第27話 親友の彼女

「玄、おはよう」

「せんぱい、おはようございます」


 日葵と付き合って、もうすぐひと月になる。

 しかし俺たちは冷めるどころか一層愛を深めているといってもいい。


 まあ、ラブラブなのだ。

 それに、周りもようやく俺たちのことを認めたのか、最近は誰も陰口すら叩く様子もない。


 だから、俺も彼女との幸せな日々を順風満帆に送っているというわけだ。


「今日は帰りに映画でも行きません?」

「ああ、いいよ」

「そういえば、最近柳先輩とあまり話してませんね?」

「まあ、なんか忙しいみたいでさ。それに清水さんと、あまりうまくいってないみたいで」

「あー、それはかわいそうですね」


 柳とは。

 ここ数日喋っていない。

 最後に会話したのはもちろん清水さんのことだったが、その時あいつは「ほんと、お前が羨ましいよ」と愚痴をこぼしていた。


 あいつからそんな言葉が出るなんて珍しいが、しかしそれくらい清水さん攻略には難航してるということなのだろう。

 全く、柳で無理な子に対してよく告白なんかしたもんだ。


「それに、最近清水さんとも会わなくなったな」

「あれれ、会いたいんですか?」

「ち、違うよ。でも、この前までは偶然鉢合わせることが多かったけど、やっぱり偶然はそう重ならないかってほっとしてるんだ」

「まあ、偶然三回あえばストーカーの可能性があるっていいますしね」

「ははっ、そりゃ怖いな。でも、ねえよ」

「ですね」


 ちょっとだけ。

 清水さんとのことを思い出してドキッとした。

 いつも彼女の姿を追っていたあの頃、俺は広い校舎の中でいつも偶然彼女に遭遇していた。

 毎日、彼女の姿を探そうと思って動き出すとすぐ見つかって。

 本当に奇遇だったのだけど、ストーカーしてるとか思われてないか心配だったのを思い出した。


 思えば、本当に清水さんとはよく遭遇した。

 フラれる前も、後も。

 ほんと、狭い世の中だよ学校ってのは。


「せんぱいせんぱい、今度の休みは遊園地に一緒に行きません?」

「ああ、いいけど。急にどうしたんだよ」

「だって、せんぱいとの思い出はいっぱい作っておきたいですから。私の最初で最後の恋人なんですよ、せんぱいは」

「そ、そうだな。うん、それなら週末はそうしよう。電車で行くか?」

「はい。楽しみですね」


 登校中はいつも放課後や週末に何をするかで盛り上がる。

 そしていつも決まったコースで遊んで、家に帰って時々泊まっていってということを繰り返していたわけだが、別にそれに対してマンネリなんて感じてはいない。

 毎日日葵とずっと一緒なのが楽しいし、泊まりの時は夜遅くまでゲームして語り合って抱き合って。

 ずっとこんな日常が続いてほしいと願うばかりで、最近は進学についてもこの近辺の大学にしようとか、そんなことまで考えるようになったほど。

 

 でも、たまには刺激も欲しいという彼女の意見も賛成だ。


「じゃあ、またあとで」

「はい。せんぱいも勉強頑張ってくださいね」


 教室に行くのが少し寂しい。

 その間だけ、日葵と一緒にはいられないからだ。 

 なんて言えば随分と俺もメンヘラっぽく思われるかもしれないけど、結局は男の方が依存しやすい体質なんだと思う。

 日葵は俺に対しての執着が強い反面、不安材料さえなければあっさり家に帰るし友人と遊びに行くことだってある。

 まあ、それが普通なんだけど。

 彼女にとっては俺が全てではないわけで。

 でも、俺にとっては彼女が全てで。


 ほんと、こんな風になるとは思ってもみなかった。


「なあ城崎」


 自らの変貌ぶりを憂いていると、久々に柳がやってきた。

 

「どうしたんだ? 清水さんと進展、あった?」

「ああ、それがさ。ここだけの話だぞ」

「なんだよじれったいな」

「俺たち、付き合ったんだ」


 柳の目は輝いていた。

 いつも明るいくせに、目は冷めているというかどこかつまらなさそうにしている柳が、今だけは少年のようにきらきらと。

 切れ長の目を少し大きく見開きながら得意げに言った。


「おお、まじか」

「そうなんだよ。昨日、清水さんの方から付き合おうって言われてさ。夜電話しようかと思ったんだけど、日葵ちゃんと一緒だったら悪いなって思って」

「なんだよ、水くさいな。でもほんとによかったじゃん。でも、柳のハーレム人生もこれで閉幕だな」

「元々そんなの望んでねえよ。好きな子と結ばれるって、嬉しいもんだなあ」


 今まで、柳は結構な数の女子と付き合ってきた。

 でも、全部向こうからの告白を受けてのもので、そして付き合ってるうちに好きになれず結局別れるということを繰り返していたと。

 はじめて、自分が好きだと思った人と付き合えたと。

 なんなら、初めて人を真剣に好きになったまであると。

 ちょっとチャラいけど、遊んできたがゆえにたどり着いた境地がそれなら別にいいんじゃないかって、親友の幸福を手放しに喜んだ。


「そっかあ。いや、ほんとよかったよ」

「……でも、お前も清水さんのこと好きだったんだよなって思うとちょっと複雑だよ」

「なんでだよ。彼女を好きなやつなんて今でもごろごろいるだろ。いちいち気にするなって」

「まあ、そうだな。いや、しかし城崎も変わったな。なんか陰キャっぽくねえ」

「ほっとけ。今の俺はリア充なんだよ」

「ははっ、リア充は自分でそう言わねえよ」

「確かに」


 久々に、柳と談笑した。

 ここ最近は会話があっても浮かない様子だったから、こんなに互いに笑いあったのは久々で。

 授業が始まるぎりぎりまで、二人で勝手に盛り上がった。


「おーい、席につけ」


 やがて担任がやってきて。

 慌てて席に戻る柳は名残惜しそうに俺を見ながら最後に。

 そうだ、と何かを思い出したように言ったあと、続ける。


「今度、みんなで遊ぼうぜ」


 みんなで、というのがどういう意味かわからなかったが、「ああ、いいよ」と返事をした俺に対してグッと親指を立てて嬉しがった柳は、先生に促されてそそくさと席に着いた。

 

 まあ、おさまるところにおさまったって感じかな。

 俺もあいつも彼女ができて。

 そういや、みんなで遊ぼうってことはまさかダブルデートってことなのかと。

 ふと、そんなことも思ったがさすがに俺と清水さんが一緒に遊ぶのはちょっと気まずいだろうと。

 そんなことを柳が言うはずもないと。

 

 そんな都合のいい予想は、見事に外れることになる。

 

 

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