第30話 この先は決まっている

 結局。

 いや、なにが結局なのかわからないがとにかく、俺たちが部室でいちゃついていたことについての言及は翌日になっても誰からもなかった。


 つまり、清水さんは誰にも言いふらさずにいてくれたというわけだ。

 まあ、普通ならばらす側も恥ずかしくて言いにくいだろうし。

 ただ、これで一安心とはいかない。

 むしろ問題が増えたともいえる。


 ダブルデートの件だ。

 どの面下げて清水さんに会えというのだ。

 俺ははっきり言って気まずすぎて断りたいと思っている。

 たぶん向こうもそう思ってるに違いないし。

 でも。


「せんぱい、今度のダブルデートはどこに行くんですか?」


 日葵は違う。

 全く気にしていない様子だ。


「いや、そのことなんだけど」

「もしかして気まずいからキャンセルするとか?」

「だ、だってそうだろ。あんなとこ見られて、どんな顔して会えばいいのか」

「えー、関係ありませんよ。それに、デート中だって目の前でキスしちゃう予定だったし」

「そ、そうなの?」

「はい。だから気にするだけ無駄ですよ。それに、向こうは何も考えてないかもですし」

「……」


 何事もなく一日を終えた放課後の帰り道で。

 日葵は嬉しそうに話してくれる。

 清水さんは柳の彼女であって。

 俺は日葵の彼氏であって。

 だから誰と何をしようと、それに対してあれこれ考える方が変なのだと。


「まあ、言いたいことはわかるけど」

「でしょ? だったらダブルデートの件は継続で。柳先輩とさっさと決めちゃってください」

「ああ、わかった」

 

 納得、というよりは説得されたと言った方が正しいが、それでもようやく気持ちに折り合いがついてきたので柳に改めてメールをして。

 するとすぐに向こうから「お好み焼きのうまい店があるんだって」と、返事がきた。


 ここは大阪でもないのにみんな粉もんが好きだなあって思いながら「任せる」と返事を入れて。

 今日は日葵を家に送ってから、一人で帰宅した。


「ふう」


 部屋に戻るとすぐ、息が漏れた。

 ここ最近、日葵の積極性が増してるというか、これ以上エスカレートしたらどうなってしまうんだろう。

 心配、というか不安だ。

 そのうち教室で脱がされて襲われたりなんて……ってさすがにそこまではないにしても。

 

 でも、どうして日葵はあんなにも清水さんのことを意識するんだろう。

 仲が悪いだけなら学年も違うしほっとけばいいと思うんだけど、妙に絡みたがるところがある。

 もしかしたら昔何かで揉めて、でも日葵は仲直りしたくて機会をうかがってるとか?

 うーん、なんかそんな気がする。

 だとすれば、清水さんも大人げないよなあ。

 無邪気な後輩のすることくらい、大目に見てやればいいのに。


 ……よほど、二人の仲に亀裂が入るようなことがあったのだろうか。

 でも、本人たちから話してこない限りは、勝手な推測であれこれ質問するのもどうかと思うし。


 結局、何をどうしたらいいのやら。

 あれこれと考えても何も答えは出ず。

 下手な考え休むに似たり、ってところだった。


 そして。


 休日は嫌でもやってくる。



「せんぱいっ、おはようございます」

「おはよう。早起きだな」

「だって、せんぱいが昨日は一回しかしてくれなかったもん」

「ね、寝ちゃったんだから仕方ないだろ」

「ふふっ、嘘ですよ。気持ちよかったからぐっすり寝れました」


 ダブルデートの前日、日葵は俺の部屋に泊まった。

 いつもなら朝になるまで彼女を抱きしめて離さない俺だが、昨日ばかりはここ数日の慣れない考え事のせいで疲れていたのか、一回したあとにすぐ、眠ってしまった。


 そして朝。

 今日は昼からお好み焼きを食べに行くことになっている。

 日葵と、そして柳と清水さん。

 この四人で食事なんて初めてだから、少し緊張する。


「ふう」

「せんぱい、何固くなってるんですか? 知らない人がいるわけじゃないでしょ」

「そうだけど。俺はみんなみたいに大勢で食事とか、経験がないんだよ」

「じゃあこれから経験していきましょ。大学に入ったらそれこそ飲み会とか、いっぱいあるんじゃないですか?」

「別に大学生になったからって酒飲まないといけないってルールはないだろ」

「じゃあ、誰とも遊びません?」

「な、なんの話だよ。まだ一年以上先の話だし」

「先の話をしておくのも大事ですよ。ねえせんぱい、飲み会とかコンパとか、絶対いかない?」

「い、行かないよ。俺は好きじゃないし」

「ならよかったです。せんぱいは私のところから直行直帰、ですからね」


 直行直帰とはうまくいったもんだと感心したが、よく考えればその例えは少し間違っている。


 日葵の元へ直帰することはあっても、日葵のところからどこかへ直行することはない。

 目的地には、常に日葵がいる。

 日葵の元から離れるということがそもそも、家に帰る以外にほぼない。

 それに、もうすぐ俺たちは同棲するって話だし。

 日葵は俺にとっての帰る場所、というよりは一蓮托生の相手になる。


 もちろんそれが嫌というわけじゃないが。

 しかし高校生という身分が終わり、もっと自由になった時。

 今以上に束縛をされて、果たして俺はどう思うのか。


 窮屈に感じるのか。

 それとも愛情の裏返しだととるのか。


 まあ、その時になってみないとわからないのだけど。


「せんぱい」

「ん、もう準備できるから」

「そうじゃなくて。せんぱい、私たちはずうっと一緒ですからね」

「なんだよそれ。言われなくてもわかってるって」

「ふふっ、約束を破るとハリセンボンですからね」

「針千本だろ。魚もってきてどうする」

「きゃはっ、せんぱいにツッコまれちゃった」


 それでも、日葵とずっと一緒だということは。

 もう、決まっていることのようである。


 先のことはわからないけど、先は決まっている。

 なんとも変な話だが、そういうことだと。


 部屋を出る時に俺に向けられた日葵の笑顔は、そう告げているようだった。


 

 

 

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