第36話 その髪に触れたから
「玄……これは一体?」
「なんでも、清水先輩らしき人が内部告発的な動画を出してどうのこうのってやつですよね」
「あ、あれはほんとなのか?」
「さあ。私が知ってるわけないじゃないですか」
カカっと高笑う日葵。
そしてさっき柳に見せてもらった動画を日葵も自身の携帯で開く。
「ほーんと、こんなことしたからって許されるわけないのに」
「……あんまり長居しない方がいいかもな。帰ろう」
「はい、そうしましょ」
今日ばかりは裏門から。
こっそり逃げるように学校を出ようとすると、裏門には男前な男子生徒が、その端正な顔を引きつらせて立っていた。
「あれは……織田先輩?」
風紀委員長の織田先輩だ。
どうしてこんなところに?
「日葵……やってくれたな」
と、日葵を指さしながらこっちに迫ってくる織田先輩を見て、日葵はまた笑う。
「これでようやく学校の膿が綺麗にとれますね。清水先輩も、あなたのような人もみんな、私は嫌いです。清水先輩を追い出してくれるタイミングを待ってましたが、思った通りになりました」
「……俺たちのやってきたことはしかるべき形で罰を受ける。それはもういい、俺たちは終わりだ。しかし、一つだけ訊きたい」
腹をくくった様子で、少し息を大きく吸って観念した様子で織田先輩は話し出す。
やはり動画の内容は事実だったのか。
それに、何を日葵に訊きたい?
「俺たちは別にお前に何もしてないはずだ。清水だって、個人的ないざこざは知らんがお前を俺たちに売り飛ばそうなんてはしなかった。だというのになぜ」
「えー、覚えてないんですか? 先輩方は私にひどいことしましたよね?」
「ひどいこと? い、いやそれは記憶にないが」
「そうですか。でも、私にとっては一生の傷です。もう、洗っても落ちない汚れです。その償いはしてもらわないとですからねえ」
日葵の言い分に、しかし今度ばかりは織田先輩もふに落ちていない様子。
どういうわけだと首をかしげていると、日葵は俺に向かって「ちょっと離れててください」と。
「だ、大丈夫か?」
「せんぱいに聴かれたくないので。さて織田先輩」
日葵は、何が何だかといった様子の織田先輩のところに行って。
何かを呟く。
「私の髪の毛、触ったでしょ」
「……髪の毛、だと?」
「ええ、入学してすぐの時、私に注意する時に触れたんです」
「そ、それが、何か?」
「私、好きな人以外に触られるのは死ぬほど嫌なんです。ほんと、あの時は死にたい気分になりました。穢されたって、落ち込みました」
「か、髪の毛に触れただけのこと、だと」
「ええ。私に触れた罰ですよ。せいぜい一生暗いところで質素にお暮しください」
「……ぐっ」
先輩が膝から崩れ落ち、それを鼻で笑うように見下しながら日葵は俺の元へ帰ってきて。
目を潤ませながら「怖いので早く帰りましょ」と。
結局、どんな会話が行われて、何が原因でそうなったのかも、風紀委員がしてきたことも何もかも。
翌日、風紀委員の解散というニュースと共に、真相は闇の中に葬られた。
◇
「せんぱい、私の髪の毛ってサラサラしてて気持ちいいでしょ?」
「ああ、玄の髪は綺麗だよ」
「えへへっ、いっぱいいっぱい触ってください。せんぱいの為の私ですから」
「うん、大好きだよ玄」
「せんぱいだーいすき」
風紀委員がいなくなった学校生活は、まあひどいものだった。
爛れた生活というにふさわしい、ふしだらなものだった。
休み時間の度に日葵とコソコソ会っていちゃついて。
昼休みもずっと二人でイチャイチャして。
正直こんなに幸せでいいのかと不安になるほど、充実していた。
それに、乱れたのは俺たちだけではない。
他の生徒もタガが外れたように次々と相手を見つけ、放課後になると大勢のカップルが仲睦まじく寄り添いながら正門を抜けていく。
今までになかった光景だが、今までより幾分か高校らしいと、少し微笑ましくなる。
一体今までにどれだけの人間が風紀委員に抑圧されていたのだろうか。
ちなみに風紀委員に所属していた連中は皆、無期限の謹慎となっているそう。
事実関係の調査、というよりはほとぼりが冷めるまでの処置のようだと柳が言っていた。
そして柳のことだが。
あいつは本当に強い奴だと感心させられる。
「俺、清水さんがやったことは許せない。でも、あの子にもう一度会って話がしたい」
だから居場所を探して、彼女に会いにいくつもりだと。
こういう一途な面もまた、彼が誰からも好かれる要員なのだろう。
俺も、以前は心の底から応援なんてしてなかったのかもしれないけど、今は全力で応援したいって、そう思う。
「せんぱい、清水先輩がせんぱいのことを好きだったって知った時、どう思いました?」
「……いや、正直な話でいえば好きと言われて嫌な気はしなかったよ。でも、俺は全然彼女のことを知らなかったんだって思うと、今はちょっと違う気持ちかな」
「といいますと?」
「柳には内緒だぞ。俺は……彼女と過ごした時間がはっきりいって無駄だって思ったな。あんなことしてる暇があったら玄と一緒にいたい。俺にとってはもう、過去の思い出ではなくて黒歴史だよ」
そんな清水さんのことを包み込んで愛してやれる人も今後いるかもしれないが。
俺はそうはなれない。
いや、清水さんに限らず、他の誰もに興味がわかない。
もう、日葵と一緒にいる時間以外は必要ない。
「……せんぱい、嬉しい」
「なにがだよ」
「いえ、なんでも。ふふっ、せんぱいはもう、私にぞっこんですね」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、私ももうちょっとわがままになっちゃおうかなあ」
と。
笑う日葵は実に愉快そうで。
それを見て俺も少し微笑んでしまったのが最後の記憶だった。
次に目が覚めると。
俺は。
監禁されていた。
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