第24話 使い道
「おはよう城崎。今日もラブラブしてたな」
朝。
日葵と一緒に登校して、校舎で別れて教室に入ると。
柳の調子のいい声が響く。
「ああ、昨日もずっと一緒だったし」
「へえ、羨ましいなあ。手料理とか作ってくれんの?」
「うまいもんだよ。昨日なんてカレー作ってくれたんだけど、絶品だった」
「ほー、まさか城崎から惚気話が訊けるとはなあ」
確かに、柳のようなモテ男相手に自慢話なんてする日がくるとは思いもよらなかった。
ここ数日で俺も随分変わったなあと、勝手に頷いていると柳が。
少し声のトーンを落とす。
「なあ、一個訊きたいことがあるんだけど」
「なんだよ急に神妙だな」
「いや……ほんとは言いたくなかったんだけど、まあ、その様子ならもういいかなって」
「だからなんだよ。お前らしくないな」
「……清水さん、狙おうかなって思っててさ」
柳は、かなり申し訳なさそうに俺に。
しかし、その時俺は不思議と何も思わなかった。
「そ。いいんじゃないか」
「いいのか? いくら彼女ができたとはいえ、お前がずっと好きだった奴と」
「いいよ。俺には玄がいるから」
言い切ると、柳は「ひゅー」と言っておどける。
そして、話は清水さんのことへと変わる。
「実はお前が清水さんとデートしてるとこ、見たんだ」
「え、いつ?」
「たこ焼き、買ってただろ。あの時俺たちも並んでたんだ」
「なあんだ、そうなのかよ。だったら言えよな」
「盗み見したみたいで言いにくいだろ。でも、いい感じなのか?」
「……どうだろうな。手ごたえは微妙だ」
「珍しく弱気だな。らしくないぞ」
「ま、恋なんてそんなもんだよ。じゃあ、俺は正式にあの子を狙うからな」
「俺には関係ない話だよ」
「そっか。ああ、そうだな」
俺には本当に関係のない話だ。
清水さんは俺にとって何者でもないし、俺がとやかく口を出す権利も当然ないわけで。
それでも、先に目をつけた俺に対して筋を通そうとする辺り、本当に柳はいいやつだ。
こいつがモテる理由もわかる。
清水さんともうまくやるに違いない。
やがて授業が始まり、柳も席に戻っていく。
果たして柳は清水さんとうまくいくのだろうか。
とか、俺があいつの心配をするようになるなんて不思議なこともあるもんだ。
俺も随分えらくなったもんだなあと。
勝手に感心しながら窓の外に目を向けた。
◇
「せんぱーい、お昼ですよー」
お昼休み。
もう彼女が迎えにくるのも慣れた。
それに慣れたのは俺だけではないようで、刺すような視線もあまり感じなくなった。
多分、俺たちの仲睦まじさに皆呆れ果てたのだろう。
「今日は弁当?」
「いいえ、食堂いきましょ。私、今日は朝からコロッケの気分なんです」
以前一緒に食堂に行ってから、すっかり気に入ったようだ。
二人で大勢の前にいくことは未だ少しばかり抵抗はあるが、もう周知の事実になりつつある俺たちの関係を隠す理由もない。
そのまま、食堂へ足を運ぶ。
今日は比較的人も少なく、すんなり席を確保できたところで日葵が。
「あっ、清水先輩みっけ」
と。
また、清水さんがすぐ近くにいた。
いや、同じ学校なんだから偶然会うのも普通というか、むしろ避けて通れないというべきか。
しかし、仲が悪いならわざわざ彼女のことを見かけても気にしなければいいのにと思うのは俺だけだろうか。
なぜか清水さんの方へ近寄ろうとする日葵だったが、俺はまた面倒なことになるんじゃないかと思って、止める。
「ま、待てって。清水さんとは中学の時には仲よかったのか?」
「えー、どうですかねえ。でも、今は嫌いです」
「き、嫌いって……」
「だって、せんぱいの初恋を彼女が奪ったんですから。私にとっては嫉妬の対象です」
「……そうか」
俺が責められる理由なんてどこにもないはずだが、なぜか申し訳ない気分になる。
俺は確かに清水さんが好きだった。
でも、それは消せない過去なわけで。
「じゃあ、どうすればいいんだよ。俺だってあの頃は玄のことを知らなかったんだし」
「そうですねえ。せんぱいが清水さんに恋してしまったことを後悔してくれたら、すっきりするかもですね」
「後悔って……」
初恋の淡い思い出。
いくら今の彼女である玄と清水さんが不仲であったとしても、俺にとって清水さんは初恋の相手として特に憎む理由なんてない。
フラれたことは傷ついたが、それも今では消化できたし、だけど清水さんと一緒に遊んでドキドキしてソワソワしたあの頃の気持ちは決して嘘じゃなかった。
それを、後悔するなんて日が果たしてくるのだろうか。
「せんぱい、心配しなくてもそのうちそうなります。だからせんぱいは彼女とも話しちゃだめですよ」
「べ、別に話す気なんてないけど。玄もあんまりしつこく絡むなよ。放っておけばいいんだ」
あの日。
清水さんと日葵がスーパーの裏でもめていた現場に居合わせたあの日。
俺は清水さんの二面性というものを垣間見て幻滅した。
もう、あの頃に俺がときめいていた彼女はいないんだと。
そう知って、がっかりもしたがすっきりもした。
それじゃダメかと日葵に問う。
「……だからさ、もう彼女のことはなんとも思わないどころかフラれてよかったって思ってる」
「せんぱいの口から訊けてよかったです。じゃあ、今日は彼女のことは無視してご飯にしましょう」
「ああ、そうしよう」
定食を二つ受け取って。
日葵が割りばしを二つ、一緒に持ってきてくれて。
席につくと、いただきますと同時に手を合わせてから箸をつける。
その時。
カランと、何かが落ちた。
「玄、なんか落としたぞ」
「あ、ほんとだ。フォークが落ちましたねえ」
スッと、落ちた銀のフォークを拾い上げると。
日葵はそれをそそくさとポケットに戻す。
食堂のものではないのかと、彼女に訊くと「マイフォークです。結局使いませんでしたけど」と言ってケタケタ笑う。
そうかと、何気なく返したがしかし妙な違和感を覚えた。
どうして、フォークなんか持参してるんだ?
朝からコロッケを食べるつもりだったというが、他に食べたいものでもあったのだろうか。
と。
首をひねっていると日葵が。
隣でくすっと笑いながら、コロッケを一口頬張って。
言う。
「フォークって、使い道がたくさんあって便利ですもんね」
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