第32話 宣戦布告

 まるで御通夜みたいな昼食だった。


 これが世間でいうダブルデートなどでは決してないと、初めてそれを試みた身分でもはっきりわかるほど。


 冷え切っていた。

 空気も、会話も。


 手つかずになったお好み焼きも。


「……あの」

「せんぱい、このあとどうします?」

「あ、ああどうしよっか」

「んー、えっちなことしたいなあ」

「お、おいこんなとこでそういう話は」

「いいじゃないですか。ねえ柳先輩」

「ははっ、いいなあ城崎は。羨ましいぜ」

「……」


 清水さんが何か言おうとすると日葵が割って入り、俺と清水さんはただただ沈黙するだけ。


 柳は誰とも気まずくなる理由がないのでいつもの調子だったが、それだけがほんとに救いだったと言える。


「ふう、うまかった。城崎、このあとはどうする?」

「え、ああそうだな。玄、どうしよっか」

「今日はお腹いっぱいで眠たくなっちゃいました。帰りましょ」

「だそうだ。柳、またにしよう」

「だな。清水さん、俺たちは俺たちでどっかいこっか」

「え、ええ。そうね。うん、お会計してもらいましょっか」


 ようやく。

 気まずい空間から解放されたのはお好み焼き屋に入って二時間ほど経過した頃だった。


 店を出て二人と別れると、俺は大きく息を吐いた。


「はあ……」

「せんぱい、よくできました。えらいえらい」

「勘弁してくれよ。気まずさで胃に穴があきそうだ」

「でも、さすがにもう清水さんも誘ってこないかもですね。まあ、それでいいんですけど」

「なあ、トイレで彼女と何かあったのか?」

「どうしてですか?」

「いや、戻ってきた時に清水さんの顔が青ざめてたから」


 と。

 見たままのことを言ったつもりだったが。

 それがいけなかった。

 見てはいけなかった。

 そもそも。

 清水さんを見たことがいけなかった。


「せんぱい、私じゃなくて清水先輩を見てたんだ?」

「い、いや、違うそうじゃなくて」

「見てたんだ」

「ご、ごめん……でも、たまたまそっちに目が」

「私じゃなくて彼女に視線を持っていかれるんだあ」

「く、玄?」


 ちゃきっと。

 彼女が手にもったのは。

 いつぞや、彼女が落とした時に見たマイフォーク。

 どうしてそんなものを携帯している?


「せんぱいも、痛い痛いしないとわからない?」

「ま、まて……危ないからそれを向けるな」

「可愛い彼女じゃなくて恋敵に視線を向けた人がどのつもりで言ってるんですか?」

「そ、それは」

「せんぱい、私だけを見てください。私以外見ないでください。せんぱいの目には、私以外の映像を焼きつけないでください。せんぱいの脳裏に浮かぶのは、常に私だけにしてください。いいですか?」


 と。

 フォークを少し俺に近づける。


「わ、わかったよ……だからそれを離してくれ」

「反省してます?」

「し、してるしてる。うん、もう二度としないから」


 まるで浮気を問いただされて詰められているような、そんな感じ。

 でも、彼女を怒らせたことは事実に違いない。

 今は謝る以外、この場をおさめる方法が思いつかなかった。


「ふふっ、せんぱいはすぐ理解してくれて助かります。でも、あんまり彼女に心配かけさせないでくださいね?」

「う、うん」

「じゃあ帰りましょっか」

「……うん」


 ヒヤッと。

 冷や汗が垂れた。

 彼女の狂気が、今までは部分的だったそれが今日は全面に出た。

 嬉しそうに俺にくっつく日葵を見て、今は恐怖心が勝っていた。

 この子を本気で怒らせたら、どうなるんだと。

 死人が出るのではないかと。

 このままで、果たしていいのかとも。


 しかし、


「せんぱい」

「な、なんだ?」

「帰ったら、えっちしましょ」

「……うん」


 そんなことを言われて、また胸がどきどきと高鳴る俺は最低なやつかもしれないけど。


 どれだけ怖くとも、嫉妬深くとも。

 俺は彼女と離れられないと。


 この胸の高鳴りは、そんなことを予見させた。



 数日後。


 柳と清水さんというビッグカップルの存在がバレた。

 

 それまでも噂は飛び交っていたがそれが確信に変わった。


 一緒に手を繋いで歩く二人を何人もが見たと、そう話していた。


「せんぱい、柳先輩たちはうまくいってるみたいですね」


 と、日葵。


 放課後を常に共にする彼女から、心なしか嬉しそうな声が聞けて俺もホッとする。


「ああ、なによりだ。それに、あれから柳とは普通だし清水さんとは絡みがないけど問題ないし、このままでいいんじゃないか? 無理に仲良くなんて、しなくていい」

「ですね」


 なんて言ってると、前を歩く柳と清水さんの姿を発見。


 二人がそっと手を繋ぐところを俺たちも見てしまう。


「……邪魔したら悪いから、向こうから帰るか」

「ええ、そうしましょ」


 親友をこういう形で避けなければいけないのは少々辛いが、こういうしがらみも大人になればもっと出てくるんじゃないかとも思うし。


 それに、俺は誰よりも自分の彼女を最優先に考えるべきだから。

 それは柳だって同じだ。


 俺たちは、そのせいで関係が希薄になってしまっても仕方ないと。


 あいつならそういうこともきっと、わかってくれるだろう。



「おはよう柳」

「……」

「お、おい。無視するなよ」

「……」


 翌日。

 教室で目が合った柳に挨拶すると、無視された。


 嫌なことでもあったのだろうか。

 いや、そんなことくらいで態度に出すようなやつじゃない。

 ならどうして?

 俺、何かしたか?


「なあ柳、彼女とどうなんだよ」

「いやー、バッチリだって。可愛いのなんの」

「いいなあお前はイケメンだからあんな美人と付き合えてさ」

「ははっ、そうでもないさ」


 他の連中とは、気さくに話をしている。

 ということはやはり、柳は俺に対して怒っているってこと、か?


 でも、全く心当たりがない。

 昨日までは普通だったはずなのに。


 なにがなんやらと、首を捻っていると今日は俺の彼女ではなく。


 柳の彼女である清水さんが教室にやってきた。


 ああ、彼女もこうして彼氏である柳に会いにくるくらいになったんだとか思っていたら。


 清水さんは柳ではなく俺のところに。


 そして俺の席の前に立ち、口を開く。


「城崎君、私は諦めないから」

 


 

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