第33話 知らないことだらけ
清水さんの宣言は、俺のみならずクラスの連中も皆、聞いていた。
しかし状況が飲み込めていないのも皆同じで。
どうして柳の彼女である清水さんが、俺に対してわざわざ話をしにきて。
しかも諦めないとはどういうことなのか。
ただ、柳はその時、沈黙を守っていた。
何か知っていたのか、それとも。
しかし、結局俺に何も言ってはこなかった。
それからというものの、休み時間の度に何をされるかとビクビクしながら過ごすこととなったが。
特に何もなく。
ただ、いつもより皆の目が冷ややかな印象だけは受けた。
柳は相変わらず、何も言ってこない。
そして昼休み。
いつもなら日葵が。
元気な笑顔で手を振りながら教室に入ってくるのに、今日は姿を見せず。
何かあったのか心配になりながらも、一年生の学舎に行くのは少々気まずくてどうしようと戸惑っていると。
また。
清水さんがやってきた。
「城崎君いますか?」
教室の扉のところで堂々と。
その言葉に皆が俺を見る。
「……」
俺は席に座っていて、隠れることもできず。
でも日葵との約束もあるから返事もできず。
黙って清水さんを見る。
すると、
「城崎君、今日の放課後、あの店に来て」
と。
そう言い残して去っていった。
周りの連中は一体何が起こってるんだと首を傾げ、俺もまた何がしたいんだと首を傾けた。
ただ、あの店というのはなんとなく察しがついた。
お好み焼き屋、ではなく以前日葵と行った喫茶店。
もちろん、確証はないがなんとなく。
あの店は日葵に紹介してもらったお店だけど、そこで清水さんと偶然会ったことが違和感だった。
これは勘というしかないが。
あの店は清水さんもよく使う店なんだと思う。
ただ、それをわかって日葵が俺に紹介したというのなら、その意図は全く不明だけど。
……いや、全くということはない、か。
日葵は随分と清水さんを敵対視していた。
だから俺との仲を見せつけたいと、そう思って清水さんの行きつけの店を選んだって考えるのは自然だろう。
だったら。
だったとしたら、だ。
日葵は、清水さんが俺に気を持っていると、そう勘違いしているのだろう。
まあ、それはないのだけど。
だってあの子は柳の彼女なんだし。
わざわざ一緒にデートもしたんだし。
だから何もないはずなのに。
だったらどうして俺を店に呼びつけるなんてことをしたんだと。
結局その理由もわからず、日葵も来ないまま昼休みは終わってしまった。
◇
「せんぱいっ、帰りましょ」
日葵のことは心配で連絡をとってみたら先生に呼ばれたということだった。
だから特段慌てることもなく午後を消化して放課後。
日葵は普通にやってきた。
それを見てほっとすると同時に、しかし言わなければならないことがあったのを思い出す。
「あの……玄、ちょっといいか?」
「はい、なんですか?」
「き、今日清水さんが教室に来て、だな」
「話したんですか?」
「い、いや俺は何も……でも、向こうが気になることを言ってて」
あくまで俺は会話などしておらず。
一方的であったことを全面に出しながらたどたどしく説明を続ける。
諦めないと言ったことに関しては伏せたが、なぜかあの店に呼ばれたことについてだけは正直に。
すると、
「ふーん、面白いですね。じゃあ、行ってきていいですよ」
「……え? いや、だって」
「逆におかしいなって思ってたんですよ。彼女と話をしたところで、せんぱいが清水先輩になびくことなんて絶対にあり得ないのに、禁止するのはどうかなって」
「そ、そうなの? いや、もちろん俺は浮気なんてする気もないけど」
「でしょ? だったら、ちゃんと誤解ないようにしとかないとって。ねえせんぱい、行くのは許可しますし今日は会話も解禁しますから、その代わり清水先輩に一つだけ言ってほしいことがあるんです」
「あ、ああ。いいけど、なんて言えばいいんだ?」
「んーと」
わざとらしくとぼけて。
少し間を空けてから日葵は俺の後ろに回って。
耳元でささやく。
「風紀委員の方々と仲がいいんですねって、聞いてください」
◇
「いらっしゃいませ」
何度か日葵と訪れた、古びた喫茶店。
いつものようにそこにはマスター以外誰もいなくて。
清水さんも、いなかった。
店を間違えたんじゃないかってハラハラしながら席に着くと。
すぐに扉ががらんと音を立てて。
清水さんがやってきた。
「あ」
と、俺がまず発すると気まずそうに清水さんは店内に入ってきて俺の前に座る。
「き、来てくれたんだ」
「ま、まあ……呼ばれたから、一応」
「そう」
気まずい空気が充満する。
それを察してか、マスターも注文を聞くタイミングをうかがうようにこっちを見ていたので慌てて「コーヒー二つください」と、勝手に注文を済ませてしまう。
「ご、ごめんコーヒーでよかった?」
「うん、大丈夫」
「……それで、今日はどういう用件で?」
誰もいない静かな店内というのが、かえって気まずさを助長する。
早く終わらせて帰りたいというのが正直なところなので余計な話をするつもりはない。
ただ、清水さんは大きく息を吸い込んだ後。
俺に少し嬉しそうに話をする。
「ねえ、城崎君って私のこと、好きだったんだよね?」
「え? ま、まあそれは、そう、だったかな」
「嬉しかった。私、あんな風に誰かに好きっていわれたこと、なかったから」
「そ、それは、どうも」
「でも、ごめんなさい。あんな断り方をして、私は後悔してる」
「……なんで今更、そんなことを言うんだ?」
「わ、私……本当は……城崎君のことを好きだったの」
「……今、なんて?」
耳を疑った。
いや、俺の全てを疑った。
目の前で照れくさそうにする彼女の姿だって、俺の目がどうにかしてるんじゃないかと。
こうしてそんな彼女とここにいる自分の存在がそもそも、ありえないんじゃないかと。
でも。
「私は城崎君が好き。それだけは、ちゃんと伝えておきたかったの」
真っすぐ目を見て俺に告白する彼女は、見間違いでも聞き間違いでもなかった。
「……そっか」
「ごめんなさい。私、正直日葵さんのせいにしてた。あの子が城崎君を奪ったって、そう思って恨んでた。だから柳君と付き合ったのだって、あなたの親友と付き合えば少しはあなたの気が惹けるんじゃないかとか、そんなことを思ってそうしただけ。彼にも、悪いことをしたと思ってる……」
「清水さん……」
募りに募った思いを、彼女は吐き出した。
しかし、肝心なことが訊けていないことに気づく。
「清水さん、それならなんで俺が告白した時に、断ったの?」
「そ、それは……」
「もしかしてだけど、誰かに何か言われてたとか」
「……ここだけの話にしてくれる?」
「う、うん」
「実は」
実は。
日葵が助言した通りにそうしたんだと、清水さんはそう告げた。
もちろんそれだって、今となれば自分の意思がなかったと反省すべきところで日葵のせいにすべきではないことだと。
彼女は全て自分の責任としたうえで、事実を話してくれた。
「……そっか。日葵が」
「でも、あの子なりに必死だったんだと思うし、私より彼女の方が城崎君のことを好きだったってことなんだなって。本気なら、なりふり構わないのが恋だって、そう教えられた気がするの」
「……うん、そうだね。俺も、日葵の本気度に負けたもんな」
「そうね。でね、私はそんなあの子から学んだの。どうしたら好きな人と一緒になれるかなって」
「清水さん?」
「……お願い、あの子と別れて私と付き合ってください!」
深々と。
テーブルに頭をこすりつけるようにして、彼女はお願いを言ってきた。
かつて俺がずっと好きだった清水さんが。
俺に付き合ってくれと、懇願する。
嬉しいと思うのが当然の感情だった。
柳のこととか、日葵のこととか色々あるけど、そんなことより前に、誰かからこうして好意を向けられることは嬉しいことだと。
でも、やはりそれまでだった。
嬉しい、でもときめかない。
俺は、彼女のことをもう、好きじゃない。
「……ごめん。俺、やっぱり玄が好きだから。あいつを裏切ることは、できないよ」
「……そう、だよね。うん、わかってる。でも、私もすぐに城崎君のことは嫌いになれないから。だから柳君とのこと、ごめんね」
「そういえば、柳とはどうしたの?」
「別れたわ。ちゃんと話もして、彼もわかってくれてたけど。でも、やっぱりあなたが少し憎いって。私の勝手で友人関係にひびを入れちゃって、それもほんとにごめんなさい」
「……いいよ、もう。あいつもいつかわかってくれる。それに、柳は俺なんかよりいい人だから……いや、なんでもない」
俺より柳の方がいいよなんて。
柳より、誰より俺がいいと言ってくれる彼女には失礼なことだと思って。
それは言わなかった。
親友の為とも思ったけど。
正直に罪を告白する清水さんのこともまた、俺は庇ってあげたかった。
「……そろそろいいかな。俺、彼女を待たせてるし」
「う、うん。ねえ城崎君、これからも同級生として仲良くしてもらえないかな?」
「ははっ、嬉しいけど玄が嫉妬するから。まあ、挨拶くらいはしてもいいかって、聞いてみるけど」
「うん。ありがとね」
と。
ここまでの日葵と清水さんの遺恨から、今日の柳の態度まで全部の謎がすっきり解けて少しだけ肩が軽くなったところで俺は先に席を立つ。
その時だった。
日葵に、聞いてきてくれと言われていたことを思いだした。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
「え、ええと。いっこだけ聞いてもいいかな?」
「うん、どうぞ」
「風紀委員の人たちと、仲がいいの?」
この質問の意味は、質問した俺もよくわかってなかった。
どうして日葵がそんなことを俺に質問させたのかももちろん知らない。
ただ、
「……帰って」
「え?」
「帰って! 知らない!」
「し、清水さん?」
「さようなら!」
「あ、ちょっと」
俺より先に、清水さんが店を飛び出していった。
取り乱しながらバタバタと。
どうしてあんなに急変したのかも、俺は知らない。
俺は何も知らない。
だから。
次の日、清水さんが急に転校してしまった理由も俺は。
知らないままだった。
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