第28話 その目的は

「ダブルデートだと!?」


 次の休み時間に、またしてもやってきた柳から聞かされた内容に思わず大声がでた。


「お、おい声が大きいって。俺と清水さんのことはまだ内緒なんだから」

「い、いやでも……俺が清水さんと遊ぶのはちょっと」


 別に元カレ元カノとかじゃないけど。

 フラれた人間とフッた人間が互いに相手を連れて一緒に遊ぶなんて、気まずいしかない。

 それに俺より向こうの方が嫌だろうと。

 そう思ったが。


「いや、清水さんが言ってたんだよ。俺とお前が仲いいのも知ってるし、いつまでも気まずいままじゃ嫌だからって」

「清水さんが? ……まあ、そう言ってくれるのはありがたいけど」

「だろ? それにさ、将来俺と彼女が結婚したら家族ぐるみで付き合いもできるだろうし」

「気が早いだろそれは」

「ははっ、そうだな。でも、そうじゃなくても同級生なんだからさ。そりゃあの子だって気まずいと思ってるだろうけど、俺たちのことを考えて言ってくれてるんじゃないのか?」

「……まあ、わかるけど」


 まあ、柳の言ってることは理解できる。

 親友同士、彼女ぐるみの付き合いをしたいと俺だって思うし、柳の彼女が清水さんなのであれば、そういうことも踏まえてちゃんとすべきだということもわかる。


 しかし。

 日葵のことがある。

 日葵はどうも清水さんと仲が悪そうだし、無理に彼女との付き合いを強いることが望ましいとは言えない。


 だからやっぱり断ろうと。

 親友も大事だが、やはり俺にとっての一番は日葵だ。

 それに柳だってその辺は理解してくれるだろう。


「やっぱりごめん。一応玄には相談してみるけど、あいつは多分そういうの好きじゃないと思うんだ」

「まあ、俺たち全員年上だからあの子も気まずいかもな。いいよいいよ、もしできたらでいいから」

「ああ、すまんな。清水さんにもよろしく伝えておいてくれ」

「はいよ。デート内容は逐一報告させてもらうぜ」

「いいよそれは」


 さっぱりしてるというか、あとくされがないというか。

 ほんと、いい友人を持ったと思う。

 思えば柳のような、正反対の人間とここまで仲良くやれてきたのはあいつの人柄なのだろう。

 もちろん一番は日葵だと言ったけど、柳も大事にしていかないといけないな。

 あいつだけは、裏切れない。


 とか。

 友人のありがたみに触れながら感傷に浸るまま、あっという間に昼休み。


 もちろん昼食は日葵と。

 今日は購買のパンを買ってから人目のつかない場所で食べようということになったので、一緒に校舎裏の階段に移動した。


「せんぱい、あーん」

「あ、あーん」

「ふふっ、なんか動物みたいでかわいいですね」


 いつもなら人混みに敢えて飛び込んでこういうことをさせたがる日葵だが、今日は幸い誰もいない場所だったので俺も遠慮なく。

 彼女に甘える。


「玄、おいしいよ」

「私の手、食べたでしょ」

「そ、それは不可抗力で」

「いいですよ。それと、今日はお泊まりできるので私をいっぱい堪能してくださいね」

「ごくっ」

「あー、また変なこと考えてる。えっち」

「だ、だって」

「あははっ、せんぱいってほんとかわいい」


 年下だというのに、すっかり主導権は彼女が持っている。

 まあ、男なんて可愛い子の掌の上でコロコロされるのが宿命なのだろう。

 どんな金持ちでも成功者でも権力者でも、結局身を滅ぼすのは女性がらみが多い。

 って、俺は別に逆立ちしても何もでないし、だまされるも何もないが。


「なあ、そういえば今日柳から話があったよ」

「清水先輩と付き合ったって話ですか?」

「え、なんで知ってるの?」

「あ、やっぱりそうなんだ。せんぱい、隠し事下手ですね」

「……」


 別に日葵に隠すつもりはなかったが、かまをかけられてこうもあっさり喋ってしまう俺自身が不安になる。

 相手が日葵でよかった。

 こんな話をする友人がいなくて、今だけは本当によかった。

 あっさりと裏切るところだった。


「まあ、それでさ。向こうからダブルデートしたいって言われて。でも、玄は清水さん苦手そうだし、断っておいたよ」

「ふーん、その言い方だとせんぱいはしたいけど、私の為に断ったってことなんですね?」

「そ、そうじゃないよ。俺も気まずいし出来たら避けたいというか。でも、柳は親友だし、親友の彼女だけを避けるのも、無理があるのかなって」

「なるほど、そういうことですか。ふーん、あの人もうまくやりますねえ」

「何の話だ?」

「いえ、こっちの話です。それより、いいですよ? ダブルデート」

「え? いや、無理しなくてもいいんだぞ」

「いえいえ、私もいつまでもこのままじゃダメだって思ってますし。それに、柳先輩がせんぱいにとって大切なお友達だというのであればなおさらです。行きましょう、ダブルデート」


 無理をしてる様子もなく。

 屈託ない笑顔でいつものように振る舞う彼女は、言うと俺にもう一口パンを差し出す。


「はい、あーん」

「あ、あーん」

「ふふっ、こういうのをお二人の前で存分に見せつけて、惚気ちゃいましょ。せんぱいも、柳先輩のデレデレする姿を見たいんじゃありません?」

「まあ、あいつはいつもサバサバしてるし女にデレるなんてイメージないけど」

「でしょ。それに、清水さんとも一応先輩後輩だし、私も揉めたくはないんですよ」

「日葵がそういうなら……うん、わかった。じゃあ後で柳に話しとくよ」


 どこか不安はあったけど。

 たぶんそれは、先日の件があったからだろう。

 日葵と清水さんが揉めていたあの現場の異様な雰囲気。

 でも、ああならないことを望んでのダブルデートだというのなら、俺も逃げるばかりじゃいられない。


 そんな決意が込み上げてきた時、予鈴がなる。

 慌てて立ち上がって教室に戻ろうとすると、日葵が俺の袖をぎゅっと掴んで。

 その場でキスをされた。


「んっ!?」

「せんぱい、午後も頑張りましょうね」

「あ、ああ。い、急がないと授業に」

「あれー、授業なんて忘れるくらいのキスをしたつもりだったのになあ。もっかい」

「んっ!?」


 家でも、えっちの最中でもしたことないような濃密なキスを学校で。

 蕩けそうなその感触に、俺の脳は完全に焼かれてしまう。


 すっかり、授業のことなどどうでもよくされて。

 次第に俺の方から彼女にキスをして。


 もちろんだが、授業に遅刻した。

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