第38話 私は

 日葵玄との日々に、平穏が訪れた。


 って言い方をすればまるで今までが波乱万丈だったように聞こえるかもしれないが、実際ほとんどは平和な日常だ。


 ただ、時々垣間見える彼女の素。

 それが俺にとってはあまりに恐怖で、俺は彼女のいいなりになることを決めた。

 決めてから、平和になった。

 これが俺の生きる道だと、そう解釈した。


「せんぱい、今日は部室で」

「……わかった」

「ねえ、スリルが欲しいから鍵しないでしましょ?」

「そ、それはさすがに」

「さすがに?」

「……なんでもない」


 こんなことはしばしば。

 でも、言うことを聞いていればその後は機嫌よくしてくれる。

 だから俺は彼女の意に沿う。

 このまま彼女と二人っきりでずっと。

 ずっと一緒なんだから、喧嘩はないに越したことはない。

 日葵がニッコリと笑うと、それだけで世界が明るい。

 日葵の顔が曇ると、途端に世界が灰色になる。


 だから。


「せんぱい、今日も御泊まりさせてくださいね」


 無邪気に、俺が喜ぶことを探して笑いかけてくれる彼女の笑顔だけを守るために。


「ああ、もちろん」


 俺は彼女の言葉に首を縦に振る。



 暑い季節になった。

 六月も後半となれば蒸し暑く、夏の到来を感じさせる。

 そんな中、俺たちはエアコンもつけずに部屋の中で二人っきり。


 日葵は、暑いのが好きなんだとか。


「えへへっ、汗かいちゃいました」

「あ、暑いよな」

「でも、こういう湿気の中でするエッチって、いつもよりいやらしくて好きです。肌がねっとり絡みつくようで、好きなんです」


 蒸し暑い中で、俺は彼女を抱く。

 彼女もまた、俺を強く抱きしめる。


 あの監禁以来、彼女はすっかり大人しくはなった。

 暴力的なこともなく、学校でも風紀委員に反抗していたような態度や、清水さんを挑発していた時のような姿は見せない。


 もう、敵はいないということなんだろうか。


「せんぱい、ちょっとお話、いいですか?」


 眠る前に、彼女に尋ねられた。

 困った様子ではなくいつもの笑顔だったので軽く「いいよ」と応じると、彼女は俺の腕につかまるようにしながら話をはじめる。


「せんぱい、私って病気なんです」

「え、病気?」

「あはっ、びっくりしました? とはいっても体が悪いんじゃないですよ。心の病気っていうんですかね、こういうの。せんぱいのことを考えるとおかしくなっちゃうんです。他人とかどうでもよくなっちゃうんです。そういう私のこと、せんぱいはどう思いますか?」

「……どうって、別に。好きな人のことを考えて普通じゃいられなくなるなんて、よくある話だろ」

「そう、ですね。でもせんぱいはいつも普通です。私みたいになりませんもの。私は清水先輩も普通に死なないかなって思ってましたし、せんぱいのクラスメイトの女子だって、ただそれだけの理由で燃やしたくなります。多分仲良くなんかしてたら……」


 ぎゅっと、彼女が俺の腕を強く締め付ける。


「……大丈夫だよ。俺、玄のそういうとこも好きだから」

「ほんと、ですか?」

「ああ、そういうお前の嫉妬深いのも愛情の裏返しだって思えるようになった。監禁は、その、ちょっと勘弁かもだけど、まあ別に玄と二人でずっといられるなら離れるよりはましかも、なんて。ははっ、でもいきなりはやめてくれよ」

「せんぱい……はい、今度からは軟禁にします」

「軟禁か。まあ、それならいいのかな」

「あはっ、言いましたねえ」

「おいおい、ひどいのはやめてくれよ。でも、俺はずっと玄のことが好きだから、だから大丈夫だし、自分のことを病気だなんて言うな。よくないぞ、そういうの」

「……はい、わかりました」


 どうして今、こんな話をしてきたのかはわからないけど、彼女なりに自分の性格ってもんを自覚して気に病んでいたのだろう。

 俺も、日葵のことについては思うところがたくさんあるけどそれでも。

 別れるとか嫌いになるなんて選択肢がないんだから仕方ない。


 受け入れるということが俺の役目だと、勝手にそう思っている。


「じゃあ寝るよ。もう限界だよ」

「ええ、そうしましょ。せんぱい、夏休みは色々とお出かけしましょうね」

「ああ、どこにでも。おやすみ玄」

「はい、おやすみなさい」



 すやすやと、眠るせんぱいの寝顔はとても愛おしい。

 ほんと、純粋で疑うことをしらない人だ。

 だからこそ私がここまで好きになったんだけど。


 ……せんぱいに私はふさわしくないのかもって、私に残る良心のかけらがそう思わせてくる。

 きっと私はこれからも無茶をして、無理を言ってせんぱいの善意を無碍にする。

 でも、それが私だから。

 やめたくてもやめられない。

 わかってても、衝動が襲ってくる。


 だから聞いた。

 告白した。

 私は病気だと。

 あの監禁だって、私の本心の一端である。

 ああいうことを、もっとしたい。

 せんぱいを独り占めしたい。

 せんぱいの気持ちなんてそっちのけで、私の思うままに彼で遊びたい。


 なんて思う私を、彼に突き放してほしかったのかもしれない。

 嫌いだと言ってもらえたら、私は彼を殺したかもしれないけど。

 もしかしたら変わろうと思えたかもしれない。


 ……でも、もう結論は出た。


 そんな私を彼は受け入れてくれるって。

 病気じゃないっていってくれた。


 ふふっ、そっかあ。

 私って、このままでいいんだ。

 わがままな私のままでも、せんぱいは私のことを好きでいてくれるんだ。


 ほんと。


「後悔しても遅いですからね」

 

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