第2話 名前ですか?

 目を開けると、私は広場の噴水の前に立っていた。

 辺りには、中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並みが広がっている。


 おお!!珍しい街並みに私はしばらくの間、見入ってしまった。


 「…きれい……」


 子どものように思わず声に出てしまった。

 しまった。ついうっかり声に出してしまった。

 誰かに聞かれていないかと辺りを見回す。


 良かった。特に誰かに聞かれた様子はなさそうだ。

 もし誰かに聞かれていたら?

 そう思うと私は顔を赤くした。


 ところで、これから私は何をしたら良いのだろう?

 首を傾げていると、誰かが話しかけてきた。


 「そこの君、大丈夫かい?」


 それは、騎士の格好をした少年だった。


 だれ、この人。知らない人だ。

 もしかして、私に話しかけている?ナンパか?

 面倒くさいな。さて、どうしたものか?


 なかなか返事がなかったためか、もう一度聞いてきた。


 「青い髪の君、本当に大丈夫かい?」


 どうやら私に話しかけていることは確定なようだ。

 面倒事になりそうな気配を感じた私は、首をコクコクと縦に振ると素早く立ち去った。


 「あっ、ちょっと⁉︎」


 何か後ろから聞こえた気がするが、適当に街を歩いて回ることにした。後ろを見ると、どうやらあの少年は追いかけて来てないようだった。


 これで一安心だ。先ほど見ていた美しい街並みを歩いて行く。


 すると、武器屋、道具屋、鍛冶屋といったお店が並ぶ大きな通りに出た。その場所は賑やかでまるでお祭りのように人が多く歩いていた。


 「…酔った………」


 しばらく歩いていると、私は慣れない人混みに酔ってしまい、人通りがない横の道に入り込んだ。ここならゆっくり休憩できる。


 落ち着くまで休んでいると、路地の奥の方から不思議なにおいがしてきた。


 これは草のにおい?でも何か少し違うような?

 木のにおいかな?でも、土のにおいも少しする。

 何だろうこのにおい。


 このにおいの正体を確かめたくなった私は、人気の無く日の当たらない暗い路地を、においを頼りに歩き出した。どうやら、そのにおいはある家の中からしているようだ。その家は、周りの家と比べてもおかしな所は存在しない。


 「…ここだ………」


 そう確信すると、私は思わず家の扉を叩いていた。


 「はーい、ちょっと待ってておくれ」


 しばらくすると中から、優しそうな顔をした可愛らしいおばあさんが出てきた。でもなぜだろう不思議と私はその人に逆らってはいけないようなオーラを感じていた。


 黙っている私を見て、そのおばあさんはずいぶん不思議そうな顔をしていた。それもそうだろう。家の前に人が黙って立っているのだから。もし、大人がそんなことをしていたら一発で通報されていたことだろう。


 しかし、彼女は子どもだ。側から見れば、迷子になった子どもにしか見えないだろう。しばらくすると、おばあさんが話しかけてきた。


 「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」


 「…大通りで草?のにおいがこの家からしてた………」


 無口な私がこんなに長く話すのはいつぶりだろう。

 かなり疲れたな。これで本当に伝わるのだろうか?

 無事に伝わることを願いつつ、おばあさんの反応を待つ。


 すると、おばあさんは驚いたような顔をして私を見つめてきた。不思議と私も見つめ返す。白い髪に黒い目、そしてメガネをかけた魔女のような人だと思った。おそらく、黒いローブを纏っているのも理由の一つである。


 「この家のから本当ににおいがしたのかい?」


 何かを確かめるようにもう一度聞いてきた。


 「…うん………」


 私は正直に答えた。

 それを聞くと、おばあさんは何かを静かに考えだした。

 すると、急に何かを思い出したように動き出した。


 「ちょっと待っててくれるかい。」


 私の返事も聞かずに行ってしまった。

 一体どうしたのだろうか?

 少しすると、おばあさんは何かを手にして戻ってきた。


「さて、お嬢ちゃんが嗅いだのはこのにおいかな。」


 そう言って、おばあさんはある植物の葉を私に見せてくれた。きれいな緑色をした小さな葉だ。しかし、見ているだけで癒されたように感じる。そんな不思議な空気を纏った葉っぱだった。


 私はその葉に顔を近づけてにおいを嗅いだ。


 「…あっ!……これだ………」


 そう、私が嗅いだのはこのにおいだ。最初は草のにおいだと感じたが、実物を前にすると森のにおいだと気付かされる。しかし、少し普通と違くて暖かな優しさを感じるようなにおいだった。


 それを聞くと、おばあさんは笑って私を家の中に招待してくれた。話しの続きは中でということらしい。突然のことに驚いたが、私は黙ってそれに従った。


 べ、べつにおばあさんの纏うオーラが怖かったわけではない。ないったらない。


 家の中は、どうやら薬草を扱うお店のようだ。

 壁に取り付けられた棚には、何かの液体で満たされたガラスに薬草が入れらており、まるで薬草がホルマリン漬けにされたようだった。


 かなり怪しげな雰囲気のするお店である。

 私もこのまま薬草と同じ目に遭うのではないかと怯えた。

 しかし、もう後戻りはできない。おばあさんの後を追いかけてお店の裏に入って行く。


 そこには、薬を作るのに使用するのであろう。秤やガラス瓶、薬さじ、薬研やげんといった道具があった。すごい本物だ。本の中でしか見たことがないものが並んでいた。


 テーブルの前までくると指示された通りに座る。

 すると、おばあさんがお茶を出してくれた。

 私は、あまりの怪しさから変な薬が入っているのではないかと心配をしたが、覚悟を決めて飲んでみた。


 意外にも味は、甘酸っぱいリンゴのような香りがする飲みやすいお茶だった。


 あれ?このお茶どこかで飲んだことがある。確か、カモミールだ!リラックス効果のあるハーブティーだ。


 「お嬢ちゃん、少し落ち着いたかい。」


 おばあさんが優しく聞いてきた。

 あっ。このおばあさん、ホントは良い人だ。

 私が緊張しているから、わざわざリラックス効果のあるカモミールを出してくれたんだ。そう思うとさっきまで感じなかったお茶のいい香りがしてきた。


 「話しの前に、自己紹介をしようか。私の名前はクレア。クレアでも、おばあさんでも、おばあちゃんでも好きなように呼んでくれていいよ。」


 「…うん……クレア……」


 「その選択肢で普通それを選ぶかい?面白い嬢ちゃんだね。」


 だんだんお互いに話し方が砕けてきた。


 「さて、嬢ちゃんの名前を教えてくれないかい?」


 「…名前?……****(本名)。」


 「済まない。もう一度言ってもらえるかい?」


 「…****です……」


 「すまないねぇ。神の言葉みたいで聞こえなかったよ。おそらく真名を教えようとしてくれたのかい?それならステータスに書かれた名前を教えておくれ。」


 真名って何?ステータス?あぁ、最初に適当に決めたやつか。まず、ステータスを出さないと覚えてないから分からない。最初の説明を思い出しながら、なんとかステータスを開く。


--------------


名前:ルカ・フローレス

種族:人間 Lv1

職業:旅人

HP:20/20 MP:14/14

腕力:4 体力:3 敏捷: 4 器用:6 

知力:5 精神:4  運: 4

スキル:採取:Lv1、調薬:Lv1、テイム:Lv1

    料理:Lv1、錬金:Lv1

所持金:6000 k


--------------


 「ルカ・フローレス……です」


 ステータスを見て間違えないように言った。


 そうそう、確かにこんな名前だった。

 まだ違和感があるな。まぁ、時期に慣れるか。


 「そう、ルカ。良い名前ね。今後は名前を聞かれたら、その名前を答えるのよ」


 そういうものなのか。まぁ、クレアが私に嘘を教えるとは思えないからその通りにしよう。


 「それじゃあ、ルカ。あなたが嗅いだにおいの話しをするわね。これは友人から譲り受けた薬草で、世界樹の若葉と呼ばれているわ。珍しい薬の材料になる貴重な薬草よ。なかなか取ることができない薬草で、採取方法も難しいことで知られているわ」


 「世界樹から採取できるその葉は、選ばれた人にしか見つけられないの。おそらくあなたは、そのに・お・い・がわかる人なんだと思うわ」


 「この家には外に薬品のにおいが出ないようにする工夫がされているわ。それでも、外でにおいがしたのならこれしか考えられないわ。選ばれた人には見つけられるって本当だったのね。てっきり嘘だと思ったわ」


 私がにおいを感じたのは、かなり特殊なの?結構はっきりにおいがしたんだけど。普通しないの?


 「……においしないの?………」


 「えぇ。普通の人には何のにおいもしないわ。最初あなたの話しを聞いたとき、存在を忘れていたほどよ」


 そうなのか。まぁ。私の役に立つ能力とは思えないけどね。


 「ところでルカちゃん。私は調薬師なんだけど、調薬に興味はないかい?」


 「…っ‼︎…ある!!………」


 本当に調薬を学べるの!!本当の薬をつくれるんだ!!!

 嘘じゃ無いよね!!


 彼女が興奮するのにも理由があった。

 瑠花は小さい頃はとても体が弱く、病気になることも多かった。そのたびに薬を飲む機会があった。咳が出るとき、体がだるいとき、熱があるときなどは、いつでも薬を飲むとすぐに良くなった。彼女にとって薬は魔法のような物であった。


 だから今、そんな薬をつくることができることに喜んだ。このゲームを始める前に彼女がしていた作業は、自家製ハーブティーのブレンドである。薬作りの練習として、自分に合うものを本を見て勉強しながら作っていた。一応、安全のためにお母さんと一緒にやっていた。


 だが、このゲームの中なら好きに薬をつくることができる。また、薬の効果も簡単に確認できる。初めてでつまらないことだらけなゲームが、今は自由に薬をつくれる素敵な場所へと変わっていった。


 「それじゃあ、まず一緒に調薬ギルドに行こうかい。その方が早いからね」


 「…うん!………」


 こうしてルカは調薬を学ぶべく、おばあさんと調薬ギルドへ向かった。

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