第25話 どれだけ強がっても

 放課後になった直後のことだった。

 クラスの連中が噂話で盛り上がりを見せる。


「おい、柳と清水さんが今日いよいよ付き合うらしいぞ」


 その手の情報は一体どこから入手してるのかといつも不思議に思うのだが、その噂はクラス中の連中が大声で話していたおかげで俺のような奴のところにもすぐに届いた。


 そして当事者である柳は、噂されていることを知ってか知らずか、チャイムと同時に一目散に教室を出ていって。

 もう、教室に姿はなかった。


「せんぱいっ、デートしましょ」


 賑わう教室に、ニコニコしながら日葵がやってくる。

 しかし今日ばかりは彼女にも注目は集まらず。

 皆の関心は、柳と清水さんの二人に注がれているようだ。


「ああ、そうだな。帰ろっか」

「なんか騒がしいですね。どうしたんですか?」

「いや、柳と清水さんがくっつきそうだって、盛り上がってる」

「なるほど。美男美女ですもんね」


 柳は、この学校では知らない奴がいないほどのイケメンだ。

 女子人気はすさまじいし、高校に入ってからは特定の彼女を作ってなかったこともあって、いつ、柳が彼女を作るのかというのは常々話題にされていたことだった。

 そして清水さんも。

 なぜか男の影はなく、言い寄る男子も多かったらしいが付き合ったという噂は訊いたことがない。

 だから俺もチャンスがあると思い込んで近づいたわけだが、しかしそんな二人がくっつきそうとなれば、暇な連中が騒がないわけがない。


 ただ、俺には興味がなかった。

 柳から話を聞いていたし、清水さんにも極力関わりたくないと思っていたから。

 もう、そっとしておいてやれよという感想しかない。


「ま、俺には関係ないことだから。いこっか、玄」

「そうですね。ふふっ、またどこかで鉢合わせしたりして」

「勘弁してくれよ。親友の恋路を邪魔したくない」

「あはっ、言いますねえせんぱいも」


 俺にはかわいい彼女がいる。

 だから、人の恋愛にはもう興味がない。

 誰と誰が付き合おうと別れようと。

 俺には日葵という彼女がいるんだから。



「せんぱーい、みてみてかわいいですよー」


 というわけで、というのも少々脈絡がないかもしれないが、行く宛てもない俺は日葵と一緒にゲームセンターに来た。

 こういう場所で彼女とイチャイチャしながらゲームする連中を見るたびに「リア充死ね」と心の中で叫んでいたが、今は違う。

 俺も、リア充の仲間入りだ。

 いや、そうなんだということを周囲に示したくてわざわざ日葵を連れてきたまである。

 たぶん今の俺の顔って、いけすかないなあと思っていた連中と同じ感じなのだろう。


「どれどれ……かわいいか? ていうかなんだよあれ、猫か?」

「うさぎさんですよー。となりはワンちゃん、それにこっちにはフィギュアもたくさんですよ」

「何か欲しいの、ある?」

「んー、せんぱいが取ってくれたらそれが私のほしいものです」

「なんだよそれ」


 ずっと手をつないだまま、ガラスケースの向こうにある景品を顔を寄せ合って眺める姿はきっと、一人で黙々とゲームをしてる連中からすれば憎たらしくてしょうがないだろう。

 でも、そうわかっていてもやめられない。

 見せつけたいと、思ってしまう俺は性格が悪いのだろうか。


「ふふっ、あっちで寂しくゲームしてる人たちが見てますよ」

「まあ、俺も最近まであっち側だったし」

「見せつけてるんですね。わかります」

「まあ、そうだな」

「でも、どうせならもっと見せつけてやらないと」

「え?」

「ん」

「っ!?」


 少し冷たい日葵の手が俺の両頬に添えられると、そのまま躊躇なくキスをされた。

 慌てて、彼女から離れる。


「お、おい」

「あれ、恥ずかしいんですか?」

「ひ、人が見てるだろ」

「見せつけるために来たんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「ならいいじゃないですか。それより、もっとしたいです」

「……」

「いやなんですか?」

「……そんなこと、ないよ」

「あはっ、じゃあチューしましょ」


 日葵に言われるがまま、羞恥心で燃え上がりそうになりながらその場でもう一度キスを。

 騒がしくなる店内の気配を感じながらも、目をそらすことを許してくれないように彼女の手は俺の顔をがっしり掴んで離さない。


 そして、いつまで経っても恥ずかしさが消えない。

 どういうつもりで、日葵は俺にキスをしているのだろう。

 彼女の胸が、ぴたっと俺の体に密着しているが、その鼓動は聞こえない。

 俺の心臓の音だけがバクバクと大きくなる。


 結局どこまで行っても俺は陰キャなんだと改めてそう思わされる。

 いくら可愛い彼女ができて見栄を張っても、日葵のように堂々とはできない。

 やはり彼女がいないと俺は、何もできないんだって、キスの余韻もそこそこにそんな気持ちにさせられたまま。


 すぐに店を出ることになった。


「ふふっ、みんな見てましたね」

「……まだ恥ずかしいよ」

「せんぱいったらウブなんですね。いいじゃないですか、せんぱいはリア充さんなんだって、みんなに知らしめないと」

「……」


 日葵は時々見透かしたよなことを言う。

 今日だって、自分の今までを棚に上げて彼女ができたことを自慢してやろうと普段いかないゲーセンになんか行ってみたもののいざ衆目に晒されると恥ずかしくなってしまって。

 そんな情けない俺を彼女は見抜いている。

 でも、そんな男の何がいいのだろうと、彼女の観察眼を知れば知るほど不思議になる。


「玄、俺ってかっこ悪いよなあ」

「またそういうこと言っちゃって。せんぱいはかっこいいって前から言ってますよ」

「でもさ、見栄っ張りなくせに気は弱いし。なんでもかんでも早とちりするしそれに」

「せんぱいのそういうおっちょこちょいなところも好きですよ。あれ、もしかして私の言った言葉を忘れました?」

「え、ええと……女の子とは今日も話してないぞ」

「そっちじゃありませんよー」


 隣を歩く彼女は、そっと手を握ってから指を絡める。

 指の間に彼女の細い指が絡まる感覚に、背筋がそわっとする。

 

「あ……」


 そのまま、ぴたっとくっついてきて。

 胸を俺の腕に押し当てながら悪戯っぽく。

 日葵が。


「私、男の人と別れたことないんですよ?」

 

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