第31話 ダブルデート

「よう、城崎。それに日葵ちゃんもお疲れ」


 約束の店は、初めて行く場所ではなかった。

 いつぞや、清水さんとの初デートで訪れたお店。

 そこに今、日葵と柳、それに清水さんの四人でいる。


 テーブル席にカップルで向かい合い、俺は対面の柳だけを見ながら、横にいる日葵に太ももを触られる感触にジッと耐えているところ。


「どうした城崎、背中でもかゆいのか?」

「い、いや……」

「せんぱい、何頼みます? ねえ、清水さんも早く決めてくださいよ」

「え、ええ」


 どうやら気まずいのは俺だけではなく。

 清水さんも明らかに動揺している。

 やはり、今日のダブルデートは無理やりにでも断るべきだったか。

 

 と、後悔しても今更どうにもならないことも知っている。

 できることといえば、どうにかこの場をやり過ごして早々に解散するだけだ。


「お、俺は普通のでいいよ」

「わ、私も」


 その気持ちは清水さんにも伝わったのか、ようやく全員のメニューが決まった。

 そして注文を終えると清水さんがトイレに、柳が電話のため一度店の外へ。


 それを見て、ため息をつく。


「はあ……」

「どうしたんですかせんぱい? もしかして清水さんとの食事で緊張してるとか」

「そ、そうじゃないって。気まずいんだよやっぱり」

「へえー。でも、さっき会話してましたよね?」

「え、いつ? し、してないと思う、けど」

「せんぱいが注文したものと同じものでって彼女も言ってました。仲いいんですねえ、ふーん」


 最後のふーんは、とぼけた様子というより怒った様子で。

 その証拠に俺の太ももに優しく乗せられた手は、急に力がこもって。

 足がぎゅっと握られた。


「い、痛いよ」

「私の方が痛いです。辛いです、せんぱいと清水さんが意思疎通のとれた様子を目の前で見せつけられるのは、いい気分がしません」

「だ、だからそんなんじゃなくてだな」

「じゃあ、もう絶対に話しません?」

「あ、ああ」

「もう、二度と目も合わせない?」

「も、もち、ろん」

「金輪際、彼女の名前も呼ばない?」

「う、うん…‥」


 そこまで言い切ると、すっきりした様子で「じゃあ、仲直りです」と。

 キスをされた。

 そこまで俺と清水さんを関わらせたくないのに、どうして今日の約束は快くというかむしろ積極的だったのかが不思議で仕方ないけど。

 理由を聞いたとしても、多分俺には理解できない気がした。


 だから今は従うだけだ。

 日葵を不安にさせるのは、彼氏としてよろしくないというのもある。

 彼女が安心できるように振る舞ってやるのも、いい彼氏の務めといえる。

 まあ、日葵を怒らせたらとんでもないことになりそうだからって予感も多分にあったけど。


「おいおい、店内でいちゃつくなよな」


 と、柳。

 後ろから俺たちのキスするところを見ていたようだ。


「あ、すまんすまん」

「いや、いいけど。ていうか清水さんまだ戻ってないの? 体調悪いんかな」

「さ、さあ。お前の彼女なんだから様子見て来いよ」

「女子トイレに入れるかよ。あ、そうだ。日葵ちゃん、ちょっと見てきてくれる?」

「いいですよ。じゃあ、料理が来たら先に食べててください」


 この時、日葵と清水さんを二人っきりにさせることを止めた方がいいのかとも考えたけど。


 柳にその事情をいちいち説明するのも難しいし、第一こうして一緒のテーブルで飯を食べようとしてる仲なのに実は揉めているみたいなことを言える雰囲気でもなく。


 やがて彼女は奥のトイレの方へ消えていった。


「さて、すまんな城崎」

「なにがだよ。俺はなにも」

「ここ、清水さんと二人で来たんだって? 彼女から聞いたよ。思い出を蒸し返すような感じになって悪いなって」

「清水さんなりの気遣いじゃないか? 気まずさをとっぱらうつもりでこうしてるんなら、いっそのことこういう思い出の場所っていう気まずいとこもなくしたいって」

「そっか。まあそうだよな。この街でいくとこって限られてるし」

「だよな。ま、ぼちぼち待とうぜ」


 とか言ってると。

 みんなのお好み焼きが運ばれてきて、目の前のテーブルに備え付けられた鉄板にのせられてじゅっと音を立てる。


「お、いい匂いだな。早速食べようぜ」

「でも玄や清水さんを待たなくていいのかな」

「いいじゃんいいじゃん、あついうちの方がうまいって」

「ま、それもそうか」


 どうして柳と話してると細かいことを気にするのがばからしくなるのだろうか。

 それも、こいつのなんでも許せるオーラってやつにあてられてのことか。


 まあそれもいつものことかと勝手に納得して。

 お好み焼きにヘラを入れる。



「清水せーんぱいっ。そういう構ってちゃんは嫌われますよ?」


 トイレに入ると。

 洗面台のところで水を流しながらじっとそれを睨む清水先輩がいた。


「やっぱり無理……あなたと食事なんて、やっぱり無理よ」

「あはっ、自分で言いだしてその言い草はないでしょ。それにせんぱいの親友さんまで巻き込んでおいてよく言いますね」

「ま、巻き込んだわけじゃないわよ。それに私たちは付き合ってるんだからそれくらい」

「そもそも柳先輩と付き合ったのって、せんぱいに近づくためですよね?」

「え?」

「知ってますよ私。中学の時、あなたがそうやって、初めてできた彼氏さんを親友に奪われた過去。今度は逆で、自分が奪う側に回るってわけですか。いやあ、頭がいい人は違いますね」

「そ、それは……」

「まあ、今日はせんぱいに免じて一緒にご飯食べてあげますけど、こざかしいマネはしないでくださいね」


 脅しではない。

 私は、私が壊れている自覚くらいはある。

 でも、わかったうえで徐々に小出しにしながらでも、最後にせんぱいには全部受け入れてもらおうと努力するつもりだ。


 だけどこの人は。

 清水先輩は、いつもいい人のふりをして。

 本質は私となんら変わらないくせに、そうじゃないと否定して。

 そういう態度が、嫌いだ。


 だから。


「清水先輩、そろそろ戻りましょ」

「わ、私は……」

「戻りましょうって、聞こえませんでした?」

「え、ええ聞こえてるわ。うん、わかったわ」

「ふふっ、聞き分けの良い先輩は好きですよ。まるで私の彼氏みたい」

「……」

「でも、前も警告した通りですけど、二度と変な真似はしないでくださいね」

「……」

「もし、繰り返すようなら」


 そうですね。

 刺す、というのはちょっと優しいのかもですね。

 そうだ、いい方法がありますね。

 この人、お好み焼き好きだし。


「焼いたヘラでジュッって。ふふっ、そっちの方が痛そう」

 

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