第34話 風紀委員

「清水さん、転校しちゃったのショックだわー」


 落胆する声があちこちで。

 朝のホームルームで急に告げられた学年のアイドルの転校に、皆が胸を痛めていた。


「柳、お前何か聞いてなかったのかよ」

「いや、何も……」


 柳も肩を落としていた。

 そりゃそうだ。

 付き合ってた彼女にフラれた挙句、その子が突然いなくなって、しかもあの様子だと何も聞かされてなかったようだし、そんなのショックがないわけがない。


 ……柳がフラれたことは俺のせいでもあるんだけど。

 でも、どうしようもないことだ。


 清水さんがたまたま俺に気をもってくれて、たまたま俺が柳と仲がよくて彼女がそれを利用しようとして。

 でも、そんなことまで俺の責任と言われたのではたまったもんじゃない。

 

「なあ城崎、何か知らないのかよ?」

「え?」

 

 クラスの数人が、俺に訊いてきた。

 普段話しかけてこない連中が、しかし昨日俺と清水さんが教室で何か話していたところを見ていたのもあって、質問をぶつける。


「清水さんと、もしかして何かあったのか?」

「清水さん、何か言ってなかったか?」

「なんでもいいから教えてくれよ」


 様々聞かれたが、俺が昨日彼女と話したのは俺が好きだったって話と、彼女がやってきたことの懺悔。

 だから要望に沿えるような内容は何もなく、俺は「知らない」とだけ。


 すると興ざめた様子で皆は散る。

 その後しばらくは清水さんの話題で盛り上がった教室も、昼休みを過ぎる頃には別のことで盛り上がるようになって。


 放課後になると、もう誰も清水さんのことは口にしていなかった。


「せんぱい、昨日はいっぱい離れてて寂しかったです」


 日葵と帰る時、いつも以上に甘えてくる彼女はしきりに「今日はいっぱいしてね」と。

 俺も俺で、そんな彼女の話に胸を躍らせながら、真っすぐ家を目指す足取りが早くなる。


「そ、そうだ。清水さん、転校しちゃったって聞いた?」

「ええ、聞きました。せんぱいも、ちゃんと聞いてくれたんですね」

「? なんの話だ?」

「またまた。昨日私が訊いてほしいって話、してくれたんですよね?」

「ああ、それか」


 清水さんが風紀委員と仲がいいのかという話。

 そういえばそんな話をしろと言われて、帰り際にしたっけという感じだった。


 清水さんの突然の転校があまりに衝撃で、昨日彼女が怒って帰ってしまったことなんてすっかり忘れていた。


「そういえば、その話をしたら彼女は怒ってたけど」

「でしょうね」

「……なにかあるのか? 風紀委員と」

「さあ。知らないから訊いてほしかったんですよ」

「そ、そうか。だよな」


 日葵がどうしてその質問を俺にさせたのか。

 その意図を聞こうとしてもうまくかわされてしまって聞けずじまい。

 まあ、あまり清水さんの話ばかりしているとまた日葵が不機嫌になる可能性もあるしと、俺もほどほどにこの話はやめた。


 正門では、風紀委員が下校時の服装チェックを行っていた。

 毎日毎日よくやるもんだと感心させられるが、やはり彼らは苦手だ。

 その中には柴田先輩もいる。

 部活よりも風紀。

 そんなことをいつか言っていたが、こうして部活動の時間に風紀委員の活動を行うその姿を見る限り、その言葉に嘘偽りはないのだろう。


「おい、待て」


 しれっとやり過ごそうとしたが、無理だった。

 あからさまにいちゃつく日葵と俺は、格好の餌食。

 捕まってしまう。


「お前ら、学校ではそういうことをするなと注意したはずだ」


 と、柴田先輩。

 少し及び腰なのは、多分日葵に一度やられているからだろうけど。

 自分の中の正義とやらが、その恐怖心をも克服したというのなら立派なものだ。


「あれー、セクハラゴリラですね」

「ゴ……誰がゴリラだ!」

「こわーい。またそうやって私を触るんですかあ?」

「人聞きの悪いことを言うな。いいから離れろ」

「へえ、どの口がそんなエラそうなこと言ってるんですかねえ?」

「な、なに?」


 日葵は、よいしょっと俺から離れると。

 スタスタと風紀委員たちの中心に向かう。

 当然、囲まれる。

 いかつい男数人が、彼女を睨む。


「なんだ、文句があるなら言え」

「文句? ありませんよそんなの。今日ばかりは感謝です、感謝」

「か、感謝だと? 俺たちはお前に何も」

「してくれましたよ。私のにっくき恋敵を、うまーく追い出してくれたじゃないですかあ」

「っ!?」


 日葵の方へ近づこうとするが、別の風紀委員に止められて動けない。

 少し距離があって、彼女が何を話しているのかは聞こえないが、柴田先輩の表情が一気に歪んだのは見えた。


「な、なにを言って、るんだ?」

「ふふっ、慌ててもボロを出さないとこはさすがですねえ。でも、私は証拠も持ってるので」

「しょ、証拠だと?」

「あら、随分困った顔してますねえ。さてさて、私がこのことを話したらあなた方がどうなるか。知ってますよねえ?」

「……俺は、何も知らん」

「へえ、強気なんだ。まあいいですよ。せいぜいその権力に酔っててくださいな。私はこれからせんぱいと、夜通しするんですから」

「な、なんと風紀の乱れたことを」

「はいはい、そういうのいいですから」


 日葵は、何か話し終えるとスタスタと俺のところに戻ってきた。


「だ、大丈夫か玄?」

「はい、大丈夫です。今日は変態さんたちもさすがに大人しかったです」

「へ、変態?」

「ええ。さて柴田先輩、これだけは言っておきますねえ」


 大きな声を張り上げて。

 その甲高い声は正門のあたりにいる生徒たちみんなに聞こえるほど響く。


「私、絶対に先輩たちのやってること、許しませんからね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る