「あれから、一年近く経っているはずなんだけどね」
「少しだけ待っていて下さい。この子の治療が終わったら、浄化します」
「うん、お願い」
息を吐いて、心を落ち着ける。リックの方を見ると、まだ、顔が強張っていた。
「ごめん、少し怖かったよね。でも、これが、君が早く行きたいって言っている上位のダンジョンの恐ろしさだよ。ダンジョンとの相性がある意味で良くなると、影響は残り続ける。マリアの浄化で、かなりマシになってはいるけどね。上位のダンジョンは、こういったものも多くなってくる。だから、君達には、ちゃんとした地盤を築いて欲しいんだ」
アレンがそう言うと、リックは、目を逸らしてから俯いた。
「治療は終わりました。これで、今までよりもマシにはなるでしょう。ですが、一時しのぎです。なるべく食事を取るようにして下さい。食事からでも魔力を摂取出来ますから」
魔力欠乏症の対処として、食事を取る事と薬を飲む事の二つがある。食事は、作物や肉などに含まれる魔力を体内に取り入れる事が出来るので、失った魔力を少しでも回復させる事が目的だ。
薬の方は、魔力が入った薬を飲むことで、より多くの魔力を体内に取り入れられる。魔力欠乏症の程度によっては、これだけでは必要魔力を得る事が出来ず、死んでしまう事もあり得る。リックの妹は、今のところ軽症で済んでいるので、食事での魔力摂取でも少しマシになるだろう。
「分かった。えっと……ありがとう」
「どういたしまして。完治したわけではないので、無理はさせないようにしてください。私も街にずっといるわけではありませんので、常に治療出来るということではありません。そこは、ご了承下さい。では、私達は、失礼します。アレン、行きますよ」
「うん。じゃあ、リック、また明日」
「あ、ああ……」
アレン達はリックの家を出て、スラム街から離れていく。そして、街路に置いてあるベンチに座った。
「頭を貸して下さい。浄化をします」
「ありがとう」
マリアが、アレンの頭を手で包んで、浄化の魔法を掛けていく。アレンは、段々と頭の中がすっきりしていくのを実感した。靄が掛かっていたものが、晴れていくかのように。
「これで、すっきりしたでしょうか?」
「もう大丈夫。本当にありがとう。まさか、未だにああなるとは思わなかったよ」
「そうですね。私も驚きました。それで、これからどうするのですか? まさかとは思いますが、【狂神の砦】に行くおつもりですか?」
「いや、僕だけで行ったら、それこそ死んでしまうよ。どうにか、あそこに行けるパーティーが生まれるのを待つしかないと思う。それか、採取できる別の場所が発見されるかね」
少なくともアレンと元パーティーメンバーで向かう事はないだろう。パーティーの中では、アレンが一番酷かったが、レオニス達も少なからず被害を受けていた。アレンが、精神力を上昇させるマインドアップという魔法を使用した状態で、そうなってしまっているので、アレンがいない状態のレオニス達に行って貰うなんて事も出来ない。
「あの症状なら、亡くなる可能性は低いですが、普通の生活は厳しいでしょう。根本的な治療は必要になります」
「はぁ、薬が出回ってくれると嬉しいんだけどね。あそこを攻略しに向かうパーティーは、いないのかな?」
「話には聞きますが、上手くいっていないようです。私達は、ほとんどゴリ押しに近い感じで進んでいきましたから、参考にすることは出来ないですしね。皆さんで探って貰うしかないですね」
「そうだね。今日は、ありがとう。今度は、そっちのお願いを聞くってことだったけど」
アレンがそう言ってマリアを見ると、マリアは微笑んでいた。
「今は、大丈夫です。私が困ったときに、頼らせて貰います。その時まで取っておかせて下さい」
「それは良いけど……マリアが困っているなら、普通に頼みは聞くよ?」
「私は、こっちの方が頼みやすいんです」
「そう。じゃあ、取りあえず、教会まで送るよ」
「ありがとうございます」
マリアを教会まで送った後、アレンも家に戻った。明日に向けて、やることがあるので、すぐにベッドに入る事はない。その結果、アレンは徹夜をすることになった。
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