第35話 暴露

 日葵は風紀委員のことについて、何か俺たちの知らない秘密を握っていると。

 そう結論づくまでに大した時間はかからなかった。


 しかし何を?

 あの厳格な風紀委員が握られて困る弱みとは?

 清水さんの転校は、そのことと何か関係があるのか?


 何もかもが憶測で、それに彼女は俺の質問もはぐらかすものだから答えはおろかヒントすら与えられず。


 夜。


「せんぱい、お風呂あがりましたよ」

「う、うん」

「あ、もう元気になっちゃってるー。ねえ、今日は泊まっていい日なんでいーっぱいしましょうね」

「も、もちろんだよ」

「えへへっ、せんぱいとずっと一緒だー」


 しかしこうなると考え事どころではなかった。

 彼女は俺が何か悩んでいると、それを察したように話題を変え、さらにいちゃついてくる傾向がある。


 まあ、それが迷惑だなんてこれっぽっちも思わないので、流れに身を任せて欲望のまま彼女を抱く。

 するとさっきまで悩んでいたことが嘘のようにどうでもよくなる。

 満たされる。

 

 今日も、あれこれ考えていたことの全てがどこかに消えていった。

 それほどまでに日葵といる時間は濃く、そして幸福感でいっぱいなのだ。

 でも、今日ばかりは彼女を抱いた後、一度消えたはずの悩みがまた沸いてくる。

 彼女は一体何を知って、何をしようとしてるのか。


「……なあ玄」

「なんですかせんぱい? もう一回ですかあ?」

「う、うん。でもその前に……いっこだけ聞いてもいいか?」

「はい」

「……風紀委員の人と、何かあったのか?」

「どうして?」

「い、いや。なんか必要以上に嫌ってるように見えるから」


 俺だってああいう権力を振り回してる連中は嫌いだ。

 そもそも風紀委員とは名ばかりで、表向きの活動以外に裏で予算を使いまくってるとか、委員会の仕事だと言えば授業も免除されてるとか、推薦も優先的にもらってるとか、様々な噂を聞くのでいい印象を持ってるやつは少ないけど。


 日葵ほど露骨に嫌うやつも珍しい。

 あれは嫌うというより敵意を丸出しにしている。 

 

「必要以上に、ですか。まあ、私が彼らを嫌いなのは否定しません」

「あんまりムキになるなよ。あの人たちは学校がバックについてるし」

「はい、無茶はしません。せんぱい、心配してくれるんですね。嬉しい」

「玄……」

「せんぱい……」


 また、キスをした。

 その唇を食べてしまうほどに深く。

 その舌をこしとってしまうほどにねっとりと。

 彼女の華奢な体を折ってしまいそうなほど強く。

 そのまま、彼女を抱いた。



 翌朝、風紀委員の連中は正門前にはいなかった。

 一部では緊急会議とかで集まってるなんて噂もあったが何をしてるかは知らない。


 でも、彼らの姿がない学校は心なしか活気づいてるようにも見える。

 やはり皆が皆、相当抑圧されていたのだろう。

 ほんと余計な委員会だ。

 そもそも、どうしてそこまで権力があるんだろう?


「せんぱい、今日は私、放課後にやることがあるので先に帰っててもらえます?」

「え、そうなの? まあ、いいけど」

「柳先輩とでも遊んでてください」

「……あいつにはもう嫌われてるよ」

「きっと仲直りできますって。それに今日あたり、向こうからせんぱいに話しかけてくるんじゃないですか?」

「どうしてそんなことがわかるんだよ」

「女の勘ですよ。でも」


 よく当たるんです、私の勘は。

 そう言って、一年の校舎に日葵は消えていった。



「柴田先輩お疲れ様です」


 放課後。

 私は風紀委員のいる会議室を訪れた。

 総勢六名。

 柴田のゴリラを含む上級生の主要メンバーによる独裁的組織。

 まあ、ただの風紀委員がどうしてここまで学校で幅を利かせているのかって話ですが。


 単純な話。


「あ、風紀委員長も。こんにちは」


 風紀委員長。

 長机の奥に一人、司令官のように腰かけて腕を組む人物。

 鋭い目つきをした、狐顔の端正な顔立ちが特徴的な男子。


 織田堂満おだどうま


「なんだお前。ここは風紀委員会の活動場所だ。関係者以外は」

「変態」

「……なんの話だ」

「先輩方のやってること、全部ばらしますので」

「なに?」

「あ、ムキになった。わかりやすい人ですね」

「……こいつ」


 織田先輩は剣道部の三年生。

 主将も務め、全国大会にも足を運ぶ優秀な彼はその容姿もあって貴公子とかなんとか呼ばれてるんだっけ。


 私からしてみれば奇行子ですけど。

 あははっ、おもしろくないか。


「先輩方が学校の推薦を優遇したり成績を忖度したり、時には部活動のメンバー選びにも口を出したりしてるの知ってますよ。それに、そういうのを餌にして目をつけた女の子たちに言いよって好き放題してるってことも」

「……何の話だかさっぱりだ。おい、こいつをつまみ出せ」

「あー、いいんですかねえ。いくらお父さんが理事長だからって、やってることが世間にバレたら社会的に終わりですよ? それこそ、親もろとも」

「だから何の話だと」

「へえ、強気なんですね。でも、来世では謙虚になるってことも覚えた方がいいですよ」

「なに?」


 そろそろ。

 時限爆弾が動き出す。



「城崎」

「……柳?」


 玄のいない放課後。

 最近俺を避けていた柳から話しかけてきた。


「すまん、ここ最近ずっと無視してて」


 申し訳なさそうに話しかけてくる柳を見ながら、俺は茫然としていた。

 いや、別に疎遠になりかけていた友人が急に声をかけてきて驚いたというより。

 日葵の言う通りになったことが驚きだった。

 勘だといっていたが、こうもピンポイントに的中すると怖さすら感じる。



「どうした城崎?」

「あ、いや……お、俺こそ悪かったよ。清水さんのこと」

「そのことなんだけどさ。これ、見てみろよ」

「ん?」


 動画サイトを見せてきた。

 そこには鼻から上を隠して話をする女性の姿が。


 でも、この声……それにこれは?


「清水さん?」

「ああ、だよな。さっき他の連中から訊いたんだ。これ、ヤバいぞ」

「やばい?」


 おもむろに再生された動画で、清水さんらしき女性は語りだす。


 その内容は、到底信じがたいものばかりだった。


 ある学校の風紀委員が推薦や成績の操作を好き勝手やっていて、その恩恵を受けたいがために体を売ったり金を積む生徒が多数いたと。


 その両方ができない場合は、可愛い女子を差し出すことで恩恵を受けていた人もいて。

 自分もその一人だったと。

 そんな前時代的な不祥事が横行していることを知ってなお、それでも自分の利益を優先してとんでもないことをしてしまったと。


 泣きながら反省の弁を述べているところで動画は途切れた。


「……嘘だろ? ていうかこれ」

「間違いなくうちだよな。場所とか、遠回しに言ってても地元のやつならすぐわかる」

「……」


 この動画は瞬く間に学校中に。

 そして世間の耳に届くまでにも大して時間はかからなかった。

 皆が、この話題でもちきりになって。

 柳とせっかく仲直りできそうな状況も、それどころではなくなった。


 先生が慌ただしく走り回り。

 火消しに走る風紀委員の連中が正門前で大声をあげながら「スマホを没収する」なんて無茶を言っていたがもちろん誰も耳を貸さず。


 やがて横暴な風紀委員に対して暴言を吐く連中が増えていき。

 大混乱となる。


 騒然とする学校の様子を、俺はどうなってしまうんだろうと不安になりながら教室の窓から見守っていると。


「せんぱい、すごいことになってますね」


 日葵が、教室にやってきた。

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