第22話 裏で何かを

 ムラムラした夜を寂しく過ごした。

 夜がこれほど長いと思ったのは初めてのことで、眠ることもできず悶々としながらもジッとベッドに横たわる。


 昨日、ここで日葵を抱いて。

 まだその時の残り香が残っているような気にすらさせられて。

 今頃日葵は何をしているんだろう。

 日葵は、誰のことを考えているのだろう。

 俺のことを、同じように想って眠れない夜をすごしているのだろうか。


 ずっと、日葵の事ばかり考えていた。

 ダメだなと、自覚はあってもやめられない。

 すっかり彼女にハマっている自分を自覚しながらも、彼女のことを考えずにはいられなかった。



「おはようございます、せんぱい」


 朝。

 寝不足の俺を迎えに日葵はやってきた。


「ああ、おはよう」

「せんぱい、また寝不足ですか?」

「いや、ちょっとな」

「私とえっちしたくて、ムラムラしてたんでしょ」

「……まあ」


 見透かされていた。

 まあ、顔に出やすいのだろう。


「じゃあせんぱい、今からします?」

「え、今からって……あ、朝だぞ」

「朝から晩までだって、してる人はいっぱいいますよ」

「……いいのか?」

「はい。私も、せんぱいのことばかり考えて眠れませんでしたから」


 だから。

 もう、我慢できません。


 そんな日葵の言葉に、俺の理性も眠気も何もかもがパアンとはじけ飛んだ。

 


「せんぱい、すごかったです」


 朝から彼女とベッドに入って。

 昼飯も食べずに何度も何度も肌を重ねて。

 しかし高校生の体とは元気なもので、俺の盛りはおさまることを知らず。

 気が付けば夕方になっていた。


「もう、くたくた……」

「あははっ、せんぱいったら元気なんですから。よく今まで彼女もなしにやってこれましたね」

「……俺はモテないからな」

「じゃあいつもえっちな本ばかり読んでたんですか? 部屋にもあるのかなあ」

「な、ないよ。け、携帯とかで、見てた」

「やだー、えっち」


 ピロートークというものについて、昨晩色々調べていて初めて知った。

 男は行為を終えると疲れてすぐ寝たくなるが、女性はむしろその後のイチャイチャする時間の方がすきなんだとか。


 その気持ちは、童貞でなくなって初めて理解できた。

 眠い。

 激しく眠い。

 でも、実に楽しそうな日葵を前に、先に眠るなんてできないからと。

 無理やり体を起こす。


「……もう、夕方になったな」

「晩御飯の時間ですね。どうします?」

「玄は家で食べるのか?」

「今日はどっちでも。あ、そうだ。私、何か買ってきますよ」

「わ、悪いよ。俺もいく」

「じゃあ一緒にお買い物行きましょ」

「ああ」


 すっきりしたというか、出し尽くしたというか。

 おかげで今朝までの悶々とした気分は晴れていた。

 

 一緒に買い物に出かける。

 ただそれだけのことが楽しい。

 まだ日葵と付き合って間もないのに、すっかり俺は彼女の虜だ。

 もう、日葵なしではいられない。

 ずっと、こうしていたいとすら思わされる。


「せんぱい、私がいないと寂しいですか?」

「まあ、そうだな。寂しいよ」

「随分素直になりましたね。ふふっ、いい子いい子」

「こども扱いするなよ」

「だって、せんぱいはかわいいから。ねえせんぱい、一緒に住みません?」

「え?」

「だって、ずっと一緒の方がよくないですか? 私、ちゃんと親の許可をとるので」

「い、いや、でもそれはさすがに」

「さすがに?」

「……なんでもない。嬉しいよ、そう言ってくれて」

「はい。じゃあ今日は母に相談してみます」

「ああ」


 高校生が同棲なんて、そんなことは果たして許されるのだろうかとか。

 結構無理言って県外の学校に出てきて、その代わりちゃんと勉強しなさいと約束した俺の両親になんと説明したらいいのかとか。

 そんな不安を、しかし日葵の笑顔はかき消していく。


「えへへっ、ずっと一緒だと思うと嬉しいですね」


 そんなことを可愛い彼女に言われて、冷静になんていられるはずもない。

 俺も、すっかりその気だった。

 毎日日葵と一緒で。

 毎日彼女とイチャイチャできて。

 そんな日々が、今から待ち遠しくなった。


「ぴりりり」


 スーパーについて、中に入ろうとしたその時。

 日葵の携帯が鳴る。


「すみませんせんぱい、母からです。ちょっと電話してから追いつくので、先にほしいもの選んでてください」

「ああ、わかった」


 慌てて電話に出る日葵を置いて、俺は言われたまま先に店内へ。

 そしてすぐに日葵が来るだろうと、入り口付近に詰まれたセールのお菓子なんかを見ながら時間を潰していたが。

 しばらく経っても彼女は来ない。

 電話が長引いてるのかと、一度手にもった籠を置いて外に出る。


 しかし、日葵がいない。

 

「あれ?」


 電話を終えて、トイレにでも行ったのだろうか。

 そう思って、もう少しだけ待ってみたが彼女の姿は見えず。

 不安になって電話をかけた。

 しかし繋がらない。

 

 どういうことだ。

 さっきまでそこにいた彼女がどこにもいないなんて。

 その時、急に不安になる。

 もしかして日葵になにかあったのではないかと。


 慌てて、彼女を探す。

 そして何気なく、スーパーの裏手を覗いてみると。


「日葵さん、約束が違うわよ」


 日葵が、女性と対峙していた。

 まず、そこに彼女がいたことにほっとしたがその後。

 向かい合う女性の姿を見て、足が止まった。


「清水、さん……?」


 清水さんだ。

 清水百花が、怒った様子で日葵と何かを話している。

 日葵の顔はこちらからは見えない。

 しかし、会話は聞こえる。


「何がですかあ?」

「とぼけないで。なんであなたが城崎君と付き合ってるのよ」

「だって、せんぱいは私が好きなんですから」

「……嘘よ」

「いいえ、そうです。それに清水先輩は彼の事を拒んだじゃないですか」

「そ、それはあなたが……そうした方が相手の本気度を確かめられるとか言って」

「でも、本気なら私のアドバイスなんて無視して付き合いますよね? つまりその程度だったってこと、ですよ」

「……謀ったわね」


 俺の名前も出てきたが、会話の意味がよくわからない。

 しかしその時だった。

 清水さんの手が、振り上げられる。


「ま、まずい」


 彼女が日葵を殴ろうとしている。

 慌てて飛び出して、日葵の前に立つ。


「ま、待って! 清水さん」

「城崎君……どうして」

「な、何があったかは知らないけど喧嘩はよくない。だからその手を降ろして」


 かつて好きだった女の子。

 でも、今は清水さんの顔を見てもドキドキしたり、ソワソワしたりしない。

 もう、あの頃の気持ちはどこにもないことを知る。


「……そう。ごめんなさい、カッとして」


 すっと手を降ろすと、清水さんは何も言わずに去る。

 後ろにいる日葵も、何も言わない。


 ただ、ここで俺が何か言えばせっかくおさまった揉め事が再燃するかもしれないと。

 トボトボと歩いていく清水さんの姿が見えなくなるまで、息をのんで見守っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る