第29話 せんぱいの敵は
学校で隠れてする彼女との濃密なキスの味というのは、ある種の背徳感や罪悪感も相まってか癖になってしまった。
午後は、ずっとその感触を確かめるように唇を触りながら窓際で黄昏れるキモイ男と化してしまい。
授業どころか、意識がお空の上に飛んでいってしまっていた。
すごかった。
とても経験がない子とは思えないほど、すごかった。
もう、語彙力まで吸われてしまったのか、言葉が出てこない。
代わりにため息ばかりが漏れる。
「はあ……」
そんな様子を見てか、何度か先生に注意をされたりもした。
でも、そんなことより早く時間が経たないかということばかりを考えてしまう。
今日は日葵が泊まりに来る。
それだけが俺の楽しみだった。
やがて放課後。
一目散に日葵のところへ行こうと席を立った時、柳の姿を見てようやく。
目が覚めた。
「あ、柳」
「ん、どうした? 今日もデートなんだろ」
「あ、ああ。今日はうちにくるって」
「いいなあ。俺も早く清水さん連れ込みてえ」
「そんなこと言ったら嫌われるぞ」
俺も柳も、地元を離れて一人暮らし。
学校が被ったのはそれでも偶然だったのだから本当に腐れ縁としか言いようがない。
そんな柳はしょっちゅう女子を連れ込んでいた時期があった。
でも、別れる時はあっさりしてるし、あまり固執しないタイプのようだ。
普通、一度その子を抱いたら愛着というか情が沸くというか、そんなにあっさり別れるのは惜しいとか思ってしまうものだけど。
やはりモテるから次に行こうと思えるってこと、か。
「それよりさ、さっきのダブルデートの件だけど」
「ああ、それならまた気が乗ったらで」
「いや、それがさ。玄のやつ、いいよって」
「え、まじで? 無理させてないか?」
「ちゃんと確認したよ。でも、むしろお願いしたいってくらいだったからさ。今度の週末にでもみんなで飯行くか?」
「お、いいねえそれ。ようやく城崎が俺に追いついてきてくれたおかげで、リア充同士の惚気合戦なるものが展開できそうだぜ」
「いや、意味不明な戦いを勝手に開催しようとすんなよ」
「ははっ、いいじゃねえか。お互いの幸せを自慢し合えるって、結構すげーことだと思うぜ。よっしゃ、それなら今日早速、清水さんには話しとく。また連絡するよ」
「ああ、頼む」
と。ちょうど、話にキリがついた時に、
「せんぱーい」
日葵がやってきた。
「あ、玄ごめん。ちょっと話してて遅くなった」
「いえ、私が迎えに行くつもりでしたから。柳先輩、どーも」
「日葵ちゃんお疲れ。今度の週末、みんなで飯行こうって城崎と話してたんだよ。なんか付き合わせてごめんな」
「いえいえ、楽しみです。じゃあせんぱい、行きましょ」
「ああ」
じゃあなと、二人で柳に手を振ってから。
今日は真っすぐ帰らずに部室に向かった。
ここ最近、遊び呆けて活動が停止していたのでそろそろ何かしてる雰囲気だけでも見せておかないと本当に部室を取り上げられてしまいそうで。
それはそれで困るのは俺も日葵も一緒だ。
部屋におさまらない本とかも結構持ち込んでるし、学校の中にある唯一のプライベート空間ともいえる部室は俺にとっては大事な場所だ。
だからちゃんと活動しておこうと。
なんてことももちろん、日葵の提案だ。
彼女に言われるまま、そうすることにしたというだけの話。
「せんぱい、今日は何の本を読むんですか?」
「そうだな。この前玄に勧めてもらったやつの続きかな」
「あれ、後半にすっごく面白くなるので期待しててくださいね」
「へえ、楽しみだ」
読書は好きだ。
だから新しい物語に触れる時はいつもワクワクする。
でも、今日ばかりはそれを心底楽しめる自信はない。
日葵がうちに泊まるから。
もう、そのことで頭の中の容量はいっぱいだった。
元々複数のことを同時に考えるのが苦手な俺は、部室の椅子に座って本を読みだしても視線がどうしても日葵の方へ流れてしまう。
チラチラと。
盗み見るように彼女の愛らしい姿を目で追ってしまい。
視線を感じた彼女と目が合って、また逸らしてを繰り返しているだけで一向にページが進まない。
どうしたものか。
でも、せっかく教えてもらった本を読まないのもどうかと、無理やり字を頭に叩き込む。
が、ダメ。
煩悩が、それを遮る。
「あー、ダメだ。集中できない」
「せんぱい、さっきから私を見過ぎですよ」
「ご、ごめん。でも」
「わかってます。今日はお泊まりの日ですもんね」
「う、うん。ごめん、やらしいことばっかり考えて」
「いいんですよ。私を見ていやらしい気持ちになってくれるの、すっごく嬉しい。ねえせんぱい」
「ん?」
悪戯っぽく、というよりはむしろシニカルな笑いを向けて。
日葵は俺の隣に椅子を置いて座る。
そして、
「ここでしちゃいます?」
と、耳打ちされた。
「え? い、いやさすがに学校だし」
「内鍵かけたら大丈夫ですよ。それに、六時までは先生も絶対に見回りに来ませんし」
「で、でも」
「あれれ、せんぱいはまだ我慢できるんですね? じゃあ、今日はおあずけかなあ」
「え、え?」
「あはっ、困ってるー。でもー、キスくらいならいいでしょ?」
「う、うん」
コクリと頷くと日葵は、「じゃあ」といって席をたって。
扉をガチャガチャと。
鍵を閉めてから俺を手招きする。
「せんぱいから、してほしいな」
「……うん」
無条件に無防備に無償で差し出された瑞々しい唇に、俺は吸い込まれる。
そして、昼間に体験したのと同じような、蕩ける口づけに酔う。
もう、このままずっとこうしていたいと思わされる。
体を寄せ合って、彼女は俺に足も絡めてきて。
キスだけと思っていたが、このままだとここで最後までしちゃいそうになるくらい。
唇が腫れるほどにキスをしていると。
なぜか。
ガラガラと、部室の扉が開いた。
「え?」
その音にびくっと反応して。
体を逸らす。
変な汗が出た。
先生にこんなところを見られたら、廃部どころか俺たちの処遇も怪しくなる。
校則違反どころか条例違反だ。
やばいと、慌てて扉の方に目を向けるとそこには。
茫然と立ちすくむ、清水さんの姿があった。
「な、なにしてる、の?」
優等生らしい反応だった。
汚らわしいものを見てドン引きしたような、そんな顔。
俺は、先生じゃなくて内心でホッとしながらもすぐにまた焦る。
清水さんに、同級生に学校でキスをしてるとこを見られたらそりゃ焦る。
でも、
「ふふっ、彼氏とキスなんて今時普通ですよ。んっ」
「っ!?」
見せつけるように、日葵は俺にチュッとして。
その後、清水さんの方を見てニヤリと。
わざとらしい笑みを向ける。
「あ、あなた……ここは部室でしょ」
「清水先輩こそ、ここは文芸部の部室なのに何の用ですか?」
「……失礼、しました」
ガラガラと。
ピシャッと。
強く扉を閉めて、清水さんは退場した。
扉の向こうから、トトトっと走る足音が聞こえる。
「お、おい。なんで清水さんが」
「さあ? 入部希望ですかねえ」
「そ、それに鍵」
「ここって鍵の調子がよくないんですよね。先生に言って交換してもらいましょうか」
「そ、それはまあ、そうだけど」
途端に不安になった。
清水さんは優等生だし、俺と特別仲がいいわけでもないわけで。
もしかしたら先生にこのことを通報されるんじゃないかって不安が、よぎる。
でも、日葵はそんな俺を見て「大丈夫ですよ」と笑ってから。
もう一言、続けた。
「もし清水さんがせんぱいを貶めることをしたら、私がやっつけちゃいますから」
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