第23話 ぶっつり切れて
「せんぱい、怖かったです……助けにきてくれたんですね」
清水さんの姿が見えなくなると、俺のシャツをきゅっと掴んで日葵が寄りかかる。
「あ、ああ。全然来ないから心配で」
「ごめんなさい。電話してたら偶然清水さんに会って。絡まれてたんです」
「清水さんに、絡まれた?」
「ええ。あの人、優等生っぽく見せてますけど中学の時から黒い噂がありまして。結構野蛮だと訊いてましたが本当だったんですね」
「清水さんが……まさか」
まさかまさかだ。
清水百花といえば、彼女を嫌うやつなんて絶対にいないと言い切ってもよさそうなほどに優しい優等生と訊く。
それに、実際俺だって彼女と接点を持ってからというものの、その優しさや相手を気遣う様子にどんどん惹かれていって。
一目惚れから始まった恋はついに、告白を暴発させるまでの恋心へと変化したほど。
そんな彼女に黒い噂があるなんて信じられないが。
しかし、
「せんぱい、もう清水さんとは絶対に話さないでくださいね」
「……他の女子もダメなんだろ? だったら一緒だよ」
「はい。よかった、せんぱいが私の味方で」
怯える日葵を見ていると、その噂もまんざら嘘ではないと思うしかない。
第一、清水さんが日葵に激高する理由がわからないし、仮に理由があったとしても手を出そうとするなんて論外。
実は暴力的な一面が潜んでいるに違いないと、思って少しがっかりした。
「清水さん、いい人だと思ってたのにな」
「人は見かけによりませんから。それより早くお買い物しましょ」
「そうだな。うん、なんかすっきりした。結局あの子も美人でちやほやされてるだけの子なんだな」
「ええ、そうですよ。ね、私を選んでよかったでしょ?」
「間違いない。俺は運がいいよ」
多分、さっきまではほんの少しだけ。
こんなことを言えば日葵に失礼だとわかっているがそれでもわずかに、清水さんへの未練があったのだろう。
もしあの時清水さんにOKをもらえていたら。
そんなあり得なかった未来を、いつまでも未練がましく思ってしまうのもモテない男の性なのかもしれないが。
そんな気持ちはもう、完全に吹き飛んだ。
あの時フラれてよかったと。
なんなら、もしOKをもらっていたらと思うとゾッとする。
選ばれなくてよかった。
そして、日葵に選ばれてよかったと、そう実感しながら隣を歩く日葵の手を握った。
♥
「せんぱい、お料理作ってる間にお風呂入っててください」
「ああ、わかった。ありがとな」
「いえいえ」
せんぱいの部屋に戻って。
彼が風呂に入ったあと、買い物袋から食材を取り出す。
笑みがこぼれた。
必死でこらえていた笑いが、漏れる。
「あははっ、せんぱいが清水さんのことをちゃんと嫌いになってくれててよかったあ」
実のところ。
私はせんぱいから清水先輩のことで相談を受けていたけど、同時に清水先輩の方からも相談を受けていた。
気になる男子がいると。
後輩の私に相談をしてきたのである。
その男子の名は城崎誠也。
まだ、好きともいえない気持ちだけど。
いい人だと思ってるとかなんとか。
実は以前から気にはなっていたそうで。
というのも、彼が一年生の時に校庭で弱っている鳥を助けていたところを見たとかで。
みんな、気持ち悪がって無視していたのに彼だけが親身に世話をして。
そんな姿を見て、いい人だなあってずっと気にかけていたらしい。
そして二年になってよく話すようになって、やっぱり優しくていい人そうな彼に惹かれていると。
偶然せんぱいと一緒の部活になった私に、彼のことについてあれこれ聞いてきてた。
でも、その時私はもう、せんぱいのことが好きだった。
だから、私に相談してきたのが清水先輩にとっては運の尽きというやつで。
私にとっては彼女の相談こそがまさに千載一遇で。
まさに奇貨可居、である。
清水先輩は恋愛経験が少なく、だからこそ私なんかのアドバイスにも素直に耳を傾けるだろうことは知っていたから。
嘘を吹き込んだ。
男なんて好きとか言っても結局は身体目当て。
城崎せんぱいも例外ではなく、実は悪い噂も聞くと。
だから彼の本気度を試す方がいいと。
提案した。
告白したら、一度断ってくださいと。
それでもなお、清水先輩のことが好きだというようであれば彼の気持ちは本物だから。
だから最初は断って、彼の出方をみてくださいって。
まあ、従うかどうかはちょっと賭けだったけど。
中学の時に恋愛で失敗してる彼女は慎重だったし、実際にすんなり私のアドバイス通り動いた。
そして傷心のせんぱいのところに私が行って。
そしたら全部うまくいった。
ふふっ、清水先輩。
あの時私に、「ねえ、私って城崎君のことがやっぱり好きなのかな」って聞きましたよね。
でも残念。
それは好きじゃないですよ。
好きっていうのはですねえ。
どんなことをしてでも相手と結ばれたいと必死になる気持ちのことで。
後輩なんかのアドバイスに従って、みすみすチャンスを逃すような曖昧な気持ちは、恋でもなんでもない。
ただ、優しくされて絆されてるだけです。
それにせんぱいも。
一回フラれたくらいで諦めるんだから、それも結局好きじゃなかったんですよ。
その証拠に、
「玄、料理捗ってるか?」
「はい、順調ですよ。何かありました?」
「いや、ちょっと声が聞きたかっただけだ」
「あはっ、せんぱいったら」
お風呂に入ってる間ですら私のことしか考えられないせんぱいの今の気持ちこそ、恋です。
そして、そんな彼の声を聞いて体中の毛穴が開くような感覚になる私の気持ちもまた、純粋な恋心ってわけで。
よかった、今日清水先輩が電話をかけてきて。
私のところにやってきて。
せんぱいのあの人への気持ちをぶっつり切れて。
よーかった。
「あははっ、包丁がよく切れますね」
独り言がこぼれる。
とんとんと、人参を切り刻む。
今日はせんぱいの大好きなカレーですよ。
ちょっとだけ、スパイス多めに作っちゃいます。
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