第39話 ありのまま

 春に突然できた彼女は俺の後輩にあたる女の子。

 日葵玄っていう珍しい名前の子だけど、なんとも言えない愛くるしさがあって、懐っこくて、俺のことがたまらなく好きだと。

 

 そんな彼女とは付き合ってから色々あって。

 俺の初恋相手の清水さんとのひと悶着や、学校で幅を利かせる風紀委員との対立や、俺の監禁なんかもあったけど。


 紆余曲折あって今は本当に平和である。


 明日から夏休みだという今日もまた、彼女は当然のように隣にいる。


「せんぱい、水着買ったので明日はプールに行きましょ」

「もう夏か。玄の水着、楽しみだな」

「やだーえっちですよせんぱい。それに、部屋でもっとすごいことしてるじゃないですか」

「そ、そういうのとはまた別だよ」


 彼女との日々は楽しい。

 何事もない日々は、それはそれは幸せに満ちている。


 ただ、


「あ、でも他の人も水着なんですよね?」

「そ、そりゃプールだし」

「せんぱいが他の女の子の肌を見るのはいやなので、却下です」

「そ、そんなの見ないって。それにそんなこと言ってたら」

「見たいんですか、私以外の人の裸」

「ち、違うよ……」

「行ってもいいですけど、せんぱいの網膜にそんなものが焼きついたら」


 その網膜ごと、剥がしてやらないと。


 彼女はそう言ってから笑う。

 笑ってはいるが、冗談なんかではないことはすぐにわかる。


 ただ、そんなことを言ってたら本当にどこへもいけない。

 もっと彼女といろんなところにいきたい。

 でも、彼女はそれを望まない。


 俺が、間違っているのだろうか。


「せんぱい、水着ショーは部屋でしましょ」

「そ、そう、だな」

「見たくないの?」

「み、見たいよ。もちろん」

「よかった。ふふっ、じゃあ一度部屋に戻りましょうか」

「あ、ああ」


 頭ではわかってる。

 俺は彼女に支配されている。

 尻に敷かれるなんてもんじゃなく、逆らえないとわかっている。


 このままずっと、この関係はかわらないとも。

 でも、俺はそれを望んでしまう。

 別れるくらいなら。

 彼女が他のやつの手に渡ってしまうくらいなら。

 俺が我慢すればいいって、そう思ってしまう。


「せんぱい、楽しいですね毎日」

「うん、そうだな」

「せんぱい、何か不満でも?」

「な、ないよ。俺は玄と一緒なのが一番だから」


 嘘ではない。

 彼女との時間が一番であることに変わりはない。

 でも。


 二番や三番、そういった楽しみも人として欲しいと願うことは欲張りなのか。


 彼女は一番ではなく、唯一を望む。

 他は何もいらない。

 ただ一つ、それ以外は何もいらない。


 それでいいのかと。


 ただ、悩む余地は……もうない。


「せんぱい」


 夜。

 一緒のベッドに寝そべる彼女は俺に暗い声を向ける。


「ど、どうした?」

「今日、せんぱい全然気持ちよさそうじゃなかった」

「そ、そんなことないよ。ただ、疲れてて」

「疲れる? 私とするのはしんどいんですか?」

「そ、そういう意味じゃ、なくて」

「じゃあもっかいしましょ。私、今度は上になります」

「う、うん」


 彼女の嫉妬は日に日に強まっている。

 表に出さないことが増えただけで、彼女の中に積もる嫉妬や独占欲は大きくなる一方。

 このままいけばどこかで爆発して、どこかで俺は……。


 わかってはいる。

 わかってはいるけど怖い。


 失うことは、多分ない。

 だって、


「せんぱい、私、せんぱいが何をどう言っても、別れるつもりなんてありませんから」


 俺の上に乗っかる彼女は少し息を切りながら、言う。


 ぎしぎしと、きしむベッドの上で楽しく踊る彼女は萎えた俺を元気にさせる。

 疲れているはずなのに、その快楽に頭が冴え、そして終わるとまた無気力になる。


 その繰り返しだ。

 彼女がいなくなった俺は一体どんな抜け殻になるのか。

 最も、何があっても別れないと宣言されている以上、彼女がいなくなった時のことを想像するのは不毛と言うべきだが。


「せんぱい、明日からお引越しですね。楽しみです、新居」

「そうだな。今より広いし家具とかいっぱい欲しいな」

「そうですね。ふふっ、高校生で同棲なんてえっちですね」

「いいじゃん、別に。俺は、もうこのままでいい」

「……はい」


 もう考えるのが不毛だ。

 彼女の言う通りにやっていれば楽しいし気持ちいいし何も悩む必要がない。


 もう、このままずっと。

 

 二人っきりだ。



「せんぱーい、こっちこっち」

「お、おい待てって」

「あははっ、いいお天気」

「うん、だな」


 お引越し初日。

 学校から程ない距離の二人暮らし用のアパートに引っ越した私たちは荷物を運び入れると、荷解きはあとにして二人でお出かけにした。


 最近はずっと、彼に学校以外の空気を吸わせてなかったのでリフレッシュ。

 プールや海だと、水着姿の女を見たら全員刺してしまいそうになるので却下したけど、公園くらいならいいかと。


 でも、それもダメだと気づく。

 休日を楽しむカップル、犬の散歩をする主婦、子供と戯れる親。

 その全部が敵に見える。

 この中の誰かが、せんぱいにちょっかいを出すのではないかって、そんな心配が心を支配していく。

 黒い感情が、芽生えていくのがわかる。


 だからやっぱりダメ。

 ここも、ダメだ。


「せんぱい、そろそろ帰りましょ」

「え、そんな。だって今来たとこで」

「誰かかわいい子でもいたの?」

「……帰ろう」


 せんぱいも、最近は私が何を言いたいのかわかってきてくれたみたい。

 もう、従わないなら監禁するしかないって、私がそう言いたいのを知ってる。

 せんぱいを監禁せずに、でも自分が嫉妬せずになんてことができるのか。

 たぶんできない。


 私は病気だといったけど、その病気は日に日に重くなってる。

 日に日に。

 重く。

 ずっしりと。

 私の感情は彼を押しつぶす。


「せんぱい、私帰ったら出前でもとりたい」

「じゃあ、ピザは?」

「あそこの店員可愛いですもんね?」

「じゃ、じゃあハンバーガーにでも」

「若い子が多い店がいいんですか?」

「で、出前なら男の人がくるんじゃないかな」

「じゃあ女性なら刺していい?」

「そ、それは」

「あははっ、うそです刺しませんよ」

「だ、だよな。うん、でも男性に届けてもらうようにちゃんと電話しておくから」

「ええ」


 せんぱいは私が常識的に人を刺さないって、まだそう思ってるみたいですけど。

 私はそんなことは考えない。

 刺すことには躊躇ない。

 ただ、


「部屋が汚れちゃいますもんね」


 そんなことが理由だ。

 他人なんかどうでもいい。

 せんぱい以外どうでもいい。

 自分以外、どうでもいい。


 それが私。

 黒い私。


 そのままの私。

 

 

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